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第12回

コンビニエンス・ストア考

[ 更新 ] 2022.09.29
 もう数年前のことだが、近所のコンビニに、こんな貼り紙があってギョッとしたことがある。
「鎌を持ったお客様のご入店はお断りします」
 え!? 鎌? 鎌を持った人がここに? 誰? 何でコンビニに? 怖い‼
 思わず脳裏にムンクの「叫び」が浮かんでしまったが、冷静に考えてみると、この店の近くには区民農園がある。野菜や雑草を刈り取るため(区民農園の小さなスペースで鎌を使うような作業が必要なのかどうかはよく分からないが)、鎌を持った人がここを訪れるのかも知れない……と一応、納得することにした。
 しばらくするとその貼り紙は外されたが、その時以来、コンビニに対する見方が少し変わった。それまで私にとってコンビニというのは、店の規模に差はあれど、商品も配置もあまり変わらない、どこも均一的で無機質なイメージだった。しかし、この貼り紙ひとつで、コンビニはどこか謎めいた存在に変わったのであった(そして結果的にこの店によく行くようになった)。
 全国にあるコンビニの数は現在、約5万5千店。先駆けであるセブン‐イレブンは来年、創業50周年を迎える。『コンビニ おいしい進化史』(平凡社新書)などの著作もある、コンビニジャーナリストの吉岡秀子さんいわく、コンビニはほとんどフランチャイズなので経営者が違い、酒店やたばこ店など、以前の経営者がそのままオーナーとして経営している店が多い。よって外観こそ似ているが一歩店に入れば、店ごとに個性があるという。「もともとコンビニは、スーパーの台頭で小売店が衰退していく中、イトーヨーカドーの社員だった数人が、新しい小売店のスタイルとしてアメリカから導入したもの。70年代、生活が忙しくなる中、夕方には閉店するスーパーに対し、24時間営業という形態がウケたんです。スタイルは外国から持ってきましたが、今では日本独自の進化を遂げています」。
 私が「コンビニ、変わったなあ」と思ったのは、2009年に発売されたローソン「プレミアムロールケーキ」の登場だった。それまでもコンビニでスイーツを買うことはあったが、プリンかアイスに限られていた。ほかにおいしいと思えるものがなかったからだ。だが「プレミアムロールケーキ」はおいしかった。そして、これがコンビニで買えるのかという驚きがあった。
 今は季節商品や限定商品が多く、発売されてもあっという間に販売を終了してしまうから、マメにチェックしないといけない。最近はスイーツだけでなく「セブン‐イレブン」が、新型コロナでなかなか外食や海外旅行にも行けない状況下で発売した、専門店とのコラボカレーや台湾料理など、おいしそうなものもいろいろと登場するようになった。
 私はこうした情報を口コミやSNSから得ている。今はテレビを見ない人が多いので、世間話の話題としてテレビの話はしなくなったが、コンビニスイーツや新商品の話は、たいていの人が知っていたり、興味を持っていたりする。これぞ現代の世間話のネタ、という感じもある。
 コンビニの食べ物の質が一段と上がったのは2011年3月11日の東日本大震災、そして新型コロナがきっかけと吉岡さんは言う。3.11直後、被災地でいち早く、食料が補充されたのはコンビニだった。全国に製造工場があり、24時間営業という性質上、製造工場もまた24時間稼働しているため、迅速に対応できたのだ。
 2005年には既に「セブン‐イレブン」「ローソン」「ファミリーマート」などの主要コンビニは、各自治体と災害時帰宅困難者支援協定を結んでいる。災害時の混乱軽減を目指し、大規模地震等の発生時には鉄道やバスなど、帰宅困難者が行き場を失った場合、水道水やトイレ、道路情報を提供するという取り決めだ。この協定は1995年の阪神・淡路大震災の教訓を生かしたものという。また2011年に日本フランチャイズチェーン協会は「社会インフラとしてのコンビニエンス宣言」を出している。
 コンビニは人の不便を便利にすること、困っていることを解決することがビジネスチャンスというスタンスで運営されてきた。その結果、社会のインフラとしても大きな役割を担うこととなったのだと吉岡さんは語る。「3.11以後、コンビニの食べ物は食卓に上るようなメニューが増え、ひとりで食べても侘しくないものになりました。コロナでの非常事態宣言以後は、家から近いコンビニを利用する家族層が増えたため、ファミリーサイズの食事パン(バターロールやクロワッサン)など、家族向けの商品も増え、売れています。高齢者は遠くて広いスーパーよりも近くのコンビニの方が使い勝手が良く、今ではコンビニはミニスーパーのような存在になりました」。
