なぜ登るのか

2018/09/20
「あなたはなぜ、エベレストに登りたいと思ったのですか?」
 ザ・ニューヨーク・タイムズ紙の記者の質問に答えて、
「そこにエベレストがあるからだ」
 と答えを返したのは、イギリスの登山家、ジョージ・マロリー(一八八六〜一九二四)である。
 この男は、イギリスが国家の威信をかけて送り出したエベレスト遠征隊の一員として、三度、世界最高峰の登頂に挑んだ。
 先のインタビューは、第三次遠征の前年、一九二三年三月におこなわれたもので、マロリーはこの三度目の登山中、頂上付近で行方不明になり、なんとそれから七十五年も経った一九九九年に、遺体が発見されたという。
 亡くなった当時、彼は三十七歳。七十五年もの長きにわたって、彼の生命の時計は止まったまま、雪深いエベレストの山中に埋もれていたことになる。生きていれば百十二歳。もしかしたら彼は、誰にも発見されず、山の中で三十七歳のまま、眠りつづけていたかったのではないかと思うのは、小説家の妄想に過ぎないだろうか。
  Because it's there.
「そこにそれ=エベレストがあるからだ」は「そこにそれ=山があるからだ」と日本語に訳され、この訳語は、謎に包まれた彼の最期とも相まって、いわゆる名言になった。
「そこに山があるからだ」を誤訳とする説もあるようだが、このエッセイを書くために、夫(英語ネイティブのアメリカ人です)にたずねてみたところ、「エベレストがあるからだ」は直訳、「山があるからだ」は意訳。どちらも正しい、とのこと。
 となれば、私はやはり「山があるからだ」に軍配を上げたい。
 ──あなたはなぜ山に登るのか?
 ──そこに山があるからだ。
 かっこいい!

キャッツキル山脈.JPG

 ご存じの通り、エベレストの高さは、約八八四八メートル。
 富士山の高さは、約三七七六メートル。
 ここでちょっと自慢話をさせていただくと、私は高校時代に富士山の山頂を極めたことがある。「なぜ富士山に登ったのか?」と訊かれたら「そこに富士があったから」と答えることにしようか。
 私の住んでいる村、ウッドストックを取り囲んでいる山々は、キャッツキル山脈と呼ばれている。「キャッツキル」の語源は、オランダ語で「猫の水飲み場」。
 山猫の姿はいまだかつて目にしたことがないけれど、体長およそ一メートルの「ボブキャット」がこのあたりの山々には棲息しているらしい。一度でいいから、会ってみたい。
 キャッツキルの山々の高さは、平均すると、九〇〇メートルくらい。
 富士山に比べると、山とも呼べない「丘」みたいなものかもしれない。

 私は暇さえあれば、山登りをしている。何しろ九〇〇メートル級なので、日帰りでも行けるし、早朝から登り始めれば、お昼までには下山できる山もある。
 しかし、低くても山は山。富士山やエベレストの遠い親戚なのである。
 岩場で足を滑らせたりすれば大怪我をするし、道に迷えば遭難にもつながる。あなどってはいけない。過去に何度か危険な目に遭って、山の恐ろしさは重々、心得ている。
 ランニングシューズで岩山にひょいひょい登って、「軽い靴で登ると楽勝だよね」なんてうそぶいていたら、案の定、膝を傷めてしまって、それ以降、登山ができなくなってしまった年もある。水を切らして、死にそうな思いをしたこともあるし、夕方までに下山できなくなって、闇の中を右往左往したこともある。
 それでも懲りない。山が好きでたまらない。一週間も登らないでいると、まるで喉が渇くかのように「山が恋しい」と思ってしまう。

山野草その1.JPG

 子どもの頃から、山が好きだった。
 野山が私の遊び場だった。小学五年生まで暮らしていた岡山県備前市の、家のまわりにそびえている低い山々に、ひとりですいすい登っていた。五月になると、山々にはピンク色のつつじが萌え出でて、遠目にもあざやかだった。そのつつじを目指して、山を駆け上がっていた、という記憶があるから、私はかなり野生的な少女だったのではないだろうか。三つ子の魂百まで、とはよく言ったもので、山好きな野生児は、今も私の身の内に棲息しているようである。
 山の魅力は、語っても語っても尽きることがなく、何をどう語っても語り足りない。山とは語るものではなく、登るものである、とでも言っておこうか。
 いつ登っても、山には出会いと発見がある。
 りす、しまりす、鹿、黒熊(英語名はブラックベア)あたりは常連だが、運がよければ、棘のかたまりさながらのポーキューパイン(日本語名はやまあらし)や、いかにもならず者といった風体のコヨーテ、目つきの鋭いレッドフォックスなどにも会える。保護色に身を包んだひきがえる、オレンジ色のいもりなど、小さな生き物たちにも。

