第十一回 立川市 基地跡のイケアで

 国分寺、国立ときたら、やはり立川まで行ってしまおう。中央線もこのあたりまで来ると、車窓の前方に秩父山系や丹沢の山稜がかなりくっきりと見えて、郊外気分を実感する。ボックスシートの列車なら弁当を広げてもいい感じになってくる。
 いまどき立川の駅に降りて、まず目につくのは高架を走る多摩都市モノレールだろう。中央線と交差して、北は多摩湖の手前の上北台、南は多摩センターまで行くこのモノレール、開通したのは2000年代の初めだが、立川駅前のビル群の中を銀にオレンジ帯の車両が通過していく光景は、子供の頃に見たSFドラマの都市をふと思わせる。
 伊勢丹や高島屋、ビックカメラ、ロフトなどのビルが林立する北口の2階部の広場から、ケヤキ並木が続く北口大通りを見下ろしたショットは、なんとなく仙台あたりにも似ている。東京というより、他県の大都市といった雰囲気なのだ。そんな北口大通りの一角に建つ「フロム中武」という物件は、かつて中武デパートと呼ばれた立川地場のデパート。中武というのは、武蔵野の真ん中あたりみたいな意味合いだったのだろう。

DSCN2659.JPG 多摩都市モノレール。オレンジとシルバーの車体が近未来的。
DSCN2694.JPG 地方都市の雰囲気を感じさせる立川駅前。


 駅前の散策は後まわしにして、モノレールの立川北駅の下を北西方向に直進していく道を歩いていくと、昭和記念公園の玄関(あけぼの口)に突きあたる。立川基地の跡地にできあがった広大な公園、箱根駅伝好きの僕にとっては過酷な予選会の会場として認識されている場所だが、駅から近い所にある「昭和天皇記念館」というのを1度見学しておきたかった。この国営の公園、昭和天皇御在位50年の記念事業として70年代終わりから整備が始まって83年に開園、記念館がオープンしたのは2005年のことらしい。
 スペースは1フロアだが、館内にはきちんとした身なりの男性係員(もしや、元宮内庁職員か?)がいて、入るなり僕に近づいてきた。平日の午前中ということもあって、客は僕一人。何か文句でも付けられるのか......と思ったら、「初めての御見学でしたら是非ビデオを、10分くらいです」と勧められた。
 5台のモニターを使って、昭和天皇の足跡をまとめたドキュメンタリー映像だが、70年代頃に撮られたインタビューのシーンが懐かしい。「どんなTV番組がお好きですか?」という記者の質問に対して、「放送会社の競争が激しいので、どういう番組かはお答えできません」と返すユーモラスなやりとり、よくおぼえている。おっ! と目をみはるのは、国産初の御料車に採用された日産プリンスロイヤルというモデル。残念ながら見学者のカメラ撮影は禁止なので、ご興味のある方はHPなどで確認を。そうもう1点。昆虫好きの者としては、天皇が小学6年生の頃に那須の塩原で採集されたという蝶の標本(植物の枝葉がコラージュされている)も目に残った。
 記念館を出ると、公園の向こうにイケアの建物が見える。割合と近いので覗いていこう。イケアの建物のすぐ脇はモノレールの高架線だ。ブルー&イエローのモダンなロゴを掲げた倉庫型の建物とシルバー&オレンジのモノレールを込みにしたショットは、イケアがスウェーデン発ということもあって北欧のニュータウンの景色をイメージさせる。
 イケアは昔、横浜の港北の店を覗いたことがあったけれど、入店するのは久しぶり。入り口のおねえさんから買い物袋を手渡されて、にわかに購買意欲が高まってきた。表示された店内地図(チラシもある)を見ると、⑦ベッドルーム、⑧ワードローブ&収納、⑨玄関、⑩キッズ&ベビー......と、順路が直線で描かれているが、実際の通路は小刻みにクネクネと折れ曲がり、そう簡単に先へは行けない。所々に近道も設定されているが、このクネクネ通路は路地裏を散歩しているようでおもしろい。商品が町の建物の役割をしているわけだが、この辺の構造は考えつくされたコンセプトなのだろう。
 僕はひとり歩きだが、若いママと思しきグループなんかもいて、「は~いカズクンママ、ヴァリエラボックスお買い上げ~」なんて、テレショップ番組のMCの口調をマネたりしながら楽しそうに買い物している。僕もついつい、仕事場の休憩用の枕(¥1699-99の端数もイケアのお約束)を買ってしまった。
 さて、ぐるぐると店内を歩いて、レジをすませて出てきた所は、なぁんだ、最初の入り口ではないか。そうか、進路を周回させるつくりはディズニーランドのアトラクションなんかと同じなのだ。