 最近はコロナの影響で、家飲みが増えたことから、ワインなどアルコールの売り上げが良く、棚も広がっている。「あれ、ストローをもらえない、あ、SDGSか、という感じで、コンビニの変化からは社会の変化の兆しが見える。コンビニが変わったら社会に変化が起こっていると考えていいでしょう。コンビニの考え方として、利用者の“食”の不便を解決する“ミールソリューション”があります。最近、コンビニが変わりましたよね、とよく言われますが、それは利用者が望む方向へ進んだ結果。変化したのはコンビニではなく、私たちなんです」。
 コンビニでは1週間に約100品目が替わるという。「業界の人たちが自分たちは止まると死んでしまうマグロのようなもの、と冗談を言うくらい、常に変わり続けている。彼らは変化をビジネスチャンスだと捉えていて、変化があればニーズが変わる。ニーズにあった商品を出せば売れる。その繰り返し。50年間ずっと、社会の変化に対応し続けているのはすごいと思いますね」。
 そして吉岡さんは、コンビニの主要3社である「セブン‐イレブン」「ローソン」「ファミリーマート」はもう、コンビニとひとくくりに出来ないくらい、方向性に違いが出ていると言う。「セブン‐イレブンの特徴はやはり“食”。セブンプレミアムというプレイベートブランドができて、道は決まったと言っていいと思います。同系列のスーパー、百貨店との共同開発で、“金のビーフシチュー”など、価格は高いけれど、おいしく付加価値の高い商品で、食卓応援、生活応援の位置を確立しましたね。ローソンの特徴は、デザートも強いですが、ナチュラルローソンや糖質制限に対応したブランパンなど、“健康”だと思います。薬を置いている店はローソンが一番多いんですよ。今のファミリーマートが以前のコンビニのスタイルに一番近いかも。ボリューミーなお弁当やスイーツも健在ですし、何かに特化せず、よろずや的な品揃え。エンタメ性もあり、電動キックボードのシェアリングも始めるなど新しいビジネスの創造に積極的です。ロゴの色あいを模したラインソックスなど衣料品も好調ですし、もしかしたら、若い層からの支持が特に厚いのはファミマかも知れませんね」。
 ローソンが2001年にナチュラルローソンを始めた時も、2012年発売のブランパンも、最初はまったく不評だった。しかしそこを止めずに続けたのは偉いと思いますよ、と吉岡さん。商品の移り変わりが激しいコンビニでは、売れないものはさっさと止めてしまいそうだが、ブランパンが残ったのは糖尿病など、食事制限のある消費者(コンビニ業界では生活者と言うそうだ)からの、止めないでほしいという切実な声が強かったからだ。
 次から次へと出てくるタイムリーな新商品や限定商品も、本部のマーケティングだけでなく、各店舗のオーナーや従業員たちの声からも生まれてくるのだという。「従業員の人たちの観察力、洞察力はすごいんです。お客さんを一目見たら、あ、この人はひとり暮らしだな、とか、この人、高齢者の家族がいるな、というのが分かるとおっしゃる。それで、この人のために置いてあげようと仕入れた品が本当に売れたりする。そこには商売に対する素直な熱意があるんです」。
 この話を聞いて、私は大童真澄『映像研に手を出すな!』を思い出した。この漫画では主人公のひとり、金森さやかが子ども時代、親戚の商店で工夫して物を売るというエピソードがある。「生活が苦しくて脱サラして始めたオーナーもいるし、本当に商売が好きな人、地域にコンビニがないとみんな困るからという使命感を持っている人もいる。コンビニ経営はお金が貯まらないとよく言われるけど、商売がうまくて大きな利益を出しているオーナーの方もたくさんいますから、本当に人それぞれです」。
 いろいろなコンビニを取材する中でも吉岡さんが感動したのは、高齢者がからあげをひとつだけ買うのを見た時だという。「ひとつ38円くらいのからあげを売るのは高齢者のためでもあるんです。お年寄りは自分で揚げものをしないし、たくさんは要らない。だから、からあげがいつもケースにあるということは、その地域は高齢者のお客さんが多く、店はそのことに配慮しているということ。コンビニって実は、小さな店のおじさん、おばさんの集まりで、とても人間くさい商売。だから私もずっと興味を持っていられるんだと思います」。
 こうして、普段からお客さんをよく見ているオーナーや従業員と本部の社員がまめに交流することで、新商品の需要が浮かび上がってくるのだという。スーパーマーケットの登場で苦戦を強いられた個人商店が、コンビニという形態に変わることで生き抜き、今では逆に、スーパーが苦戦している。そして、個人商店のミクロな観察眼やアイデアが、新商品や新サービスを提供し続けるコンビニのシンクタンクになっているというのは、なんとも皮肉な、そしてちょっと不思議な現象ではある。