山中で出会ったイモリ.jpg

 同じ山でも、登る季節によって、山はまったく違った表情を見せてくれる。
 初春の山を彩る山野草。雪解けから、樹木の新芽が若葉に生長し日光を遮るようになる直前までのわずかな期間に、山野草は懸命に陽を集めて咲きそろう。そこら中に絨毯を敷き詰めたように咲く花もあれば、ぽつん、と一輪だけ、急な崖の斜面で花を咲かせている草もある。
 夏の山はにぎやかだ。バイオリンの音色にも遜色のないハーミットスラッシュ。猫の声を真似て鳴くキャットバード。うぐいすに似た声で歌うアメリカンロビン。声の主は小鳥だけではない。夏から秋にかけてそこここで響き渡る、蛙の大合唱は圧巻だ。
 マウンテン・ツリー・フロッグという名の緑色の可愛い蛙。この蛙は、夕方になると木に登って、ひと晩中、枝の上で喉を鳴らしつづける。
 一匹が「ゲゲゲッ」と鳴くと、それに応えるようにして──あるいは対抗するようにして?──別の一匹が「ゲゲゲゲッ」と鳴く。するとまた別の一匹が「ゲゲゲゲゲッ」と鳴く。「ゲ」が少しずつ増えていく。途中で、ある一匹が「みなの者、黙らんか」と言わんばかりに、ひときわ大きな声で「ゲーッ」と、あたりを制する。一瞬だけ間(ま)があって、そのあとにまた「ゲゲッ」「ゲゲゲッ」「ゲゲゲゲッ」......が始まる。
 我が家もマウント・トバイアスという山の中にあるので、八月から九月の終わりにかけて、ツリー・フロッグの大合唱が子守唄になる。大音響なのに、不思議と安眠できる。
 雑誌か何かで目にした記事によれば、蛙というのは、その土地の自然環境の良し悪しを象徴する存在であるらしい。環境が汚染されれば、蛙はいなくなってしまうという。
 五、六年前だったか、岡山に住んでいる父から届いた手紙に「ひと昔前までは、水田の中から、うるさいくらいに聞こえてきた蛙の声が聞こえなくなった」と書かれていたことがあった。近年ではその田んぼ自体が姿を消して、田んぼだったところには大型ショッピングモールができているという。
 青々とした田んぼの上を白鷺が優雅に舞っていた故郷の風景は、様変わりしてしまったようである。岡山の蛙たちはどこへ行ったのだろう。私は今夜も、地球の反対側のウッドストックで「蛙たちの交響曲 第九番第四楽章 喜びの歌」を聴きながら案じている。

山中の道標.JPG

 いつの年だったか、どこかの登山路で、父親と息子の二人連れとすれ違ったときのこと。私と夫は下山中で、彼らは登山中だった。
 十歳くらいの息子はすでにくたびれ果てていて、苦しそうな息を吐きながら、父親にたずねた。
「ねえ、お父さん、山の頂上には何があるの?」
 こんなに苦しい思いをして登るからには、頂上には、なんらかのご褒美が待っていてほしい。そんな気持ちが透けて見えた。
 こういうとき、アメリカの父親は息子に、なんと答えるのだろうか。うちの夫なら「おいしい弁当が待っている」とでも答えるだろう。
 私は興味を持って、耳を澄ました。父親は言った。
「頂上には何もない」
「ええっ!」
 私も同じことを思った。ええっ! 何もないの?
 そのあとに父親がつづけた言葉は、けだし名言だった。
「そこにはただ、到達したという満足感だけがある」
 山登りは本当にしんどい。
 足腰は痛くなるし、夏は蚊に刺されるし、汗まみれ、泥まみれになる。
 私たちはふだん平地を横移動している。山は縦移動である。横が縦になっただけで、なぜあんなにしんどいのだろうか。たとえ九〇〇メートルであっても、横ではなくて縦に歩くだけで、一種の苦行になる。
 それでも私は山に登りたい。一歩ずつ、空に近づいていきたい。
 今週末はお天気もいいので、山へ行けそうだと思っただけでそわそわしてきて、仕事が手につかなくなってしまう。金曜日には早々と仕事を片づけて、登山靴を磨いている。
 あなたはなぜ山に登るのか?
 もしも誰かにそう訊かれたら、私はこう答える。
 山が私を呼んでいるから。

頂上からの眺め.JPG

写真:グレン・サリバン

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小手鞠るい(こでまり・るい)

1956年岡山県生まれ。同志社大学法学部卒。
1992年よりアメリカに移住。1993年、「おとぎ話」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。2005年、『欲しいのは、あなただけ』で島清恋愛文学賞を受賞。2006年刊行の『エンキョリレンアイ』がベストセラーとなる。近年は、『アップルソング』『星ちりばめたる旗』『炎の来歴』など、戦争や日米関係を題材にした重層的な作品を執筆している。