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第26回

懺悔ざんげの後にDOWN TOWNを
昭和56年(1981年)

[ 更新 ] 2022.08.17
 「オレたちひょうきん族」が5月16日(土曜)に始まった。とはいえ10月の編成までは、巨人戦ナイター中継が入らないときの雨番組扱いだったようだ。それはともかく、わざわざ曜日を入れたのは、土曜日の夜8時台というのが昭和40年代から続く、フジとTBSの“お笑い合戦”のような時間帯だったからだ。
 まず、僕が小学6年生だった昭和43年の夏にフジテレビで「コント55号の世界は笑う」が始まって、翌年の秋にTBSがドリフターズの「8時だョ!全員集合」をぶつけて、やがてドリフが土曜8時の定席についた。が、フジと萩本欽一は黙っていたわけではない。昭和50年代に入ると、ラジオ(ニッポン放送)で先行ブレイクしていた投稿式コント番組「欽ちゃんのドンとやってみよう!」(開始時刻は7時30分)で対抗、しかしドリフ番組は志村けんの新ネタなどをヒットさせて相変わらず高視聴率をキープ、「欽ドン」は月曜夜に移行して、いた土曜8時のワクでビートたけしや明石家さんま、島田紳助ら「THE MANZAI」ブームの中心メンバーを集めてスタートしたのが「ひょうきん族」だった。
 タイトルの「ひょうきん族」、──族はこの時期盛んに使われていた、暴走族、タケノコ族、クリスタル族、窓際族……というような流れに乗ったのだろうが、おどけた様子を表わす「剽軽」(ひょうきん)の方は半死語化していた。翌年開始の「笑っていいとも!」(“森田一義アワー”なる副題も付いていた)の「いいとも」や「アワー」なんてのもそうだが、横澤彪プロデューサーをかしらとする「ひょうきん族」や「いいとも」のスタッフは、こういう古物を掘りおこす、レトロのセンスに長けていた。
 たとえば、初期の看板ネタだった「タケちゃんマン」も昭和30年代前期の「月光仮面」以降のヒーロー活劇をおちょくったものであり、さんま扮する敵役のブラックデビルはフジテレビが開局(昭和34年)早々に放ってヒットした「少年ジェット」にまんま・・・出てきたキャラクターだった(タケちゃんマンのコスチュームも「ジェット」に登場した「鉄人騎士」というのにどことなく似ていた)。この番組、僕は2、3年おくれの再放送で親しんだ世代だが、ひょうきん族の作家は高平哲郎や高田文夫ら、こういう仮面やタイツ型のヒーロー番組にどっぷり浸った団塊の世代が中核だったから、おそらく会議の雑談なんかから盛りあがったネタなのだろう。世田谷育ちの高田さんは、近所で「少年ジェット」のロケを眺めた話をよくされていた……。
 パロディーというと、紳助と山村美智子アナで進行する「ひょうきんベストテン」のコーナーは、TBSの「ザ・ベストテン」のスタジオセットやカメラワークが模写されていた。紹介される曲もほとんど本家ザ・ベストテンにチャートインしているオンタイムのヒット曲で、なかでも片岡鶴太郎のマッチ(近藤真彦)は白眉だった。声帯模写のレベルといい、デフォルメしすぎて破綻していく展開といい。「ブルージーンズメモリー」や「ミッドナイト・ステーション」のパフォーマンスはいまも眼底に残像が漂う。
 山田邦子やヒップアップ、コント赤信号もコーナーの常連だったが、この2、3年後、ウガンダ(トラ)をセンターにしたマイケル・ジャクソンの「スリラー」は秀逸だった。
 番組からはビートきよし、島田洋八、松本竜介の“うなずきトリオ”に大滝詠一が提供した「うなずきマーチ」なんてコミックソングも生まれたが、音楽トレンドに敏感だったこの番組で、なんといっても素晴らしかったのはエンディング。
 横澤プロデューサー扮する黒衣の神父の前で、出演者(スタッフのときも)がその回のNG場面(楽屋噺のことも)について懺悔すると、十字架に磔にされたキリスト風の神(ブッチー武者)が○✕の手サインで裁定を下す。と、次のカットでEPOエポの「DOWN TOWN」にのせてスタッフクレジットが六本木らしき夜景画像の上を流れていく。
 本編のドタバタやグロなネタも品良く包みこむような、ソフィスティケートされたエンドロールだった。
 EPOの「DOWN TOWN」が使われたのは、正確には放送2回目かららしいけれど、その後同じくEPO「土曜の夜はパラダイス」、松任谷由実「土曜日は大キライ」「SATURDAY NIGHT ZOMBIES」、さらにDOWN TOWNの本家でもある山下達郎の「土曜日の恋人」と、ほぼ最初のEPOのときに固まった、DOWN TOWN路線の曲(いわゆるシティポップ調)がエンディングを飾るパターンが確立された(漫才コンビのダウンタウンのネーミングに、この曲はやはり何らかの影響を与えているのではないだろうか)。
 いまユーチューブでこれらの曲をチェックすると、「あの時代の土曜はサイコーだったぜ」的な郷愁コメントばかり出てくるけれど、まさに「ひょうきん族」のエンディングには、バブル期へと向かっていく時代の浮かれた気分が反映されていた。
 スタッフのクレジットは、佐藤ゲーハー義和とか永峰アンノン明とか、ディレクター(作家も)の名が“お遊びミドルネーム入り”で紹介されていたが、たまに顔を出す彼らも人気者になって“ひょうきんディレクターズ”の名でレコードデビューを果たした。僕はこの4年後、彼らスタッフのもとでレギュラー番組(「冗談画報」)を受けもつことになる。
 EPOの「DOWN TOWN」が入っているアルバム(同題)はよく聴いた。とくに好きだったのが、エモーションズっぽいイントロで始まる「日曜はベルが鳴る前に」という曲で、これは久しぶりに聴くとじんわりくる。改めて調べてみると、編曲は林哲司と清水信之で、まさに“シティポップの真髄”という感じだ。
 EPOは尾崎亜美をちょっとシャキッ、シレッとさせたタイプ(どちらが良いというわけではない)だったが、この領域でもう1人思い浮かんでくるのが須藤薫である。惜しくも早逝してしまったが、当時何かのきっかけでマネージャーと知り合いになって、ライブにも何度か行った。平山三紀の「やさしい都会」のカバーがデビュー曲だったようだが、僕が最初に聴いたシングルは「FOOLISH 渚のポストマン」。それから「恋のビーチ・ドライバー」というのもあったが、いずれも杉真理作曲の湘南ドライブ映えするナンバーだった。しかし、1曲選ぶとしたら、「うなずきマーチ」と同じ大滝詠一が作詞作曲した「あなただけI LOVE YOU」だろう。
 大滝さん好みの60sガールポップを想定したような1曲だが、音調が激しく上下するこの曲を歌いこなすのは難しい。カラオケ番組で新妻聖子あたりにトライしてもらいたいナンバーだ。


