白い世界の「色」

2019/01/07
 きょうも白、きのうもおとといも白、あしたもあさっても、白だろう。
 朝から晩まで白、寝ても覚めても白。
 雪景色は、文句なく美しい。
 白い世界だ。雲ひとつない快晴の日など、まっ青な空とのコントラストがなんとも言えず美しい。
 けれども悲しいかな、美味しい料理を毎日、朝から晩まで食べつづけていたら、誰だって食傷気味になってくる。
 あーあ、きょうもまた雪か。
 美しい白銀の世界か。
 無性に「色」が恋しくなる。
 赤、黄色、オレンジ色、紫、青、水色、紺色、ピンク、朱色、だいだい色、クリーム色。とにかく、華やかな色のついたものを見たり、まわりに置いたりしたくなる。
 普段は絶対に買わない、ひと束二十九ドル九十九セントの薔薇の花束を、スーパーマーケットで思わず買い求めてしまうのもこの季節である。

花屋さん.jpg

 季節外れのせいか、つぼみのまま枯れてしまった薔薇を見つめながら、夫婦で旅の相談をする。
「さて、今年はどこへ行こうか」
「あったかいところがいいね。色とりどりの花がぱあっと咲いているところ。色とりどりのフルーツがたわわに実っていて、椰子の木が生えていて、あざやかな羽の小鳥が飛んでいて、裸足で砂浜を散歩して、途中で波打ち際にあるバーに立ち寄って、潮風に吹かれながら、きれいな色のカクテルを飲んで、それから海に沈んでいくまっ赤な夕日を眺めて......」
 そんなわけで、私たちはひと頃、ほぼ毎年のように、冬には中南米へ旅していた。
 メキシコ、コスタリカ、ニカラグア、グアテマラ、ドミニカ国、ペルーなど。
 有り難いことに、ニューヨークから中南米へは短時間のフライトで行けるし、真冬に行けば、向こうは夏である。こんなお得な旅行はない。
 旅行鞄に水着と半袖のTシャツを詰め込んで、いざ出発。

海辺のカフェ.jpg

 青い海、うっそうと茂る熱帯雨林、色とりどりの熱帯植物、原色の花々、珍しいフルーツ、珍しい生物、珍しい小鳥。夜は波とヤモリの子守唄を聴きながら眠り、朝は吠え猿と野鳥の声に起こされる。
 さあ、裸足で砂浜を歩いて、朝ごはんを食べに出かけよう。
「あーあ、まだもどりたくないな」
「春までここにいたいね」
「いや、いっそ一生、ここで暮らしたい」
 冬と雪の世界へ逆もどりする飛行機を待ちながら、空港で未練がましくそうつぶやくのが常だった。

