説経節 伊藤比呂美 / 絵・字 一ノ関圭

第4回   小栗判官 その4 毒酒を飲んで小栗は朝の露となり果てる

 三男の三郎は、成りゆきのおもしろさに、十二段の登りばしごを取り出して、主殿の屋根の端へさし掛けて、腰の扇を取り出して、これへこれへとさし招きました。

 小栗はこれを見て、どうせ乗るならとことんまでと思いまして、馬の四肢をうち揃え、十二段の登りばしごを、とっくりとくりと乗り上げて、主殿の屋根を、駈けたり戻ったりしながら乗りまわしまして、まっ逆さまに乗り降ろしたのでありました。これは「岩石降ろし」の鞭使いといいまして、馬術の秘伝でありました。

 いえつぐがこれを見て「四本がかり」と注文を出しました。そこで小栗は、庭の四隅の松の木へ、とっくりとくりと乗り上げて、まっ逆さまに乗り降ろしたのでありました。これは「岨伝(そばづた)い」の鞭使いといいまして、やはり馬術の秘伝でありました。

 次は障子の上に乗り上げて、骨を折らず、紙も破らず、乗りまわしたのでありますが、これは「沼渡し」の鞭使いといいまして、これまた馬術の秘伝でありました。

 それから、碁盤の上に四肢で立ち、とっくりとくりと乗りました。

 鞭の秘伝といいますのは、立鼓(りゅうご)そうこう、蹴上げの鞭、あくりゅう、こくりゅう、せんたん、ちくるい、めのうの鞭。

 手綱の秘伝といいますのは、さしあい、浮舟、浦の波、とんぼ返り、水車、鴫(しぎ)の羽返し、衣被(きぬかずき)。

 小栗は、鞭の秘伝、手綱の秘伝を要所要所で使いこなし、みごとに馬を乗りこなし、鬼鹿毛がどんなに強くとも、小栗判官どのにはかなうものではございません。その両脚に、胴を骨までがっしりとはさまれて、はみを泡だらけにして、立ち尽くしたのでありました。

 

 小栗は、塵一つついていない裾を、あえてぽんぽんとうち払い、三抱えもありそうな桜の古木に馬を繋いで、もとの座敷におもどりになりまして。

「いかがでしたかな、横山どの。あのように乗りごこちのよい馬ならば、五頭でも、十頭でも、婿への引出物としておゆずりくださいませんか。朝夕に乗りまわし、馬の口を乗り和(やわ)らげてさしあげますよ」と言いましたので、横山八十三騎の人々、笑いたくもない苦笑いというものでどっと笑うしかなかったのでありました。

 そのとき鬼鹿毛が、何かを察したか、小栗のいきおいを感じとったか、三抱えもありそうな桜の古木を根こそぎ引き抜き、三丈の塀を跳び越えて、武蔵野に向かって走り出していきました。まるで、小山が動いたようでありました。

 横山はこれを見て、今はこの男にすり手してでも頼むしかないと見極めまして、

「まことにもうしわけもございません、都のお客人、あの馬を止めていただきたい。あの馬が武蔵、相模、両国に駈け入ってしまったら、みな食われてこの世に人がいなくなる」と言いました。

 小栗はこれを聞き、手に余る馬なら飼わなければいいのだと言いかけましたが、それを言ってしまったら、相手はれっきとした侍、恥をかかすことになると考えて思いとどまり、黙って小高い所へさし上がり、芝繋ぎという呪文を唱えましたら、雲を霞と駈ける馬が、小栗どのの前にやってきて、両膝を折って慕ってきました。小栗はこれを見て、「よしよし、おまえもかなりの乱暴ものだぞ」と笑いながら、もとの厩へ乗り入れて、錠も肘金もとっくと下ろしたのでありました。

 さてその後、照手の姫さまをともなって、常陸の国へお戻りになれば末はめでたしめでたしとなりましたものを、また乾の局におもどりになったというのが、小栗の運命尽きた次第であります。

 

