黒くまさんの夏の恋

2019/06/05
 ──きょう、ランニングの途中で、黒くまさんに出会いました。
 日本に住んでいる友人や知人や仕事仲間に、森で熊を見かけたことを伝えると、返ってくるメールにはたいてい、こんな文章が書かれている。
 ──えーっ! 熊が出るんですか? 怖くないですか? 襲われないように、注意して下さいね。
 読みながら、私は思っている。
 出るんじゃなくて、くまさんたちはこの森に「住んでいる」んです。まったく恐ろしくも、怖くもないです。人を襲うことはありません。おとなしくて、優しくて、恥ずかしがり屋のくまさんなのです。
 どうやら多くの日本人にとって、熊とは獰猛で、人を襲う危険な生き物のようだが、私にとってはあくまでも仲良しの「くまさん」なのである。
 このあたりの山や森に、六百頭ほど、生息しているという。
 ただしこの数字は、かれこれ二十年ほど前に人から聞いたものなので、今はどれくらいなのか、定かではない。

黒熊さん夫婦.JPG
(1)家の中から網戸越しに撮影したのでぼやけていますが、ご容赦ください。


 英語名は、ブラックベア。
 アラスカ州などに棲んでいるグリズリーベア──星野道夫さんの写真集にも出てくる、川で鮭をつかまえている、あの熊たち──とは異なった種類の熊で、性格もずいぶん違うようである。
 初めて見かけたのもやはり二十年くらい前のことで、そのとき私はひとりでドライブをしていた。
 谷川に沿ってのびるカントリーロードを走っていたとき、黒くまさんは山の斜面から駆けおりてきて、道路を横断し、川へ水を飲みに行こうとしていた。大きな生き物のわりには、動きが俊敏だった。
 第一印象は「何か、まっ黒けな生物が素早く道を横切ったな」という感じ。ブラックベアという名が示す通り、黒々とした毛に覆われており、なおかつその毛は、つやつやと輝いていた。その直後に「ああ、なんて美しい生き物なんだろう」という感動がやってきた。美しいというか、神々しいというか。野生の生き物を肉眼で見ることのできた僥倖に、感謝しないではいられなかった。

 それから数年ほどが過ぎた、六月のある朝である。
「くまぁあああ! くまぁあああ!」
 割れんばかりの叫び声が、家中に響いた。
 池のほとりをうろついている、でっかい黒くまさんを発見した私が、階下の仕事部屋にいる夫に知らせようとして上げた大声である。
「どこー? どこー? どこだー?」
 夫から返ってきた木霊(こだま)さながらの問いかけに、
「ベッドルーム! だけど、一階からも見えるはずー」
 叫びながら、私の視線は池のそばにいる黒くまさんに釘づけになっている。池は、二階のベッドルームから見下ろすと、その全貌が見渡せるようになっている。
 前庭の奥にある池のまわりを、のっし、のっし、と、歩いている黒くまさんは、まるでお相撲さんみたいだ。きっと、雄に違いない。しかし、それにしても大きい......。
 次の瞬間、横綱級の黒くまさんは「ジャボーン」と威勢のいい水音を立てて、池に飛び込んだ。かと思うと、気持ちよさそうに、犬かきですいすい泳ぎ始めたではないか。端まで泳ぎ着くと、ターンをしてまた泳ぐ。三往復ほどしたあと、池から上がって、ぶるぶるっと全身を震わせて水を切ると、またのっしのっしと歩いて、森の中へ消えていった。

