猫をめぐる冒険

2019/03/05
「来年は外国へ脱出! の年だな。さて、どこへ行こう?」
「コロンビア? メキシコ?」
「んー、僕のスペイン語、あんまり上達していないし、できれば英語圏が......」
 二〇一七年の十二月。
 冬が始まったばかりのある日の夫婦の会話である。
「そうだ、ギリシャなんてどうかしら。まっ青な空に、キラキラ輝くまっ青な海。エーゲ海に浮かぶ小さな島。そこには白い教会と白い建物があって......ああ、素敵素敵」
「ギリシャって、英語圏だったっけ?」
「イタリアやフランスよりは、英語が通じたって記憶があるよ」
「そうだったっけ」
「行こうよ、ギリシャへ。あの、青と白の世界へもう一度!」
 我が家の窓の外には、青と白の世界が広がっている。ただしウッドストックの場合、「白」とはぶあつい雪なのである。
 かつて日本で暮らしていた頃──私は三十代、彼は二十代──ギリシャへ旅をしたことがあった。正確に書くと、トルコとギリシャへ一ヶ月ほど、バックパックを背負って安宿から安宿へと泊まり歩いた、正真正銘の貧乏旅行。バックパックの中には『地球の歩き方』と村上春樹の『遠い太鼓』が入っていた。
 成田から格安チケットでイスタンブールまで飛んで、そこからアテネへ。
 アテネで観光したあと、ミコノス島へ。
 この島でバイクを借りて長逗留したのち、ロードス島へ。
 そこから小船でトルコへ渡り、おんぼろ&ぎゅうぎゅう詰めのバスに乗って、トルコ各地を巡り、最後にイスタンブールにもどってきた。
 貧乏旅行ではあったけれど、私たちは若く、好奇心と冒険心にあふれていた。
 貧乏というのは人を強くさせるもので、今の私はどこへ旅をしても、清潔なシーツとふかふかの枕と柔らかい毛布がないと眠れなくなっているが、三十年前は、硬い寝台、いつ取り替えたのかわからないようなシーツ、ぺっちゃんこの枕、ヒッピー客の汗で湿っているような毛布でも、ぐっすり眠れたのである。若かったあの頃、本当に何も怖くなかった(「神田川」ですね)。
「ねえ、楽しかったよね、ギリシャ。どこへ行っても、猫がいっぱいいたよね」
 特にミコノス島は猫だらけだった。
 まるで猫の島に人が住ませてもらっているかのようだった。
「猫か......」
 夫は遠い目になっている。見つめているのは、過去の旅の思い出か。それとも?
「よし行こう、ギリシャに決まりだ」
 猫である。夫は無類の猫好きである。殺し文句は「猫」なのである。

 かくして私たちは、二〇一八年の三月十四日から三十一日まで、ギリシャのペロポネソス半島へ避寒の旅に繰り出した。
 酷寒のニューアーク空港からアテネへひとっ飛び。空港ホテルで一泊したあと、バスに一時間あまり揺られて、港町ナフプリオへ。

ナフプリオの街並み.jpg

 港町だから当然、町は海のすぐそばにある。青い青いギリシャの海である。
「うわー、海だ、海だ。海海海ー」
 両腕を真上にあげて、くるくる回りたくなる。
 雪よさらば、海よこんにちは。
 海岸沿いにずらりと並んでいるのは、海の幸を食べさせるレストラン。ウェイターが氷の上に載せてテーブルまで見せに来るのは、その日の朝、漁師が獲ってきたばかりの魚、魚、魚。
 貸別荘にチェックインすると、荷を解くのもあとまわしにして、私たちは外へ飛び出した。潮風に吹かれながら、まずは海辺の遊歩道をそぞろ歩く。
 さて、どこから、どんな風に、現れてくれるのか。
 思うまもなく、現れる。
「あっ、あそこに!」
「ここにも!」
「こっちにも!」
「そこにも!」
「猫だ、猫だ、猫猫猫ー」
 今度は夫が叫ぶ番である。

