アップルソング

2018/11/05
 春から秋の終わりまで、果物や野菜はスーパーマーケットではなくて、ファーマーズマーケットで買う。「ファームスタンド」という名称もよく見かける。いわゆる「農産物直売所」である。
 広大な野菜畑や果樹園のそばに、ぽつんと粗末な掘っ建て小屋──幽霊屋敷に見えることも──があって、その中には、畑で穫れたばかりの野菜や果物が所狭しと並んでいる。手づくりのパンやジャムやお菓子なども置かれている。新鮮な卵やミルクや蜂蜜やメイプルシロップも。運が良ければ揚げたてのドーナツなども。なぜか、石鹸やろうそくも。
 家の近所の大通りの道路脇に二軒、私の行きつけの店がある。
 近隣の町や村にも点在しているので、遠出をしたときには必ず、その町や村のスタンドに立ち寄ることにしている。
 摘みたてのブルーベリーやラズベリーやブラックベリーに始まって、いちごの季節、さくらんぼの季節、ぶどうの季節、桃の季節がやってくる(もちろん、野菜の季節も入るのですが、長くなるので、ここでは省略)。

ファームスタンド.jpg

 ああ、春だな、夏だな、夏もまっさかりだな、などと思っているうちに、ある日、店頭にも店内にもこの果物があふれ返る。
 ああ、今年もりんごの季節がやってきた。
 山羊一頭が軽く収まりそうな木箱の中に、りんごがごろごろ、というよりも、どっかーんと詰まっている。ハニークリスプ、ガラ、ゴールデンデリシャス、レッドデリシャス、マッキントッシュ、ジョナゴールド......そして、日本から入ってきたと思われるムツやフジもある。
 種類別に分かれている木箱から、お客は好きなものを好きなだけ、備え付けの紙袋に詰め込んでいく。量り売りで、値段は一律。どっさり買って帰る。おやつ代わりにかじるだけではなくて、サラダに入れたり、アップルパイをつくったり、ジュースにして飲んだりする。そういえば、ファームスタンドで売られている揚げたてのドーナツの生地は、水じゃなくてアップルサイダーで練られているのだった。
 りんごの木を庭に植えている友人や知人もいて、この季節になると、りんごを煮てつくったアップルソースや自家製のアップルタルトをいただいたりすることもある。
 色といい、丸みといい、重みといい、香りといい、味といい、りんごというのはなんて愛らしい果物なのだろうと、見慣れているはずのりんごを手にして、私は毎年、感動する。春先に、枝という枝に可憐な白い花を咲かせていた、あのりんごの花が一輪、一輪、この実になったんだなと思うと、なんだかそれだけで「よくやったね」と、りんごの木を褒めてあげたくなる。

りんごの花と青空.jpg

 ニューヨーク州は、りんごの産地である。
 ウッドストックに引っ越してくる前に二年ほど暮らしていた、コーネル大学のある町イサカにも、至るところにりんご畑があった。収穫期には「アップルフェスティバル」という催し物まであった。
 それまで私は、りんごと言えば「青森県」と思い込んでいて、日本からアメリカに渡った果物なんだろうと思っていた。まさか、青森県のりんごは、元を正せばアメリカ生まれ、アメリカ育ちだったなんて、思ってもいなかった。
 調べてみたところ、江戸時代末期にペリーの黒船が姿を現して人々をびっくり仰天させてから七年後、日米修好通商条約批准の特使として渡米した新見豊前守正興(しんみぶぜんのかみまさおき)というお侍さんが、アメリカからりんごの苗木を日本へ持ち帰ったのが、日本におけるりんご栽培史の始まりのようである。
 実はその前にも、日本にりんごはあった。英語では「クラブアップル」と呼ばれている小粒のりんごで、味が渋くて酸味も強すぎるため、食用というよりも観賞用の果物だったようだ。
 野生のクラブアップルの木は、散歩の途中でよく見かける。
 梅と見間違えそうな小さな青い実をつけて、小鳥たちに喜ばれている。何を隠そう、私も道ばたに落ちているのを拾って、食べてみたことがあるのだけれど、いただけなかった。一口かじって吐き出した。
 クラブアップルをアメリカに持ち込んだのは、十七世紀にメイフラワー号に乗ってやってきたヨーロッパからの移民である。開拓者たちは、安全な飲み水の不足を補うために、庭にクラブアップルの木を植えた。やがてこの木が改良され、現在の私たちが食べている大型のりんごになり、その苗木を幕末の幕臣が日本に持ち帰ったというわけである。
 知ったようなことを書いているが、これらはすべて一冊の本を読んで知ったことだ。
『奇跡のリンゴ──「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録』(幻冬舎)という作品で、第一刷の発行は二〇〇八年。著者は石川拓治氏。
 この本の中で、私はいまだに忘れられない言葉に出会っている。