DSCN2668.JPGイケア立川店。モノレールならば高松駅が最寄だ。
DSCN2675.JPGカズクンママが購入したヴァリエラボックス。


 イケアのちょっと先、モノレールの立飛(たちひ)駅の横には「ららぽーと」がある。空き地には〈立飛ホールディングス〉の看板が立っていて、今後まだまだ新規のメガショップが進出してくるのだろうが、「立飛」と省略されて町名や駅名にまで定着したのが、往年の立川飛行機。戦前の九五式一型機などに始まって、軍国日本を支えた飛行機メーカーである。モノレールに乗っていると、まだ名残りの格納庫などは見られるが、いまは不動産が主軸の会社になったのだ。
 モノレールの高架下を立川駅の方へ戻っていくと、遊歩道の端に様々なオブジェが飾られている。とりわけ目を引くのは、高島屋の裏手に置かれたアフリカ先住民らしき人々のリアルな人形。コン棒のようなものを手に鮮やかな民族衣装に身を包んだ男たちが、10名余り整列している。
 駅前のビル群の狭間にぽつりぽつりと背の低い質屋とか飲食店の横丁が隠れている。駅の北東側の一角、ネットの書きこみで見つけてメモってきた「るもん」という店をようやく見つけた。洞穴のような仕立ての隠れ家風レストラン。ここで日替り定食(牛肉とキノコのソテー)をいただいて、駅の南口、モノレール高架脇のカフェで珈琲を一服。入り口のショーケースにサラダとケーキがずらりと並んだこの店、さっきイケアで見掛けたようなアラサー、アラフォー見当の女性組の溜り場になっている。目の前の窓際に一組、ヨーロピアンっぽい男女カップルが向かい合っていたけれど、イケア目当てにやってきたスウェーデン人観光客だろうか。

DSCN2669.JPG 立飛ホールディングスの空き地。
DSCN2684.JPG モノレール立川駅高架下の遊歩道端のオブジェ。ナイジェリアの首長の正装だという。
DSCN2698.JPG モノレール立川駅前のカフェで一服。


 書き忘れたが、昭和記念公園南方の曙町1丁目には、「立川けやき座」という大衆演劇の小屋があり、開演1時間前なのに若い役者の追っかけらしきオバチャンが2人、開(あ)き待ちをしていた。立川もいろいろな人種がいるのだ。この曙町1丁目の界隈は、ヨコモジ看板の古いレストランや横道にラブホテルがあって(1軒きり)、微かに米軍歓楽地時代の面影が感じられる。
 そして最後に立川南駅からのモノレールで1駅、柴崎体育館まで乗った。このあたり、10年か前に1度来たことがあったが、駅のすぐ西側の坂上に玉石垣と垣根を設えた武蔵野らしいお屋敷が並んでいる。
「柴崎町は、立川市の本村であって、ケヤキ屋敷にかこまれた古い屋敷が数多く見られ、静かな落ちついた住宅地である」と、昭和30年代中頃の「東京風土記」に解説されているが、その景色は保たれている。
 玉石垣の坂道の向こうに見える多摩都市モノレール――のショットを狙ってカメラを構えた。

DSCN2699.JPG モノレール柴崎体育館駅周辺には古いお屋敷街が広がる。
DSCN2703.JPG お屋敷街の坂上からモノレールを撮影。

泉麻人

いずみ・あさと 1956年東京生まれ。
慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストに。
東京に関する著作を多く著わす。近著に『大東京23区案内』(講談社文庫)、『東京いい道、しぶい道』(中公新書ラクレ)などがある。

泉麻人