第二十七回 東久留米市 団地ときどき湧水集落

 西武池袋線の東久留米にやってきた。ちょっと先に西久留米という駅はない。この東久留米のネタモトは、九州・福岡県の久留米なのだ。大正時代(1915年)に武蔵野鉄道(現・西武池袋線)の駅を開設するとき、すでに九州に久留米って駅があるので、東(東国的な意味合いもあったのだろう)の久留米としたようだ。とはいえ、東久留米市というのが誕生したのは70年代初めのことで、僕が地図読みに熱中しはじめた小学生の頃は、久留米町と記載されていた。
 さて東久留米の散策、駅東口の方も新座市に食いこむようにちょっと市街地が存在するけれど、その領域は主に駅の南西方に広がっている。西武バスがぽつんと停まる西口に出て、ファミリーマートの横道を東進していくと、やがて落合川の畔に出くわす。小金井や調布の野川にも似た、自然の川岸の雰囲気をよく残した川で、繁茂した水草のなかを流れる水も澄んでいる。橋を渡った向こうの丘にある竹林公園というのに立ち寄ったが、鬱蒼とした竹林の際から豊かな湧き水が流れ出していた。


DSCN4671.JPG 西武池袋線の東久留米駅。いかにも郊外の住宅街の中にあるといった風情だ。
DSCN4676.JPG 落合川。水草豊かな清流だ。市域北部を流れる黒目川と合流し、やがて荒川へと至る。


DSCN4679.JPG 武蔵野段丘の谷頭を利用した竹林公園。豊かな湧水は落合川へ流れこんでいる。新東京百景に選定。


 この落合川の岸辺を初めて歩いたのは、およそ10年前、東京の七福神の本の取材をしていたときだ。少し南下したところにある多聞寺は毘沙門天が祀られた古刹で、ここで住職から御朱印をいただいたおぼえがある。
 川を挟んだ小道の奥には、深い森に囲われた氷川神社がある。参道口の小橋の下に小魚の魚影が確認できる。きれいな小川が流れこんでいるけれど、この小川の水源は裏方の雑木林の中。〈南沢環境保全地区〉なんて看板が出た、なかなかの規模の森である。木立ちの奥から、子供たちのハシャギ声が聞こえてくる。森の裏手に円筒形のタンクが垣間見えるが、ここに水道局の給水所が設置されているらしい。


DSCN4680.JPG 脇にある芭蕉の葉が目立つ氷川神社の鳥居。


 この辺、南沢の町名が付いているように、沢が点在する名湧水地として知られている。林の向こうには畑が広がり、ぽつぽつと新しい住宅も見える。シャレた低層のコテージが目に入ったので、玄関先に行ってみると、介護付老人ホームだった。近頃、こういう自然豊かな郊外で「ちょっといいな」と思う集合住宅を見つけると、だいたいこの種のシニア向施設なのである。まさに、高齢化社会を実感する光景だ。
 ほぼ南へ歩いていくと、開けた前方に黒々とした鉄塔が見えるようになってきた。連載1回目の西東京市で訪ねた田無タワー、である。そして、その少し左手(東寄り)に直角三角形の壁みたいな高層マンションが建っている。予め地図で頭にインプットしてきてはいたが、高層マンションが建つ一帯は南沢5丁目のイオンモールを中心にした再開発地区。西東京市の側から広がる、ひばりが丘団地の端っこに隣接する一角だ。


DSCN4687.JPG 本連載1回目の西東京市編で訪れた田無タワーが遠目に見えた。
DSCN4692.JPG ひばりが丘団地の横にあるイオンモール東久留米。ひばりが丘団地は、東久留米市と隣の西東京市にまたがっている。


 平日とはいえ、イオンモールの駐車場はけっこう混み合っている。道を挟んで2館仕立てになっているが、本館の壁にデカデカとアウトドアー用品の「好日山荘」の宣伝幕が掲げられているあたり、郊外のショッピングモールらしい。そして、本館1階には日産のセレナなんかも置かれて、展示販売されている。
 4階まで生活用品のフロアーで構成された本館の屋上から、別館の方へ入ると、こっちは3階までのフロアーに様々なレストランブースを仕込んだ大食堂風のスペースが設けられている。トンカツの「さぼてん」や中華の「梅蘭」は、こういったハコの常連ともいえるだろうが、仙台の「なとり」って牛たん屋はあまり東京で見たことがない。定食の肉は"たんもと"と"たんなか"って2種にわかれているが、高目の"たんもと"の1番少量(2枚、4つ切り)のやつをいただいた(とろろのオプションを付けて1800円くらいだから、けっこう高い!)。
 東久留米のイオンモールの仙台牛たんを腹に入れて、すぐ先の所沢街道の交差点から1直線に南進する広い道に入った。ちょうど真正面に田無タワーが見えるが、この出来かけの新道の両側は広大な畑地。サトイモ、ニンジンらしき葉が確認できる畑なかに〈目指せ食料自給率100パーセント〉なんて、熱の入ったアジ看板が立っていた。
 行きあたったT字路の横道は、ケヤキの高木がしばらく続く素朴な街道で、〈柳新田通り〉のプレートが掲示されていたが、ひと昔前は〈東京道〉と呼ばれていたらしい。尤もこの辺、東京に向かう複数の通りに、東京道とか東京街道の名が付けられている。