著者の所蔵する「恋のビーチドライバー」のレコード袋の中には[C・M・C 黒田茂子]という須藤薫のマネージャーと思しき人の名刺が収められていた。

 うっかり書き忘れそうになっていたが、この年の大滝詠一といったら、なんといってもロンバケ(A LONG VACATION)のアルバムだろう。発売は3月21日だったが、僕は出入りしていたTBSラジオの林美雄の番組(この時期は「パノラマワイド ヨーイドン!」という土曜深夜番組だったか……)でよく流れていた「君は天然色」にハマッて、しばらくシングル盤のこの曲ばかり聴いていた。ロンバケは、ジャケットの永井博のイラストレーションも大きな評判を呼んだが、そもそも2年前に発刊された永井氏の絵本(大滝の文章も掲載)が商品としては先だったという。
 河村要助や湯村輝彦の60sアメリカン調から始まった、ビーチリゾート気分のイラストは、シティポップ系の音楽との相性も良かった。山下達郎の名盤「FOR YOU」のジャケを鈴木英人のイラスト(turner’sの看板の出た建物はウエストコーストの電器屋らしい)が飾るのは、翌年のことである。さらに、こういう土壌のもとに、わたせせいぞうの「ハートカクテル」も誕生する。
 ところで、この年のユーミンはというと、暮れも近づく11月に「昨晩お会いしましょう」のアルバムが発売された。荒野のような所にトレンチコートを着た女(ユーミンを思わせるスタイルだが本人ではないらしい)が後ろ姿で立つ──ジャケットは、ピンク・フロイドの「原子心母」などで知られるヒプノシス(イギリスのアート集団)が手掛けた、というのも話題になった(「ブルータス」で特集記事を読んだ記憶がある)。
 「タワー・サイド・メモリー」から始まるこのアルバムは、意識的に都市を舞台にしたような曲が多かった。用賀あたりの中央分離帯にカンナが植えこまれていた頃の環八を歌った「カンナ8号線」、東京タワーの模型(エンピツ削り)に目を向けた「手のひらの東京タワー」……ちなみに冒頭の「タワー・サイド・メモリー」のタワーは神戸のポートタワーのようで、これはこの年に開催されていた「ポートピア」のフレーズが出てくる、関西ガールを主役にした歌なのだ。
 関西──とくに神戸の三宮あたりは当時、「JJ」的ニュートラ・ファッションの出島・・、いまでいうインフルエンサーの棲息地の性格が強かったから、ユーミンとしてはその辺のマーケティングの触覚をはたらかせたのかもしれない。
 もう1曲、具体的に街の名は出てこないけれど、スタジオ(ファッション系の)で仕事を終えてディスコで遊ぶ、モデルかスタイリストと思しき都市生活者の孤独を歌った「街角のペシミスト」というのがある。まだマハラジャなんかができる前だから、六本木のスクエアビルあたりの店がロケ地・・・かもしれないが、こんな一節が耳に残る。

娘たちはやがて
踊りすぎた金曜日を卒業してゆく。

 「ひょうきん族」の楽しい土曜日の前日は、踊りすぎた金曜日だったのか……。
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