 あれは、いつの年だったか。
 かれこれ十数年くらい前のことだったと思う。
 国の名前はもちろん覚えているけれど、偏見を抱いていただきたくないので、あえて書かない。中南米のある国で起こった出来事である。
 旅も終わりに近づいたその日、私たちはおんぼろバスに揺られて、ナマケモノの保護施設を訪ねた。ふたりとも大の動物好きなので、前々から楽しみにしていた遠足だった。滞在していた海辺の村から、施設のある村までは、バスで一時間ほど。
 施設が遠目に見えてきたとき、突然、バスが急ブレーキをかけて停止した。
 何ごとかと思っていると、
「申し訳ないが、全員ここで降りて、当局の検査を受けてから、乗り直してくれ」
 というようなことを、運転手は言った。
 スペイン語で告げられた指示を、近くにいた英語のできる人が私たちに教えてくれたのだった。
 彼の話によると、これはしょっちゅうあることで、密入国、密輸出入、麻薬売買、拳銃の不法所持などの摘発のための検査ということだった。
 ならば、私たちにはなんの関係もない。どうせすぐにもどってこられるさ。高をくくってバスを降り、長い行列に並んだ。
 ところがどっこい、そうは問屋が卸さなかった。
 私たちの顔をじろりと見てから、検査官は言った。
「パスポルト」
 私の耳には、そんな風に聞こえた。
 パスポートを出さなきゃ、と、思うと同時に、耳の付け根のあたりがかぁっと熱くなった。バッグの中から自分のパスポートを出しながら、私は隣に立っている夫の方をうかがった。案の定、夫の顔は青ざめている。それはそうだろう。夫のパスポートと免許証は、貸し別荘のセイフティボックスの中に入ったままなのである。
 私はかねてからセイフティボックスというものを信頼していないので、旅行先では身分証明書を常に携帯するようにしている。が、夫は「ガイドブックには、セイフティボックスに入れておけと書いてある。持参するのは危険だ。盗まれたら帰国できなくなる」と主張し、私にもそうするようにすすめたが、私は従わず、持参していたわけである。
 ほら、だから言ったでしょ。私の方が正しかったでしょ。
 と、鬼の首を取っている場合ではない。
 私たちの目の前で、なんらかの嫌疑をかけられたと思しき人が、少し離れたところにある山小屋みたいな掘っ建て小屋に向かって、引っ立てられていく。両脇を固めているのは、軍服姿の警官たち。彼らはひとり残らずライフル銃を持っている。
「よし、あんたはバスにもどってよろしい」
 検査官は、私のパスポートを入念にチェックしたあと、笑顔でそう言った。まわりに立っていた人たちに「ハポネ、ハポネ」とささやいていたような気もした。まわりの人たちも私の顔を見て、みんな笑顔になった。「日本って、いい国だよね」と言われたような気もした。それから、ふたたび険しい目つきになって、検査官は夫を見上げた。
「パスポルト」
 夫はなめらかな英語で「パスポートは持参していません。別荘のセイフティボックスに収めてあります」と説明した。
 だが、検査官にはそのアメリカ人英語が通じない。
「パスポルト」
 何度、説明しても冷たく「パスポルト」である。埒があかない。
 たまりかねたのか、別の検査官が言った。
「パスポルト、コピア」
 そうか、コピーでもいいから出せ、と言っているのだなとわかった。しかし、夫はコピーも持っていない。
 パスポート不携帯というのは、もしかしたらこの国では、犯罪扱いになるのだろうか。夫は背中から銃を突きつけられて、あの山小屋みたいな建物に連れていかれるのか。もしもそうなったら、どうなるのだろう。もしもアメリカに帰国できなくなったら。
 頭の中がまっ白になった。
 気がついたら私は、検査官の前に立っていた。
 そして、しゃべり始めていた。
「この人は、私の夫なのです。彼はアメリカ人です。私たちは結婚していて、私は彼の妻です。だから、グリーンカードも持っています。ほら、この通り。これが私のニューヨーク州の免許証です。ここに書いてある住所は、私たちの住んでいる家なんです。私は小説家で、夫は不動産関係の会社の経営者です。私たちは決して怪しい者じゃありません。善良なアメリカ人と日本人の夫婦です。あなたたちの国が大好きで、動物が大好きなので、これからナマケモノの保護施設へ行くところなんです。夫は身分証明証類をすべて貸し別荘のセイフティボックスに入れています。コピーは持っていません。そのことについては、彼の過ちです。心から謝ります。あ、そうだ、今、滞在中の別荘の持ち主は、地元の人です。これがその人の電話番号です。よかったら電話なさってみて下さい」

貸し別荘.jpg

 拙い英語で、しかし丁寧に、私はまくし立てた。
 中学、高校、大学で英語を勉強してきたのは、きょう、この日、このときのためだったに違いない。それくらい必死でしゃべった。どこにこんな英語力と、こんな度胸があったのか、自分でも自分に驚きながら。
 検査官に、私のしゃべった英語の意味が、すべてわかっていたかどうか、それはわからない。けれどもおそらく、夫を思う妻の懸命な気持ちだけは、伝わったのではないだろうか。
「わかった。以後、気をつけてくれ」
 こうして、夫のパスポート不携帯は不問に付され、バスにもどることが許された。私たちはナマケモノにも会うことができ、雪の世界へも無事、生還することができた。

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保護されたナマケモノ。ぶら下がっていた木から落ちてしまったナマケモノの赤ちゃんを拾い、施設内で育てたあと、木に返している


 きょうもまた、雪が降っている。
 白い世界に、灰色の空から、白い雪が落ちてくる。
 このごろの私たちには、白い世界に存在する、さまざまな色が見えている。
 雪の帽子をかぶっている西洋柊の赤い実。雪原を元気に飛び回る赤い羽のカーディナル。枝という枝の先にくっついている新芽の赤いつぶつぶ。
 早朝のダイヤモンドダスト。夕暮れ時のブルーの雪原。茶色のかりんとうみたいな樹氷。
 雪は白一色ではない。一色に見えるのは、心の目が曇っているせいなのだ。
「ねえ、こうして見ると、雪の白っていいものだね」
「そうだね」
「帰ってこられてよかったね」
「そうだね」
「向こうで刑務所に入れられなくてよかったね」
「そうだね」
「誰のおかげで助かったか、わかっているの?」
「そうだね」
 夫は雪景色を見ながら、何か別のことを考えているようである。
 同じ世界を見ていても、人はそれぞれに違った世界を見ているのかもしれない。あるいは、人の見ている風景とは、その人の心模様の反映であるということなのか。

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写真:グレン・サリバン

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小手鞠るい(こでまり・るい)

1956年岡山県生まれ。同志社大学法学部卒。
1992年よりアメリカに移住。1993年、「おとぎ話」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。2005年、『欲しいのは、あなただけ』で島清恋愛文学賞を受賞。2006年刊行の『エンキョリレンアイ』がベストセラーとなる。近年は、『アップルソング』『星ちりばめたる旗』『炎の来歴』など、戦争や日米関係を題材にした重層的な作品を執筆している。