
第35回
ジェニファー・ビールスも石田えりもレオタードを着ていた。
昭和58年(1983年)
[ 更新 ] 2023.01.06
僕はこの当時、「オリーブ」や「週刊HEIBON(平凡)」などマガジンハウスの雑誌原稿を多々書かせてもらっていたが、とっかかりになった「ポパイ」でも連載は続いていた。最初の「ああ、ナミダの懐古物」というのが終了して、この年あたりから翌年にかけてやっていたのは「逆流行通信 アナクロベストテン」というタイトルの企画だった。
微妙に時代おくれ(アナクロ)になったグッズや事象などのベストテンを隔週ペースで僕が勝手に決めて、その解説を付けていくというコラムで、「紅茶キノコ」やら「ぶらさがり健康棒」やら、数年前にブレイクしすぎて、恥ずかしくなってきたモノやフレーズをチャートに並べていた。たまにカン違いした読者が投票してきた……みたいな仕立てで「応仁の乱」とか「ペリー来航」とか、本当にアナクロな歴史ネタをぶちこんでオチを付けたりしていたが、この辺のセンスは当時のビートたけしのギャグに通じるものもあった。
まぁそういった内容はともかくとして、このベストテンに入れたあるバンドをめぐるエピソードがマガジンハウスの新社屋の風景と重なる。
ウエストコースト・ロックの雄・イーグルスがチャートインした時期があった。イーグルスは大学時代に愛聴したバンドの1つではあったが、あまりにブレイクしすぎて、また数年前のベタなポパイ的ウエストコースト風俗がハマりすぎて、このベストテンの対象としておもしろい、と考えたのだ。
何週かにわたって上位にいたはずだが、それを読んだイーグルスのファンから妙な投稿が送られてきた。
「そうそう、泉さん、アナクロベストテンにファンレターが届いてましたよ。ちょうど引っ越しの前だったので、お渡しするの遅れちゃいましたが……」
なんて感じで、引っ越したばかりの新社屋で担当編集者から“ぶ厚い封書”を受けとった。編集者がすぐに封を切って中身を確認すればよかったのだろうが、家に持ちかえって封にハサミを入れるや否や僕は「おやっ?」と思った。ナンだ? この異臭は……。そして、取り出した便せんの端っこに黄土色の固形物が付着している。時が経ったこともあって固まっていたが、これは紛れもなくウンコである。おそるおそる開いた便せんには、乱暴な字で「イーグルスをアナクロあつかいしやがって。テメエなんか音楽つくれねーだろ、クソでも食らえ!」みたいなことが、まさに殴り書きされていた。
こういうパンクなイーグルスファンのポパイ読者もいるのだ……と、反省したけれど、それにしても大便をこすりつけて(自分のだろうか?)投稿する、なんていうエネルギーはどこからくるのだろうか。編集者が引っ越し荷物のなかにウンコ付き封書をわざわざ保管していた……という経緯を思うと微笑ましくもある。オシャレなマガジンハウスのビル幕明けの頃の“奇禍”として記憶される。
マガジンハウスのビルを「ジムみたい」と表現する人もいた。エアロビクス(フィットネスとかジャズダンスと呼ぶ人もいた)のブームに乗って、街なかにアスレチックジムやその種のインドアスポーツのスタジオが増えていた。火付けはオリビア・ニュートン・ジョンの「フィジカル」とジェーン・フォンダのビデオ「ワークアウト」あたりだろうか。

ジェーン・フォンダの「ワークアウト」は、ビデオだけではなく本も出ていた。
以前紹介したわがビデコレ創刊号(第31、32回参照)のビデオソフトのガイドページにも〈健康〉という項目でエアロビクスのハウツービデオが2本紹介されている。「フォーユー教則 エアロビサイズ」というのと「エアロビクス1、2」。エアロビ、という省略系ももう普及していたかと思うが、主に女性がエアロビの際に着用するレオタードやレッグウォーマーがファッションとして流行していた。
ジェーン・フォンダの「ワークアウト」はビデコレでも特集したはずだが、エアロビのブームを一段と拡大させたのが、この夏に封切られた映画「フラッシュダンス」だろう。
製鉄所で働く主人公の女性が夜になるとナイトクラブのダンサーとして踊る……というストーリーは、5年前(アメリカは6年前)の「サタデー・ナイト・フィーバー」によく似ていたが、主題歌も挿入歌(マイケル・センベロの「マニアック」)も大ヒットした。そう、先日(11月25日)アイリーン・キャラの訃報を知って、一瞬主演女優か歌手の方か……混乱したが、女優はジェニファー・ビールスで、アイリーン・キャラは主題歌の「ホワット・ア・フィーリング」を歌っていた方である。ダンスシーンで流れるアイリーン・キャラの歌声は、それほどジェニファー・ビールスのキャラにハマっていた。
ところで「ホワット・ア・フィーリング」を聴いたとき、踊るジェニファー・ビールスよりも「スチュワーデス物語」のタイトルバックを思い浮かべる人の方が日本の中高年には多いかもしれない。この曲を主題歌に使ったTVドラマ「スチュワーデス物語」がスタートしたのはこの年の10月。深田祐介の原作はマジメな青春小説だったが、大映テレビ特有のクセのある演出や破天荒なストーリー展開に目をつけたマニアの間で人気に火が付いて、翌年ドラマが終盤に入る頃から社会現象的なブームになっていった。