玄関の番猫.jpg

 ナフプリオも、その次に訪ねた山あいの村カルダミリも、遺跡にも、教会にも、修道院にも、市場にも、レストランにも、朝も昼も夜も、猫が私たちの期待を裏切ることはなく、猫が私たちの視界を横切らない日はなかった。どこへ行っても、猫がいる。どこにいても、猫に会える。やっぱりギリシャは「猫社会」であり「猫天国」なんだなと思った。
 家で飼われている猫もいれば、町で自由に暮らしている猫もいる。観察していると、町の人たちが実にこまめに、外猫たちに餌を与えているということがわかった。
 世界遺産にもなっているミストラスの中世城塞都市遺跡では、スタッフたちが、生まれたばかりの子猫を段ボール箱の中に入れて、母猫と共に手厚く保護していた。浜辺では漁師たちが惜しげもなく、余った魚を投げ与えていたし、レストランにはレストランごとに決まった猫たちが陣取っていた。つまり町全体で、町の人たちみんなが猫を大切にしているように、私の目には映った。
 猫と人の幸福な共存。猫が幸せに暮らしている世界なら、人も幸せに暮らしていけるはずだ。私はそう思う。

赤ちゃんが生まれました.jpg

「ほら、見て、あの子。耳が欠けてる」
「うん、あれはきっと、このあたりのボス猫だな」
 未去勢のおす猫はテリトリーを守るために、ほかのおす猫としょっちゅう喧嘩をする。きっとその喧嘩で、耳を噛み切られてしまったのだろう。それでも彼は幸せそうに見えた。しっぽをピンと立てて、街を闊歩し、陽だまりで毛づくろいをして、悠然と昼寝をしている。まさに猫界のゴッドファーザー。
 この耳なし猫に、
「ホーちゃん」
 と私たちは名づけて、友だちになった。今度、喧嘩に行くときには、耳にお経を書いてあげるからね。

 かれこれ十三年ほど前に、可愛がっていた猫に先立たれて以来、私たちは猫なし生活に甘んじている。これまでに幾度、ふたたび猫を飼おうかと思ったか知れない。そのたびに思いとどまってきたのは、ひとたび猫を家族に迎え入れたら、今みたいな気ままな旅には出かけられなくなるから。
 それもあるけれど、私たちにとっては彼(おす猫でした)が、唯一無二の猫だったのだと思う。あの世とこの世に分かれても、あの子が「うちの猫」であり、「家族」であることに、変わりはない。
 そんな私たちに、ギリシャの神様は素晴らしいご褒美を与えてくれた。
 旅の最後に滞在したギシオという海辺の町の貸別荘で、オーナーから鍵を受け取ったとき、こんな質問が飛んできた。
「ところで、あなたたち、猫はお好き?」
 リビングルームのガラス窓の向こうにはエーゲ海がどかーんと広がっていて、昇る朝日と沈む夕日の両方が見える、なんともゴージャズなこの家は彼女の自宅で、私たちのようなお客が来たときだけ別荘として貸し、彼女は離れに引っ込んでいる。つまりこの貸別荘は、彼女の「猫の家」でもある、というわけである。
「お嫌いなら、離れからここには入らせないようにしますが」
「大好きです!」
 ふたり声を合わせて叫んでいた。
 猫の名前は「みゃあちゃん」だという。ギリシャ語でも日本語でも、猫は「みゃあ」と鳴くんだな、と妙なところで感心する。

みゃあちゃん1.jpg

「ああ、よかった」
 破顔一笑したあと、オーナーはさらに、こんなことを言うではないか。
「私はあしたから、しあさってまで、商用があってアテネに行くので、家を留守にします。その間、みゃあちゃんのお世話をお願いしてもいいかしら?」
 いいに決まってます!
 こんなことなら、ギシオ滞在をもっと長くしておけばよかったと後悔した。
 ギシオで過ごした三泊四日。私たちは観光もそっちのけにして、十三年ぶりに「猫のいる家」で「猫がそばにいてくれる時間」を過ごした。それはあまりにも幸福な、あまりにも甘くてせつない、猫を巡る旅の最高かつ最後の記憶となった。

写真:グレン・サリバン

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小手鞠るい(こでまり・るい)

1956年岡山県生まれ。同志社大学法学部卒。
1992年よりアメリカに移住。1993年、「おとぎ話」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。2005年、『欲しいのは、あなただけ』で島清恋愛文学賞を受賞。2006年刊行の『エンキョリレンアイ』がベストセラーとなる。近年は、『アップルソング』『星ちりばめたる旗』『炎の来歴』など、戦争や日米関係を題材にした重層的な作品を執筆している。