花よりあなた

2019/04/19
──つぼみがだんだん膨らんできました。
──七分咲きになっています。
──今週末あたりに満開になりそうです。
──お花見に行ってきました!
──散り始めましたが、葉桜も美しいですね。
 日本から届くメールの中に、桜だよりを見かけるようになっているというのに、ウッドストックの森にはまだしぶとく、冬が居座っている。何日か、春らしいあたたかな日がつづいても、突然がくんと、冬に逆もどりしてしまったかのような冷え込みに襲われる。
 三寒四温とはこのことか、と思いながら、仕事部屋の窓から外に目を向けると、レッドメイプルの木の枝という枝に、今にも発火しそうなほど赤い新芽がついていて「今か今か」と出番を待っている。遠くの山々の雪もなんとか解けて、全体的には茶色か灰色に見えていた山々は、四月の半ばを過ぎた今、ほのかに赤い霞に包まれているように見える。赤い霞は、新芽の創り出したものなんだなとわかる。
 そんな健気な新芽たちが、氷雨が降ったあとに凍りついて、かりんとうみたいな樹氷に変身している朝もあるし、本格的な春が来たと思って油断していたら、午後から急に吹雪になったりすることもある。
 それでもある日、冬は行ってしまう。けれども、行ってしまったあとで必ず、忘れ物を取りに舞いもどってくることも忘れていない。春の陽射しに包まれて、はらはらと名残り雪の舞う日には「ああ、取りに来たな」と、私は思う。同時に「これでやっと、さようならだね」とつぶやく。
 さあ、それからが大変!
 何が大変かって、それはもう、爆発的というか、圧倒的というか、怒濤のような勢いで、春がそこら中で噴火を始めるのである。
 れんぎょうが咲き、水仙が咲き、たんぽぽが咲く。
 まずは黄色だ。黄色がほかの色を連れてくる。地上ではチューリップ、すみれ、クロッカス、桜草、そのほか、名前のわからない無数の野の花がつぎつぎに咲き、木々は競って新芽をふくらませ、弾けさせる。飛び出してくる新緑の色は、緑だけではない。黄緑、黄色、オレンジ色、ベージュ、うす紅色、うす茶色などに染まった山々は、それはそれは見事な「春紅葉」を見せてくれる。
 春紅葉によく映えるのが、白い花を咲かせる木々。そのほか、梅、山桜、クラブアップル、あんず、豆梨、花水木、もくれん、ライラックなどなどなど、もういちいち名前を確認している暇がないほど、山の樹も、野原の木も、家々の庭木も、こぞって花を咲かせる。見て見て、すごいでしょ? と言わんばかりに。確かにすごい。
 日本だと、三月から五月にかけて順に咲く花たちが、ここでは、四月の終わりにいっぺんに咲く、と思っていただけたら、私の言う「爆発」も「噴火」もすんなり理解していただけることと思う。

セントラルパーク(鳥の巣にもご注目を).JPG
(1)セントラルパークの桜(小鳥の巣にご注目を)

──桜が咲き始めました。
──来週、お花見に行く予定です。
 四月の終わり頃、私もメールの冒頭にそう書く。うれしくてたまらない。そわそわして、仕事が手につかなくなる。
「小手鞠さん、冬のあいだはいつも原稿が早く届くけど、このごろぐっと、ペースが落ちましたね」
 なんて言われてしまうのも、春の恒例現象である。
 だって、これだけ長いあいだ、待ったのだ。待たされたのだ。のんびり仕事なんて、している場合じゃない。家から外に飛び出していって、春を全身全霊で味わいたい。春を謳歌したい。花を愛でたい。桜の木の下で、桜吹雪にまみれたい。
 アメリカにもちゃんと、桜の木は生えている。いろんな種類がある。染井吉野もあれば、八重桜もあるし、しだれ桜もある。そして、日本の桜と同じように、美しく儚げな花を咲かせてくれる。桜吹雪の美しさも圧巻だ。
 しかし、お花見のスタイルには、日米間で大きな違いがある。どんな違いかというと、それは「アメリカ人はお花見をしない」のである。これでは、スタイルの違いとは言えないか。する・しない、の違いなのだから。それはまあいいとして、私はアメリカ在住の日本人だから、お花見をしたい。日本暮らしの長かった夫も日本贔屓なので、お花見をしたい。
 というわけで、アメリカでは非常に珍しい、誰もしない「お花見」というものを、私たちはいつも夫婦そろって、決行するのである。
「そろそろ、FDRの桜も咲く頃かな。行ってみるか?」
「うん、行こう行こう」
 FDRというのは、フランクリン・ルーズベルト大統領の生家のある、記念公園みたいなところで、広大な庭にまとまった数の桜の木が植えられている。皮肉なことに、この大統領は日本嫌いで知られており、太平洋戦争中、日本をこてんぱんにやっつけた人だけれども、過去はさておき。
 お花見にはお弁当がつきものだが、残念ながら持っていかない。木の下でお弁当を食べていたら、公園のスタッフから失笑を買うのが落ちだろう。