例の僕の初期の録画ビデオの1つに〈スチュワーデス他〉とシールに記したVHSがある。これはスチュワーデスモノのエロビデオではなく、「スチュワーデス物語」の珍シーンを再放送時に録り集めたものである。
主役の松本千秋を演じた堀ちえみは、いわゆる82年組アイドルのなかではちょっと地味なイメージだったが、このマジメかオフザケかよくわからないキャラのインパクトによって芸能界に長らく残る存在となった。教官役の風間杜夫はまだ“二のセン”で売っていた頃だが、つかこうへいの演劇で鍛えられていた人だから、なかば確信犯的にクサい芝居をやっていたのだろう。その恋人(というか元カノ)役の片平なぎさの壊れた芝居は、後年のコメディー系ドラマにおける悪女の1つのヒナ型になった。
そういう大映テレビ制作のドラマの逆説的な楽しみ方を一冊の本(『大映テレビの研究』)にまとめた竹内義和と2年後に“新人類”として売り出す中森明夫と「スチュワーデス物語」から「ママとあそぼう! ピンポンパン」のお姉さん(カッパのカータンも)に至るまで、ぐだぐだとテレビやアイドルの話をしたことを思い出す。中森氏は「東京おとなクラブ」というミニコミ誌を主宰(編集・発行人はエンドウユイチという人だったが)をしていて、そこで大映テレビがテーマの座談もしたような気がする。「よい子の歌謡曲」というミニコミもあったが、アイドルや歌謡曲のことをマジメに論じるようになったのはこのあたりからだ。いまに引き続く「サブカル」(それ以前のアングラ臭の消えた)の夜明け──というイメージがある。
ところで「スチュワーデス物語」に使われた「ホワット・ア・フィーリング」は麻倉未稀のヴァージョンだったが、山本リンダもよく歌っていた。それはともかく、エンドロールでこの曲が流れるときの画像はJALの制服に身を包んだ堀ちえみや山咲千里ら客室乗務員が滑走路を並んで歩くもので、背景に日航ジャンボ機(ボーイング747型)が映りこんでいる。オンタイムの放送時はもちろん無意識だったが、このタイプの日航機が放送終了1年後の夏に御巣鷹山に墜落してしまうのだ。あのドラマとあの事故がほぼ同時代の事象だったとは、ちょっとピンと来ない。
昭和58年という年は他にも話題のドラマが多かった。まず、視聴率も反響も含めてトップといえるのがNHKの朝ドラ「おしん」。TVガイドのNHK担当でもなくなった僕は実際ほとんど観ていなかったが、坂田晃一作曲のテーマ曲はなぜか妙に耳に残っている。橋田壽賀子の脚本が秀れていたのだろうが、内容はバブルに向かっていく80年代のムードとは逆行するような“貧困に耐え忍ぶ女の一生”を描いたもので、一種のノスタルジーや自戒の心理が視聴者に働いたのかもしれない(バブル期の「一杯のかけそば」ブームとも似ている)。
時流を描いたドラマとしては、山田太一の「ふぞろいの林檎たち」(TBS)もこの年の5月スタート。クリスタルなキャンパスライフから落ちこぼれたような、イケてない大学生たちを主人公にした話だったが、のっけからサザンの曲がしばしば流れる演出はノンポリなサークル大学生の時代の気分をよく表現していた。
トレンディー・ドラマの代表局として挙げられるのは、もう4、5年先のフジテレビだが、この当時は“ドラマといえばTBS”の時代。金妻(キンツマ)の省略系も定着する「金曜日の妻たちへ」の第1シリーズが2月にTBSで放送スタートした。
もっとも、小林明子が歌う主題歌「恋におちて」とともに“ニュータウンを舞台にしたオシャレな不倫ドラマ”みたいな切り口でブームになるのは2年後のパートⅢからで、初作の頃はまだ反響も地味(といっても、シリーズ化されたのだからそれなりに数字は良かったのだろう)だった気がする。
団塊の世代あたりを中心にした仲の良い夫婦グループ(何かというと寄り集まる)を主人公にした鎌田敏夫脚本のドラマは、「俺たちの旅」のその後っぽい雰囲気もあったが、冒頭の「風に吹かれて」をはじめとしてしばしば流れるP・P・M(ピーター・ポール&マリー)のメッセージソングが、団塊の後世代の僕なんかにはちょっとクサかった。
たまプラーザやつくし野あたりのタウンハウス型の住宅街が舞台になっていたが、この辺の田園都市線周辺のロケ地は、TBSの緑山スタジオの開設(昭和56年)とも関係していたのかもしれない。そういえば、当時「ブルータス」で連載中だった村上龍の「テニスボーイの憂鬱」の主人公も、確かあざみ野あたりの土地成金の息子だった。
古谷一行、いしだあゆみ、小川知子……といった面々が出演するこのドラマ、夫婦グループの1人の竜雷太(外車ディーラー)が不倫している若い女・石田えりの登場シーンが目に残る。モーターショーでコンパニオンの仕事をしている彼女、ヒョウ柄のエグいレオタードを着て展示車のボンネットの上で、挑発的なポーズを取っていた。