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第4回

新型コロナ時代の献立表

[ 更新 ] 2022.05.25
 新型コロナウイルス感染症が発生し、変わったことのひとつが「家での時間が増えたこと」。私は毎日通勤する必要はないが、新規感染者数と外出頻度は比例する。感染者が増えれば、近所への外出も控えるようになる。
 そうなると日々の心配は体重の増加である。油断するとすぐ太る。もっと食事を節制すべき? それとも運動量を増やすべきだろうか?
「たとえば、通勤が片道1時間だったら週5日、毎日2時間は緩やかな歩行をしていたわけで、これはかなりの活動量です。一日中、家にいたら200~500歩くらいしか歩かないですからね」と言うのは、日本栄養士会が認定する管理栄養士の団体「認定栄養ケア・ステーションLINK」の花本美奈子さんだ。
 とはいえ、以前は外食や飲み会で過食気味だった人が、自粛生活で以前よりバランス良く食べるようになり、むしろ健康になった、という人もいて、万人が私のように体重増加に怯えているわけではなさそうだ。前より食事の量が減った、という人も多いという。「会社では人と一緒に食事をしていたけれど、家でひとりだと作るのが面倒だし、ずっと座っているからお腹も減らない。通勤時間がない分、起床時間が遅くなり、三食から二食になった。昼は牛乳とお菓子だけ、といった話もよく聞きます」。
 では、ずっと家にいてお腹も空かないから、あまり食べず運動もしない、という生活で人間は健康を維持することができるのだろうか?
「極端に体重が増減しなければ、あわてなくて大丈夫ですよ」と花本さんは言う。身体というのはうまく出来ていて、栄養がよほど不足したり、偏った生活を長期間続けない限り、健康が維持できるよう調整してくれている。ただし体重の増減がなくても、血糖値や血圧の変化は病気に繋がるので、健康診断や献血などで定期的に血液検査を受けることは大切とのことだ。
 ただし、身体を動かさなければ、当然ながら筋肉はどんどん落ちてしまう。「筋肉が増えて悪いことはまったくないですから」と花本さん。筋肉量が増えると基礎代謝量が増え、消費エネルギーの増加につながる。やはり適度な運動は筋肉のため、いや己のため、なのである……。
 運動量を増やすには、在宅勤務でもせめて1日に1回は外に出るように心がける、あるいはラジオ体操も家でできるのでお勧めという。「Let’s! 美バディ」(TBSテレビ 毎週月〜木の9:55〜10:25放送)のような番組もありますよ、と言われ、見てみたら、タレントが参加するエクササイズの番組だった(確かにこういうのを見ながら運動するのもひとつの方法だろう……私はあの早さと明るさにとてもついていけないが……)。
 ひとりだと食べなくなってしまう人とは反対に、だらだらとずっと食べ続けてしまう人もいる(私はこのタイプだ。少量を1日に何度も食べてしまう)。ものを食べると、体内では消化吸収のためのホルモンが分泌される。飴玉ひとつであっても、舐めている間は身体が活発に動いている状態なので、これもまた負担がかかり、よろしくないという。また食事の間隔が長すぎるのも、やっぱり身体の負担になる。
 というわけで、誰もが知る王道だが、食事の間隔はきちんと3、4時間あけて、1日3食食べる、というのがやはり身体に優しい食べ方なのであった。
 
