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第13回

ひとり温泉の愉しみ

[ 更新 ] 2022.10.17
 もしかしたら若い方はご存じないかもしれないが、以前、温泉ではひとり客、特に女性のひとり客は敬遠されると言われていた。なぜなら、温泉にひとりで来るような客は何か問題を抱えていることが多く、トラブルを避けるためだと聞いた。療養のための湯治場、商用のための商人宿(今でいうビジネスホテルかな)などは昔からひとり客もいたと思うのだが、行楽で温泉に泊まる客は基本、数人で泊まるのが一般的だった。
 今、ひとり旅は特に珍しくもなくなったように思える。では、ひとり温泉についてはどうなのか? 私自身、温泉へひとりで行ったことがあるかといえば、実はないのだ。温泉好きの友人に誘われて以前は時々、山梨や長野の温泉へ行っていた。しかし近年はコロナの影響もあり、まったく行っていない。ということで今回、初めてひとりで温泉旅行へ出かけることにした。
 友人が誘ってくれる宿はいつも良かったので、好みの温泉宿のイメージというのはあった。まず近場。家から3時間前後で行ける場所がいい。一泊なら外に出ないので温泉街である必要はない。宿は小さめの方が落ち着く。お湯はできれば源泉かけ流しがいい。そして必須なのは露天風呂があること。値段はできれば一泊2万円以内に抑えたい。なぜ、露天風呂がマストなのかというと、外気が涼しいので、室内に比べて長い間浸かっていられるからだ。せっかく温泉に来たのだから、少しでも長く入っていたいという貧乏性ゆえ。そして私はのぼせやすい体質なのである。
 いろいろな宿のウェブサイトを見ていくと、ひとり客の料金設定が明記されている宿もあれば、記載がない宿、直接お問い合わせください、と書いてある宿と、本当に宿によってまちまちである。料金も、2人で泊まる場合よりやや高めくらいが相場のようだが、なかにはかなり高く設定されているところもある。2人だと3万円(ひとり1万5千円)なのに1人だと2万7千円とか。1人でも2人でも使うのはひと部屋なので、宿側の気持ちも分かるのだが……。やたらに高いと、やはりこれはひとり客を積極的に受け入れたくないということかな、と思ってしまう。
 この宿は良さそうかなと思い、さらに温泉施設についての情報を見ていくと、これまた様々である。露天風呂はひとつだけ、時間制で男女交代、という宿もパスしてしまう。経験上、食事後などの良い時間帯は男性用になることが多いからだ。男湯と女湯の大きさが著しく違う宿も敬遠する。男湯は広々していて良さげなのに、女湯の方は家庭風呂かと思うほど小さな宿もある。見ているうちに、だんだん怒りすら覚えるようになる。露天風呂は男湯だけという宿もまだまだある。思わず虚空を見上げてしまう。昔は宴会などが多く、男性客が多かったということかなとも思うし、施設の構造上、仕方がないのかもしれないが、今は状況もずいぶん変わったと思うし、改善を求めたいところである。
 そして今では温泉宿でも素泊まりや夕食のみ、朝食のみと選べる宿も増えている。私は両親ともに東京生まれで田舎がないので、子どもの頃は夏休みになると温泉宿に親戚が集まり、過ごすことが多かった。その時、母や叔母などは明らかに「家事しないでいい! サイコー!」という顔をしていたので、温泉=上げ膳据え膳、というイメージがあったが、いろいろ選択できるのはやっぱり良いことだと思う。
 と、ネットでいろいろ探していたところ、群馬県みなかみ町にある「天空の湯 なかや旅館」という宿が、私の希望する条件をクリアしていたので、ここへ泊まることにした。
 
 東京から高崎を経由して水上駅へ。ここからバスに乗って、湯檜曽ゆびそ温泉街で下車すると、傍にある湯檜曽川の川の音が聞こえてきて、自然に囲まれた場所へ来たなあと、旅の気分が盛り上がる。辺りにある宿は数軒のみ。静かなところだ。
 宿へ入るとちょうど赤ちゃん連れの家族がチェックインをしているところだった。なかや旅館には赤ちゃんや子どもと一緒に温泉に入れる「ベビーキッズプラン」があるのだ。
 温泉は大浴場のほか、40分ずつ貸し切りで利用できる二つの露天風呂(23時から翌日の10時まではそれぞれ女湯、男湯として利用できる)がある。私の露天風呂の時間は20時半から。食事は部屋出ししてくれる。部屋は古いタイプの和室を選んだのでその分、お値段も安めだ。