池.jpg
(2)黒くまさんのスイミングプール。


 その間、およそ三、四分くらいだっただろうか。
 夫は一階から、私は二階から、息を詰めて「黒くまさんの初泳ぎ」に見とれていた。
 それ以降、毎年、六月の初めごろになると、冬眠から目覚めた黒くまさんがうちの池に泳ぎに来るようになった。泳いだあと、二本足で立って、大木や電信柱に背中をぐりぐりこすりつけていることもあった。
 ある年には、母熊が子熊二頭を連れてやってきたこともある。子熊たちが池に入って、バシャバシャと互いの顔に水をかけあいながら遊んでいるのを、母熊は池のほとりで見守っていた。
 またある年には、大好物の実を取ろうとして、ヒッコリーの木──くるみ科の落葉樹──に登っている子熊二頭を、木の下で指導・監督している母熊の姿も見られた。
 母熊の真似をして、石をめくっては、その下に隠れている虫や蟻の卵を食べている姿。幼木の枝を両手でバシバシ払うようにして遊んでいる姿。
 とにかく可愛い。子熊の可愛らしさときたら、それはもう天下一品である。
 森を歩いている私の姿を見かけたりすると、子熊たちは、近くにある木にするする登る。木登りというのは、自己防衛の方法でもあるのだろう。
 そして、三年ほど前の六月のある朝、
「くまぁあああ! 二頭いるー二頭きたーくまぁあああ!」
 ふたたびの大絶叫である(ちなみに、夫からは、鹿、りす、うさぎ、七面鳥、ふくろう、鴨に関しては特に叫ぶ必要はないが、熊のときだけは呼んでくれと要請されている)。
 叫びながら私は階段をバタバタと駆けおりていって、一階のリビングルームの窓辺に張りついた。そのときは、二階からよりも、一階からの方がよく見えるだろうと思った。
 夫もすでに私のそばに立っている。
 横綱級ではないものの、わりと大きめのくまさんと、彼よりも少しだけ小さめの「お嬢さん」みたいなくまさん。
 大人のくまさんが二頭そろって姿を現したのは、初めての出来事だった。
「何してるんだろうね?」
「遊んでるんじゃない?」
 なんとなく、二頭でじゃれ合っているように見える。
「きょうだいかなぁ」
 ずっと前に池で水浴びをしていた、二頭の子熊が大きくなったのかなと思った。
「あ! 喧嘩だ。噛みついてる! 大変だ。喧嘩してる!」

取っ組み合い.JPG
(3)愛を囁いているところ?


 確かに二頭は組んず解れつの状態になり、相手の喉の当たりに噛みついたりして、喧嘩をしているようにも見える。声までは聞こえないけれど、むき出しになっている牙が見え隠れしている。おとなしいとはいえ、熊は熊である。本気で喧嘩をすれば、どちらかが怪我をするに違いない。
 はらはらしながら観察していると、二頭はやがてパッと離れた。
 離れてから、なんとはなしに楽しそうな、弾んだ足取りで、駆けっこみたいなことをしている。
「ああ、良かった」
「なぁんだ、やっぱり遊んでるんじゃないか。心配させるなよ」
 今度はいっしょに、草を食べ始めた。ふたり揃って、草を手でむしっては、もぐもぐむしゃむしゃ食べている。まるで「ここは森のレストラン」である。
 私たちは笑顔になっている。微笑ましい。実に微笑ましい、心和む風景である。
 食事のあとは、またお散歩。仲睦まじく寄り添って、少し離れた草むらまでトットットッと走っていく。
 それからふたたび「あ、喧嘩!」と言いたくなるような取っ組み合い。片方が片方に飛びかかったり、わざとドテッと転んだりしながら、もつれ合っている。
 もつれ合ったあとは、パッと離れてお食事。お食事のあとは、お散歩。お散歩の途中で、もつれ合い。
 延々とくり返しながら、我が家のまわりの庭をゆるゆると移動し、いつのまにか森の奥へ姿を消していた。
「いやー、感動したなぁ」
「うん、いいものを見せてもらったねぇ」
 私たちは大満足している。
 見応えのある映画を一本、見終えたような気分だ。
 名づけて「黒くまさんの夏の恋」だろうか。

一緒に食事.JPG
(4)裏庭に移動してお食事中。


 あの二頭は、恋人同士だったのだ。あの二頭は、愛を語り合っていた。けれどもあの二頭はひと夏だけの、一日だけの恋人であり、次の年には、母熊はひとりで子熊を産んで、ひとりで育て上げる。子熊は次の年には母熊と別れて、ひとりで生きていく。
 森には、なんと多くの物語が秘められているのだろう。そうしてそれは、なんと美しく、なんとたくましく、シンプルで力強いお話なんだろう。
 森が語ってくれるお話を、私は子どもたちに「ねえ、聞いて聞いて」と教えてあげたくなって、きょうも童話を書いている。

写真:グレン・サリバン

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小手鞠るい(こでまり・るい)

1956年岡山県生まれ。同志社大学法学部卒。
1992年よりアメリカに移住。1993年、「おとぎ話」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。2005年、『欲しいのは、あなただけ』で島清恋愛文学賞を受賞。2006年刊行の『エンキョリレンアイ』がベストセラーとなる。近年は、『アップルソング』『星ちりばめたる旗』『炎の来歴』など、戦争や日米関係を題材にした重層的な作品を執筆している。