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第2回

豚の皮はおいしい

[ 更新 ] 2022.04.25
 時に孤食などと言われ、忌み嫌われることもあるひとりの食事を「ひとりで良かった……」と思わせたのが豚の皮。だからやはり、豚の皮から話を始めるのが良いと思う。
 私は幼い頃から、焼鳥なら鶏皮が好きな子ども(どうしたって痩せた子どもにはならない)だったし、大人になってからは豚足が好きになり、茹でたり煮たりと、自分でも料理するようになったが、豚の皮のおいしさに本格的に目覚めたのはやっぱり香港時代だと思う。
 香港の肉屋では、ほかの部位同様、豚の足も生のまま、フックに引っかけられて店先にぶら下がり、皮つき豚を使う料理もいろいろあった。特筆すべきは、結婚式やあらたまった席に出てくる「乳猪(ゆーじゅー)」だ。北京ダックと同じように、子豚の丸焼きの、皮だけそいで、ちょっと五香粉の香りのする甘味噌をつけて食べる。子豚の皮はちょっと厚めの、香ばしいポテトチップスのよう、パリパリのサクサクで最高においしい。
 煮込み料理もあった。「梅菜扣肉(むいちょいかうよっ)」という、白米がいくらでも食べられるお惣菜料理は、梅菜という漬物と皮つき豚バラ肉を醤油味で甘辛く煮込む。浙江省、杭州名物の「東坡肉(どんぼうよっ)」も皮つき豚バラ肉を使い、一度揚げてから蒸すなどして長時間かけてゆっくりと仕上げる。
 どれも、ねっとりした豚皮とこってりした甘い脂身、そして赤身の三層という、それぞれ違う食感と味わいが一度に味わえるのが良いのだ。皮つき肉のおいしさを知ってからは、皮なしだと味気なく感じるようになってしまった。
 しかし、日本へ戻ってみると、皮つき豚肉は近所で手に入らなかったので、再び豚足、そして豚耳をよく使うようになった。耳には軟骨があるが、根元の方はたっぷり肉がついている。近藤紘一の『サイゴンから来た妻と娘』には豚の耳を茹でてスライスし、サラダにする、とある。
 耳の軟骨がさくっと歯で千切れるくらいまで柔らかく煮ておき、冷まして細切りにした豚耳と葉野菜を、ヌクチャム(ヌクマム、唐辛子、砂糖、酢などを合わせたもの)で和えたベトナム風サラダは私の夏の定番料理だ。砕いたピーナッツ、香菜、バジルやミントなどのハーブ……入れるハーブの種類が多くなればなるほど、おいしくなる気がする。豚の耳は細かく切って野菜と一緒に炒めてもおいしい。
 豚足も相変わらず煮ている。半割りをさらに3つくらいに切って売っているのが扱いやすい。醤油と砂糖、大蒜、生姜、葱、酒などで煮込む。
 冬は時々、フランス風のピエ・ド・コション(豚足)も作る。現地で食べたことがないので、本を読んで作るようになった「なんちゃって料理」だ。鍋に水と香味野菜と半割りの豚足を入れ、柔らかくなるまで煮たら、取り出してパン粉をまぶし、表面がこんがりと茶色になるまでオーブンで焼く。マスタードをつけて、フォークとナイフで食べる。
 そして、夕食が豚の皮になるほどの好物になったきっかけは、あれは2012年、初めて訪れた英国、ロンドンであった。
 一週間ほどの滞在中はロンドンに詳しい友人にくっついて、あちらこちら見て回っていた。そして最終日、夕方のフライトなので、別行動にして空港で待ち合わせよう、ということになった。私はすでに行ったバラマーケットへもう一度、そしてマーケットから近いテート・モダンへ行くことにした。バラマーケット(Borough Market)は1000年以上続く食品市場で観光客なら誰でも行く名所。テート・モダン(Tate Modern)は20世紀以後の現代美術を所蔵している美術館である。
 最初に向かったのはバラマーケットだった。ひと通り、ゆっくり見て回っていると豚肉のサンドイッチの屋台が気になった。ローストした豚バラ肉を大きく切り、小さなバゲットに挟んでいる。おいしそうだがなかなかのボリュームだ。買うか、買うまいか。思案しながらじっとバラ肉を見つめているとお店の人が声をかけてきた。
「どう?」
「うーん、おいしそう。でも私には多いかな」
「じゃあ、こうしたら? 半分に切って、それぞれ包んであげるから、半分食べて、残りは後で食べる」
 なるほど良いアイデアだ。買うことにした。
 ローストした豚バラ肉のサンドイッチを食べるのは初めてだった。とりあえず半分、その場で食べる。まず、その味つけに驚いた。
 アップルソースがかけてある。
 豚肉のローストにアップルソースの組み合わせは料理としては珍しくないが、サンドイッチなので予想外だった。塩味はつけていない。甘酸っぱい林檎そのものの味がする。
 そして豚バラ肉のカリカリとした、その皮のおいしさ!
 私の「なんちゃってピエ・ド・コション」なんかよりもずっと、ずっとクリスピーで、うわー、豚の皮ってこんなにおいしいのか! と驚いた。
 そしてこのローストポーク・サンドイッチには、後でもう一度、驚かされた。
 テート・モダンで小中学生に交じりながら(課外授業かな)、フランシス・ベーコンの油絵などを見て、最後のロンドンを満喫し、空港へ辿り着くと、友人は大きな白い、テイクアウト用のプラスティック容器を持って待っていた。
「今回の旅で一度もフィッシュアンドチップスを食べなかったから。どうしても食べさせたくて買ってきた」と友人は言い、私たちは空港の外で生暖かいフィッシュアンドチップスを食べた。
 そして、25㎝くらいある、巨大なフィッシュアンドチップスを食べたにもかかわらず、飛行機に乗り込んでしばらくすると小腹が空いてきた。そうだ、残りのサンドイッチを食べよう。バッグからサンドイッチを取り出し、何気なく口に入れると、その皮の堅さたるや! 危うく歯が折れそうになった。
 豚の生皮のローストは焼きたてこそカリカリだが、冷めるとあっという間に本来の堅さを取り戻してしまうのだ!
 しかしこの、初めカリカリ、後カチカチの皮つきローストは再現しないではいられないほど魅力的だった。調べてみると、英国でローストポークは伝統的な料理の一つで、サンデーロースト(日曜日にローストビーフのようなロースト肉のご馳走を食べる習慣がある)などでよく食べるものという。
 焼く前に皮に剃刀で格子状に深く切り込みを入れ、表面にオリーブオイルと、たっぷりの塩をよくすり込んでから、さらにローズマリーやタイムなどのハーブを表面にまぶす。焼く時は、高温で一気に焼く方法もあるし、低温でじっくり火を通してから、最後に高温で皮だけカリカリにするという方法もある。やってみると実に簡単。林檎を煮て潰したアップルソースを添えれば、バラマーケットの味に近くなる。
 さらに、皮だけを身から外し、高温でカリカリにしてから適温で焼いた身と合わせる、という方法があることを知ってからは、豚の皮だけを冷凍で常備するようになった。これと近所で手に入る皮なし豚バラと合わせて使えば、いつでも皮つきローストが作れる。しかし豚の皮を常備するようになったら、時々、豚の皮だけローストして食べるようになってしまった。焼きたての、カリカリながらモチモチ、ネチネチの豚の皮はとてもおいしい。
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