「『ドラゴンボール』の仙豆せんず(一粒食べると満腹になり、傷も治ってしまう豆)のように一つ食べれば完璧、という食品はないので、必要な栄養素は、いろいろな食品を食べることでしか摂れないんです」。花本さんは食事の目安として、ちょっと古いですが、と言いつつ農林水産省の「食事バランスガイド(2005年)」を挙げた。
 一番上が主食(ご飯やパン)で副菜(野菜やきのこ、芋や海藻)、主菜(肉や魚)と続き、一番下が牛乳・乳製品/果物という、コマのようなイラストはご存じの方も多いだろう。上の方へいけばいくほど、食べる量の割合が増える。このガイドは食文化によって変わるので、各国それぞれが独自のガイドを作っているそうだ。
 しかし、このコマの図に私はどこか、理想論的な、感傷的な保守の匂いを嗅いでしまう。特に気になるのは一番上の主食(炭水化物)だ。近年、炭水化物抜きダイエット(白米やパン、麺類を食べない)を恒常的に行っている人は多い。もちろん花本さんはそういう状況もよくご存じだ。「炭水化物抜きダイエットは短期的には痩せますが、一方でご飯を抜くと便秘になりやすい。食べ物にはそれぞれ違った栄養素、それぞれの良さがある。やっぱりまんべんなく、いろいろな食材から栄養を摂るのがいいわけです」。
 そして基本的に人は、いつも同じようなものを食べ、同じようなものを買っているものだと言う。食事のバリエーションを広げるためには買い物の時、いつも買う食材だけでなく、食べたことのないものをひとつ買ってみたらどうですか? とアドバイスするそうだ。外食でも、いつも頼むものとは違う、食べたことのない料理を試してみたら? と。
 買ったことのない食材はどうやって料理すればいいか分からない、という声には、「YouTubeで検索すれば、いろいろな料理法が出てくるから参考にしてみたらどうですか? といった風にアドバイスします」。
 過去に厚生労働省が提唱していた「一日30品目」が知られているせいか(現在、厚生労働省のウェブサイトでは具体的な数は挙げていない)、今もデパ地下などでは「30品目とれるサラダ」といったものが人気だ。しかし花本さんは、品数はあまり気にせず、いろいろなものを食べることを心がければいいという。
 一からの調理が面倒なら、冷凍食品やカット野菜を使えばいい。「食事の準備が面倒だから食べない、洗うのが面倒だから食べない、という人は実はとても多いんです。今は冷凍野菜もカット野菜も種類が増え、便利になりましたから、どんどん使ってほしい。たとえばカップ麺だって、冷凍野菜と市販の半熟卵を入れればバランス良くなりますよ」。
 理想に無理して現実を近づけようとするのではなく、現実にどうやって理想を盛り込めるかを考える方が現実的だ。花本さんの話を聞きながら私が思い出したのは、土井善晴『一汁一菜でよいという提案』だった。

──「一汁一菜」とは、ご飯を中心にして汁(味噌汁)と菜(おかず)それぞれ一品をあわせた食事の型です。ただし、おかずは昔の庶民の暮らしではつかないことも多く、実際には「味噌汁」「ご飯」「漬物(=汁飯香)だけで一汁一菜の型を担ってきました。
今、多くの人が毎日のように「今日のおかずは何にしよう」と悩むと聞きますが、一汁一菜が基本であると考えれば、何も難しいことはありません。一汁一菜は、現代に生きる私たちにも応用できる、最適な食事です。(土井善晴『一汁一菜でよいという提案』2016年)
 
 土井先生も米を中心とした、伝統的な食事の提唱者だが、『一汁一菜……』では、それをぐっと現実の方に近づけた。味噌汁の具は何を入れてもいい、肉やベーコン、昨日の残りの唐揚げを入れたっていい。味噌汁とご飯とちょっとしたおかずで満足できるよう、具沢山にすればいいという。これは眼から鱗の提案だった。
 実際にやってみると驚くほど、だしと味噌がどんな具材も調和させてくれる。これなら無理なくできるし、味のバリエーションも増える、というより、家にある食材を適当に使えばいい。先日、餃子の餡が残ったので、味噌汁に入れたら予想よりもずっとおいしかった。
 人と一緒の食事のことを「共食きょうしょく」というそうだ。人は会話や他の人の料理を通して、新しい知識を得たり、好奇心を刺激されたりする。会社での昼食のように、ひとりだとお菓子で済ませてしまう人も、人と一緒だから食事をする、といった効果もある。外食は新しい料理や素材に出会う絶好のチャンスだ。しかしコロナ以後、私たちは時に、共食も外食もままならぬという状況に陥ってしまう。そんな時でも、新しい食材、料理を試してみることは出来る。
 今や若者たちは、携帯やiPadを使い、それぞれ別の場所で、同じものを食べたり、互いの食事を見せあったりしながらの食事にも抵抗がないという。
 ヴァーチャルでも、同じ道具を使う、同じ物を食べるなどで、互いが場を共有しているという「同質性」が生まれると、『Au オードリー・タン 天才IT相7つの顔』(アイリス・チュウ、鄭仲嵐)にもあった。今はひとりの食事もツールを使えば共食になりうる、そんな時代だ。
 一方、高齢者の中には、家族が在宅勤務になり、今までひとりだった食事を一緒に食べるようになった、という逆の現象もあるそうだ。「ストレスがあると食欲はなくなります。だから、食べたい、と思うことは健康な証拠なんです」。
 そして、ひとりでの食事が増えた今、他人に気を使わず、ひとりで食べる気楽さ、自由さを知った人も多いと思いますよ、と花本さんは明るく話す。確かに、コロナ下ではひとりの食事は忌むべきことではなく、選択肢のひとつであり、状況によっては好ましいことにまで格上げされた感がある。
 日々、食の悩みを聞き、アドバイスしている花本さんの言葉は、現実的で頼もしい。毎日、ひとつでいいから新しいものを食べてみて、というアドバイスは、ふと不安や寂しさで灰色になりがちなコロナ時代において、色鮮やかな花束のように、心を明るくするお言葉でありました。
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