 ──リンゴの花はなんと綺麗なものだと思った。桜に似ているけど、リンゴの花は上を向いて咲くのな。桜の花は下を向いて、花見をする人の方を見て咲くでしょう。リンゴは人間を気にもしてないの、上を向いて咲くんだよ。

 サブタイトルにも名前が出ている木村秋則さんの言葉。
 苦労に苦労を重ねて育て上げたりんごの木が、九年ぶりに花を咲かせてくれて、その花のもとでお花見をしていたときの気持ちを、石川さんに語った言葉の一部である。
 桜はうつむいて咲くけれど、りんごは空を見上げて咲く。

空を見上げて咲く.jpg

 この言葉に出会ったとき、まるで閃光のように、私の内面できらめいたものがあった。一編の長編小説の誕生の予感である。それまではどこかぼんやりとした存在でしかなかった物語が、雲間からくっきりとした輪郭を現してきた、そんな気がした。
 敗戦直前、空襲の瓦礫の中から救い出された赤ん坊が成長し、少女時代にアメリカに渡って戦争報道写真家になる。幼かった主人公が耳にしていたのは、戦後の日本で大ヒットしていた「リンゴの唄」。渡米後、カメラを買うために季節労働者として、身を粉にして働くのはニューヨーク州のりんご園。彼女が終生、住みつづけるのは「ビッグアップル」という愛称を持つニューヨークシティ。
 小説のタイトルは『アップルソング』──。

りんごの実.jpg

 ここまで決めてから書き始めたわけだが、小説というのは、作者の想像も及ばないような、摩訶不思議な力を持っているものである。
 いや、これは、りんごの持っている力だったのかもしれない。
 主人公が渡米するために乗船していた氷川丸の中にも、写真家として独り立ちをするきっかけとなった浅間山荘事件の中にも、一個のりんごが登場するのである。フィクションではなくて、事実として。
 資料をひもときながら、りんごが出てくるたびに、私は「おおっ」と感心した。そのたびに木村さんの言葉を思い出していた。
 りんごは空を見上げて咲く。
 私もかくありたいと思ったし、今もそう思っている。
 十代の主人公が男の子の服装をして──当時、女の子は雇ってもらえなかったので──男の子たちに交じって、ニューヨーク州北部にあるりんご園へ向かうトラックの中で、カーラジオから流れてくるのは、坂本九さんの「上を向いて歩こう」。この場面は私の創作である。この曲が「スキヤキソング」として、当時のアメリカでヒットしていたのは事実だけれど。
「上を向いて歩こう」は主人公の、私の、そして私からあなたに贈る人生の応援歌「アップルソング」なのである。

写真:グレン・サリバン

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小手鞠るい(こでまり・るい)

1956年岡山県生まれ。同志社大学法学部卒。
1992年よりアメリカに移住。1993年、「おとぎ話」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。2005年、『欲しいのは、あなただけ』で島清恋愛文学賞を受賞。2006年刊行の『エンキョリレンアイ』がベストセラーとなる。近年は、『アップルソング』『星ちりばめたる旗』『炎の来歴』など、戦争や日米関係を題材にした重層的な作品を執筆している。