DSCN4701.JPG ふいに道端に現れた〈目指せ食料自給率100パーセント〉のアジ看板。
DSCN4702.JPG 滝山団地に向かって真っすぐ延びる柳新田通り。


 ともかくこの道、西へ2、300メートルくらいの区間はケヤキの屋敷林に囲まれた、庭に年季の入った蔵が見える、いかにも武蔵野の農集落らしい家並が続く。そんな古い農家の門前に出た野菜の無人販売スタンドに置かれた"バターナッツかぼちゃ"をしげしげと眺めていたら、庭の奥から自転車をひいて出てきた老夫と目が合った。
「バターナッツかぼちゃ、なんてのがあるんですね?」
 なんとなくバツが悪くなって質問すると、
「どっから来たの?」と問い返された。
──杉並の方です
──杉並でも作ってるよ、こういうカボチャ
 そうか、後から調べ直して思い出したが、このバターナッツかぼちゃというのは、最近のハロウィーンブームに乗って、需要が高まっている種類なのだ。
 そう、当日はハロウィーン前の10月中旬。とはいえ、夏のように暑い。自販機で買ったはちみつレモンウォーターを飲み飲み歩いていくと、やがてこの道は滝山中央通りと名を変えて、滝山団地のなかへ入っていく。
 1960年代の終わりに誕生した、約3200世帯からなるマンモス団地。鉄道や皇室関係の著作で知られる原武史氏はこの団地で生まれ育ち、『滝山コミューン一九七四』という著書で、西武沿線の団地風土の特徴を興味深く論じている。原氏も指摘しているが、この沿道に並ぶ団地商店街は、ほぼ半世紀前と変わらぬ昭和調個人商店のムードを留め、本体の団地の棟もメンテナンスを施されながら、四角い5階建ての初期団地の景観を保っている、ちなみに、ひばりが丘団地の敷地は軍需産業・中島飛行機のエンジン部品工場などが広がっていた所だが、こちらは畑と雑木林の一帯だった。
「昔、焼きイモの供給地だったこの土地に、文化住宅が建つわけで、工場も誘致するよう町当局は真剣に考えている。」
 と、1960年代初めに刊行された『東京風土図』にあるから、川越のようなサツマイモの産地だったのだろう。


DSCN4715.JPG 1968年に完成した、日本屈指の規模の大型団地・滝山団地。現在では高齢化が進み、高齢化率は40%を超える。
DSCN4712.JPG 滝山団地は歩行者専用道路が設けられており、当時としては画期的だった。歩行者用道路の脇には、現在でも素朴な商店街が連なる。


 滝山団地西の道路標示のあたりから、南西に延びる横道を進んでいくと、団地ができる以前の田舎集落の風景を残した柳窪の地区に入る。
 僕は休日にFMラジオや好みのCDを流しながら、ひとり車でふらふら郊外を走ることがあるのだが、そんな折にこの柳窪の古集落を発見した。とくに柳窪4丁目の柳窪天神社の周辺は野趣に富んでいる。
 天神社の傍らを黒目川の源流の小川が流れ、境内の奥に社殿以上に立派な茅葺きの建物が垣間見える。垣根の道をぐるりと回りこんだところに、お寺の入り口みたいな薬医門がある、柳窪の地主(庄屋)・村野家の住宅。先の境内から覗き見えた茅葺き屋が天保9年(1838年)建築の主屋、広い敷地の中に江戸後期から明治時代に建てられた土蔵や離れ間が配置されている。「顧想園」の愛称が付けられた国の登録有形文化財で、時折見学会が催されているらしい。
 村野家について、先の『東京風土図』には次のような解説がある。
「この集落に村野という旧家がある。庄屋造りの古い家である。ここでは、肥料を農民に貸し付けて大もうけしたという。肥料は、新河岸川を船で志木まで運ぶのである。」
 なるほど、江戸で仕入れた肥料を川越夜船に乗せ、志木からは大八車で運搬してきたらしい。いまでは、ちょっと考えられないルートである。


DSCN4732.JPG 広大な村野家の敷地の周囲は生垣で囲われていた。
DSCN4722.JPG 柳窪、垣根の合い間にひっそり祀られた道祖神。


 ところで、天神社の境内に〈柳久保小麦〉と題して、江戸の嘉永年間にウドン用の小麦を生産して評判をとった奥住又右衛門という人物の謂れ書きが出ていたが、村野家の他にもう1軒、「奥住」の表札を掲げた大きな屋敷も目にとまった。
 この柳久保小麦、戦前に栽培は途絶えたというが、農林水産省に保存されていた奥住家伝来の種を使って復活、それを使ったウドンを出す店が今回やりすごした前沢のあたりにある、と後からネットで知った。イオンモールの仙台牛たんより、こっちを味わうべきだったな......。

泉麻人

いずみ・あさと 1956年東京生まれ。
慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストに。
東京に関する著作を多く著わす。近著に『大東京23区案内』(講談社文庫)、『東京いい道、しぶい道』(中公新書ラクレ)などがある。

泉麻人