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(2)FDRの桜

 そういえば、いつだったか、ワシントンD.C.在住の日本人の友人から、こんな話を聞いたことがある。
 ワシントンD.C.にあるポトマック公園には、日米友好の象徴として、かつて東京から贈られたという二千本もの桜の木が植えられている。毎年、満開の頃に催される「全米桜祭り」というイベントには、なんと世界中から、百五十万人もの人たちが集まってくるという。パレード、打ち上げ花火、凧揚げ大会、日本の伝統音楽の演奏などもおこなわれるそうだ。花火と日本の伝統音楽はいいとしても、凧揚げ大会は「センスが違うのでは」と思うのは、私だけだろうか。
 彼女はこのお祭りの期間中「ボランティアをするの」という。
「どんなボランティアなの?」
 尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「桜の木の下に集まって、宴会をしている日本人たちにビラを配りながら、注意をうながす仕事なの。ビラには『アメリカでは、屋外の飲酒は禁止されています』と書かれているの。ほら、日本人はみんな、木の下でお酒を飲むでしょ。あれは違法行為だからね」
 意外と知られていないことだが、アメリカ人はお酒の飲み方にけっこう厳しい。酔っ払うことは、恥ずかしいこととされている。飲みに行って、そこで仕事の話をまとめるなんてことも、ありえない。仕事と酒をからめるなど、もってのほか、というわけである。

「わー、咲いてる、咲いてる、満開だよー」
「おお、いい日に来たなぁ」
「去年は、かわいそうだったものね」
 前の年に訪ねたときには、やっと咲きそろった花が遅霜にやられてしまって、無残な姿をさらしていた。
 今年は、申し分ないお花見日和。空はまっ青で、空気はふんわり、光はキラキラ。おまけにそよ風まで吹いている。
 桜の木の下に生えている芝生の上にしゃがんで、私たちは桜を愛でる。見上げると、まるで青空の中から、白い花びらが降ってくるようである。
「いいなぁ、きれいだなぁ。桜って、どこからどう見ても素敵、美人の木、木の女王」
「僕がここでハラキリをすると、絵になるかなぁ」
「馬鹿だね、日本映画の見過ぎだよ」
 そばを通り過ぎていく人たちが怪訝そうな顔をして、私たちを見ている。何をやっているんだ、こいつらは。顔にそう書いてある。
 アメリカ人は決して、桜の木の下に座ったりしない。ただ、通りすがりにちらっと桜を見て「ああ、咲いたな」くらいのことしか思わない。アメリカ人にとって桜の木は別段、特別な木ではないのだ。
 私はさっきからFDRの桜に見とれている。
「あれ? どうしたの? 急に黙ってしまって。やっぱり日本が恋しいんでしょ? 帰りたくなった? 当たり?」
 それは私があなたに言いたい台詞だよ、なんて思いながら、私は答える。
「はずれ」
 自分自身の意志で選択した「アメリカ移住」を、私は一度も後悔したことがない。日本へ帰りたい(=帰って住みたい)と思ったことも、一度もない。
 けれども、実はそのとき、日本のことを思っていた。正確に言うと、京都のことを。京都の桜のことを、私は思い出していた。
 鴨川の土手に沿って咲き揃っていた、ピンクのしだれ桜。山科疏水の桜、円山公園の桜、平安神宮の桜。左京区で借りていたアパートの近くにあった公園の桜、下鴨神社の桜、出町柳の桜、哲学の道の桜、思い出の桜......

京都の桜(背景に大文字).JPG
(3)京都の桜

 十八歳から二十八歳までの多感な時期を、私は京都で過ごした。京都の桜はそのまんま、私の青春時代の桜なのである。日本へ帰りたいとは思わないが、京都のことを思うと、初恋の人を想うような、甘ずっぱいような、ほろにがいような郷愁を覚える。片思いの恋にも似ている。実のところ、京都は私に対して、それほどあたたかい町だったとは言えなくて、むしろ、つらい目、悲しい目に遭わされることが多かった。それでも私はいまだに、京都に焦がれている。
「あのね、京都の桜を思い出していたの」
 私は正直に言ってみる。だけどあの頃の私は、桜そのものをじっくり見て、真剣に花を愛でていたわけではなかったな、と思いながら。あの頃の私が見つめていたのは、桜ではなくて、桜の並木道をいっしょに歩いていた、私の隣にいた「あの人」だったな、と。
 京都時代の私には、花よりも夢中になっているものがあった。ほとんど溺れていたと言っていいだろう。年がら年中、忙しく、咲いたり散ったりをくり返していた。桜のように美しくはなかった。枝が折れ、傷つくことの方が多かった。それでもあきらめ切れず、咲こうとしていた。花よりも恋、だった。花よりもあなた、だった。その最後の「あなた」がこの人だったな、と、アメリカの桜の木の下で、ひそかに私はそう思っている。

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(4)京都・哲学の道の桜


写真:グレン・サリバン

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小手鞠るい(こでまり・るい)

1956年岡山県生まれ。同志社大学法学部卒。
1992年よりアメリカに移住。1993年、「おとぎ話」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。2005年、『欲しいのは、あなただけ』で島清恋愛文学賞を受賞。2006年刊行の『エンキョリレンアイ』がベストセラーとなる。近年は、『アップルソング』『星ちりばめたる旗』『炎の来歴』など、戦争や日米関係を題材にした重層的な作品を執筆している。