 食事前にひと風呂浴びようと大浴場へ行くと誰もいなかった。湯船は小さめだが、タイルの色がデビッド・ホックニーのプールの絵を彷彿とさせるようなきれいな水色が素敵だ。水質は弱アルカリ性単純温泉で、循環プラスかけ流しの併用。お湯はかなり熱い。
 お湯に浸かっているとお年寄りがひとり入ってきた。普段は温泉でほかの人が入っていても、会釈するくらいで言葉を交わすことはない。しかし、ひとりで温泉に来たという心持ちからか、お年寄りが「お邪魔しますよ」と声をかけてくれたせいか、少しだけおしゃべりをした。ただ、じょぼじょぼと勢いよく湯船に注がれるお湯の音がかなり激しく、また新型コロナのことを考えると、あまり大声で話すのもはばかれたので、二言三言、言葉を交わしただけではあった。お年寄りは足と腰が悪く、時々こうして温泉に入りに来るのだそうだ。「ここはいいわねえ。お湯もいいし、シャワーだってタイマーで切れないでしょ。水が豊かなのね」。
 ここのシャワーはボタンを押すと30秒くらいで止まるのではなく、ハンドルを回せばずっと水が流れるタイプなのだ。意外な目のつけどころに感心していると、お年寄りは湯船のふちのタイルの上で、ゆっくりとストレッチのように身体を伸ばしたり、縮めたりといった動作をし始めた。しばらくそうやって寛いでから、丁寧に身体を洗い、出ていった。
 温泉旅行は久しぶりだが、実は私はこのところ、流行りのサ活、いわゆるサウナ活動にはまっていて、近所のスーパー銭湯へいくのを日々の楽しみとしているのだ。無論、銭湯へはいつもひとりで行く。ミストサウナ、サウナ、水風呂、寝湯、をぐるぐると繰り返し、気がつくと3、4時間くらいいる。
 特に好きなのが、温かいお湯がチョロチョロと流れる「寝湯」だ。寝ているといろんなことを考える。ぼんやりと静かに物思いに耽りたい時、寝湯は絶好の場所である。
 大浴場で再びひとりになった私は、さっきまでお年寄りが座っていた、湯船の周りの床に触れてみた。熱いお湯が流れているのでタイルもかなり温かい。誰もいないのを良いことに、私はタイルの上に寝てみた。まるで寝湯そのものだった。そこで私は、湯船に浸かる→水シャワーを浴びる→寝湯を繰り返し、のんびりと大浴場を満喫したのであった。
 部屋に戻ってから、スーパー銭湯のせいで私の入浴観はだいぶエンタメ化されてしまったのかもしれないな、と少し反省もした。しかし私にとってスーパー銭湯(入浴+サウナの組み合わせ)で過ごす時間というのは、純粋にひとりで過ごす愉しい時間である。温泉とスーパー銭湯はまったくの別ものだが、温泉もまた、ひとりで満喫するのに適した場所なのではと思い始めた。
 夕食時には地元の岩魚、蒟蒻や野菜、桃といった地元群馬の食材を使った料理がテーブルに並んだ。私は特に気にしていなかったが、大部屋でカップルや家族連れに混じってひとり、夕餉をとるのはなかなかコドクなことであるよと、ひとり温泉経験者の友人が言っていた。だから夕食が部屋出しの宿を選んで正解だったかなと思った。
 食事の後は露天風呂の時間である。脱衣所に、浴室の電気が消せるので天気が良いと満点の星空を眺めることができると書いてある。私は今まで、貸し切り風呂にする必要性を感じたことがないので今ひとつ、その意義が分かっていなかったが、真っ暗闇の中で露天風呂に浸かるという体験は、なかなか良いものだった。
 あいにく曇りで星は見えなかったが、周りの木々がうっすらと白く浮かび上がり、風に吹かれ、枝が音を立てて揺れるのが見える。空気はほどよく冷えており、熱いお湯でものぼせない。そして風呂に虫が入るのを防ぐためなのだろう、近くに誘導灯があり、時々、バチッバチッという虫が当たる音が聞こえてくる。そして暗闇の中で聞く、お湯が注ぐ音が心地が良い。川の音やお湯の音、水の流れる音(海の音もそうだ)というのは、どうしてこんなに安らげるのだろう……などということを思っていると、40分はあっという間であった、
 
 露天風呂に入った後は特にすることがない。近年、旅先でテレビをつけることはしなくなった。先ほどの誘導灯のバチッバチッという音が部屋からも聞こえてくる。それがなんだか、稲垣足穂の好きなアーク放電の、路面電車から火花が散る時の音のように、また、つげ義春の漫画に出てくる鄙びた温泉宿のような雰囲気を醸し出しているようにも思えた。布団の上でゴロゴロしながら、そんなことをぼんやり思いながらSNSを見たり、ポッドキャストを聞いたりしているうちに(普段の生活と同じだ)寝てしまった。