 だから、コンビニにある商品はどれも「誰かが必要としていて、売れているもの。いつも行くコンビニで、自分は決して買わないけれど売られているものってありますよね。それは他の人が必要としているもの。コンビニで物を見ていると、他者の存在を感じることができる。自分の住んでいる地域のことも分かるし、コンビニから気づくことはいろいろありますよ」。
 長年、コンビニを観察し続けてきた吉岡さんは、最近、「ひとり」が生活のスタンダードになってきたのではないかと考えている。令和2年の国勢調査によると、世帯人員が1人の世帯が 2115 万1千世帯(一般世帯の38%)と最も多く、世帯人員が多くなるほど世帯数は少ない。なんと、いつの間にか、日本ではひとり暮らしの層が一番厚くなっていたのだ……。「家族も大皿料理をみんなで食べるのではなく、ひとりひとりが食べたいものを食べる。その傾向はコロナで加速しました。顕著なのがクリスマスケーキです。以前はコンビニでもホールのショートケーキが定番でしたが、2、3年前からショートケーキ、チーズケーキなど、いろいろなケーキを組み合わせて1ホールにまとめたものが人気。一人前のおせちも好評でした」。
 一年のうち、ひとり暮らしが一番、孤独を感じる時期は年末年始である。クリスマス、そして正月と、家族や人が集う行事が続くからだ。だからホールケーキやおせちの、「みんなで食べる」という前提を解体し「ひとり分」に仕立てたのは画期的だし、なんだかすごいと思う。いろいろなテーマで展開する期間限定のお弁当やスイーツにも感じるのだが「コンビニ飯」は味が良くなってきただけでなく、エンタメ要素が加わり、今やプチ祝祭といった雰囲気すら醸し出している。今ではコンビニ飯はファストフードと同じような、選択肢のひとつと考える人も多いのかなと思う(その分、値段も全体的に上がっており、コンビニ=安飯ということでもなくなってきた)。
 コンビニで客はあらかじめ目的をもって来店することが多いから、長居する客はあまりいない。でも時々、夜のコンビニで、ずい分と迷いながら弁当やおかずを選んでいる人を見かける。なんだか良いなと思う。何かを選ぶというのは何気ない行為だが、その時の気持ちや状態を考慮しながら決めるわけで、そんなちょっとした瞬間、人は自分と対話しているのだ。だからコンビニ飯だからと適当に選ぶのではなく、何を食べようか迷う時間というのは、そんなに悪くない、むしろちょっと楽しい時間ではないだろうか。
 目下のところ、コンビニ業界の問題は人手不足だ。24時間営業する必要はないのではという議論もある。「今は24時間営業したくない店舗は開けなくてもいいということになりました。でも医療関係者など、夜中に働いている人もいる。そうした人たちの支えになっていることも考えないといけないと思います。自分のいる狭い世界だけで、自分目線だけで社会を考えちゃいけないよ、ということをコンビニから教わることは多いんです、と吉岡さん。
 人手不足対策として、スマホ決済やロボットを使おうという動きもある。「もうすぐスマホ決済は当たり前になると思います。でも一方で、お年寄りの拠りどころになっている店も地方などには多いですし、現金払いも残るでしょう。答えは一つじゃないよね、というコンビニ業界の考えは今後も反映されていくと思います」。
 そして、近年の変化として、社会貢献という側面が大きくなってきた。「困っている人、困っていることをサポートするという流れは、外せない要素になっている。ビジネスと社会貢献は両輪ですよという考え方で、SDGsへの取り組みに積極的。例えばフードロス対策はもちろんのこと、シングルマザーを応援しているし、子ども食堂にも協賛していていますし」。
 私たちの生活になくてはならないコンビニは、実は、私たちの社会が可視化された場所でもあったのだ。そして、利用客ひとりひとりの生活様式や要望が如実に反映されている。千里の道も一歩から、ではないが、コンビニの品揃えもまずひとりの利用者から。もしかしたら社会の変化もまずはひとりから、なのではないだろうか。そう思うと、「ひとり」の力も案外、バカにできないのではあるまいか。そして「ひとりの人」が濃淡はあれど感じている、後ろめたさのような負の感情は、そろそろ過去のものになっていいと、コンビニはエールを送っているのかも知れない。
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