 翌日の朝食は食堂でバイキングだ。朝食も充実していて、地元産の茸を使ったポタージュ、飲むヨーグルトなども用意されている。周りは赤ちゃん連れの家族のほか、老夫婦と思しき2人連れ、そしてひとりで食事をしている男性も2人いた。年は4、50代くらいだろうか。
 家族連れは、赤ちゃんが時々ぐずるとお母さんがそれをなだめたりして、幼児とも違う賑やかさがある。一方、私も含め、ひとり客は黙々と、しかし、しきりにおかわりなどしながらもりもりと朝食を満喫しているのだった。
 食事の後、もう一度、露天風呂へ行った。昨夜は石の風呂で、今回は木の風呂(女性用)である。どちらも広さにして10畳くらいだろうか。決して広くないが、誰も入っていないので昨夜同様、貸し切り状態である。見えるのは周りの山と木々だけ。昨夜の真っ暗な時とはまったく違う雰囲気で、なんとものどかな感じがする。良い具合に風も吹いていて、やっぱり露天はいいなあとしみじみ感じる。
 そして、宿のスタッフである富澤周平さんにお話を伺った。富澤さんは茨城出身で4年前からなかや旅館に勤務。その前は岐阜の旅館で働いていたそうだ。「うちはベビーキッズプランのお客様が8割を占めていますが、ひとり旅の方もいらっしゃいます。ここは谷川岳に近く、登山客も多いので、男女でいうと男性の方が多いですけれど、女性ひとりの方が珍しいわけではないですよ」とおっしゃる。
 ベビーキッズプランでは専用の食事が用意されるほか、露天風呂には一角に浅い部分があり、赤ちゃんでも入れるようになっている。また大浴場でも赤ちゃんの浴槽、子ども用のおもちゃを貸し出してくれるという。部屋のダストボックスもおむつが入る大きなものが用意されていた。ここの水質は刺激が少ないので赤ちゃんでも入れるし、大人も湯あたりなどを起こさない。常連客は「疲れないお湯なのが良い」と言ってくれるそうだ。
 なかや旅館はもともと民宿として始まり、現在のオーナーである三代目に引き継いだ時に現在のようなスタイルとなった。ベビーキッズプランを始めたのが1997年からというから、かなり先駆的ではないだろうか。富澤さんによると、やはり料金設定には旅館側の気持ちが反映されているという。複数でひと部屋に泊まってもらった方が旅館側としてはいい。しかし平日やシーズンオフなど、なかなか部屋が埋まらない時には、素泊まりでもひとり客でも泊まってくれるだけでありがたいという。
 また、なかや旅館では貸し切り風呂と大浴場には日帰り入浴もできる。コロナ後、他の旅館が日帰り入浴を中止する中、逆にチラシをまくなどの宣伝をして利用客が増えたそうだ。「コロナで人が動かなくても温泉は湧き続けている。それを利用する方法はと思い、積極的に日帰り入浴を受け入れました。今も先の状況は読めないです。またGo To トラベルキャンペーンが始まったとしても、それが終わった後の客足は分からないですし」。コロナ前と今とでは客層も変わった。以前は東京や埼玉など都心部からの利用客がほとんどだったが、今は県内の客が増え、都心からの客は全体の25%ほどだ。
 なかや旅館では週に一度ミーティングをし、改善点があればどんどん変えているのだそうだ。「以前、勤めていた旅館は古い日本旅館で、伝統的なやり方を変えないで続けるというやり方でしたが、うちは慢心せず、積極的に変えていくスタイルです。その辺りの方針は旅館によって本当に違うと思います」。
 宿泊客については、家族連れとひとり客では滞在の仕方も若干違うという。家族連れは日中、観光へ出かけることが多いが、ひとり客はどこでも行かず、静かに温泉と食事を楽しんでいる人が多い。近頃はテレワークも可能になってきたので、仕事をしつつ温泉を楽しむという人も増えている。
 私的には、友達との温泉旅ももちろん楽しいが、ひとりだからつまらないということはまったくなかった。ひとりだと、気兼ねなくリラックスできるところが良い。ということで、思い立ったらすぐに行けるような近場に、お気に入りの温泉のひとつやふたつ、持っていたいものである。
 そして今回、なかや旅館で感じたのは、赤ちゃん連れとひとり客というのは一見、相反する組み合わせだが、どちらも旅では、やもすると敬遠されがちというところでお仲間、と言えなくもない。ということで、意外なところで赤ちゃんにもシンパシーを感じてしまった、秋の温泉ひとり旅であった。
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