 横山八十三騎の人々は、一つ所へ集まりまして、あの小栗という男は、馬で殺そうとしても殺せない。ああすればよいかこうすればよいかと考えておりましたが、三男の三郎が、後先のことなど考えず、あさはかにもこう言い出したのでありました。

「それならば、父上、ここは、わたくしめの考えついた謀りごとをもう一つおききください。まず明日になりましたら、昨日の乗馬を慰労するなどと称しまして、宴会を催します。蓬莱山をかたどって、島台を組み立てます。それから毒を集めて、毒の酒を造ります。

 横山八十三騎の飲む酒は、初めの酒の酔いが醒めたあとは、不老不死の薬の酒、小栗十一人には激しい七毒の酒を飲ませれば、どんなに小栗が強かろうとも、毒にまで勝つわけはございません」と。

 横山はこれを聞き、「よくぞたくらんだ、わが三男」と、乾の局に使者を立てたのでありました。

 小栗は、一度めのお使いは受け入れませんでした。二度めのお使いには返事もしませんでした。それからお使いは六度立ちました。七度めのお使いには三男の三郎が使者として遣(や)られました。それで小栗は言いました。

「伺わないつもりでおりましたが、三郎どののお使いはかたじけない。伺いましょう」と。

 そう言いましたのが、小栗の運命も尽きた次第であります。人は運命が尽きようとして智恵の鏡もかき曇り、才覚の花も散り失せるものでございます。

 昔から今に至るまで、親より子より兄弟より、妹背(いもせ)夫婦のその中に、かなしいことがたくさんありました。

 あらあらいたわしいことでございます。

 照手の姫さまは、小栗に言いました。

「ねえ小栗どの、今の世の中では、親が子をあざむきます。子は親にたてつきます。

 ねえ小栗どの、鬼鹿毛に乗れと言われたのに、まだお覚悟をなさらないの。明日の蓬莱の山のご見物、およしになってくださいませ。およしになってとこんなに照手が言ってもよしてくださらないなら、照手の見た夢のはなしをいたします。

 ねえ小栗どの、わたくしの家に七代伝わる唐の鏡がございます。わたくしの身の上にめでたいことのあるときは、表にご神体があらわれますの。裏には鶴と亀とが舞い遊びますの。でも、わたくしの身の上によくないことがあるときは、表も裏もかき曇り、裏が汗をかくんですの。そんな鏡でございます。

 ねえ小栗どの、この間見た夢で、天から鷲が舞い下りて、空中で鏡を三つに蹴り割ったのでございます。一つは奈落をさして沈んでいきました。一つは微塵と砕けていきました。もう一つ残ったのを天に鷲がつかんでいった夢を見ました。

 二度めの夢では、小栗どのが、常陸の国から持って来られてだいじにしてらっしゃる九寸五分の鎧通(よろいどおし)のお刀が、はばきもとからずんと折れ、使い物にならなくなった夢を見ました。

 三度めの夢では、小栗どののだいじにしてらっしゃる村重籐(むらしげどう)の御弓に、鷲が舞い下りて、空中で三つに蹴り割ったのでございます。本弭(もとはず)は奈落をさして沈んでいきました。中は微塵と折れていきました。そして末弭(うらはず)の残ったのを、小栗どののためにと、上野が原に卒塔婆に立てた夢を見ました。

 その夢の中では、小栗どのと十人のご家来衆が、いつものご衣裳から白い浄衣にお着替えになり、小栗どのは葦毛の馬に逆鞍(さかぐら)を置かせ、逆鐙(さかあぶみ)を掛けさせ、後と先とにお坊さまを千人ばかり歩かせて、その読経する声の中、小栗どののしるしの幡(はた)や天蓋をなびかせて、北へ北へといらっしゃいました。照手は悲しくて悲しくて、跡を慕ってまいりましたら、雲にさまたげられて見失ってしまった夢を見ました。

 ねえ小栗どの、夢さえ、こんなに苦しくて悲しいのでございます。もしこれがほんとうになったら、照手はいったいどうなるのでしょう。明日には蓬莱の山のご見物というときに、いかにも、わるい夢ではございませんか。どうかおよしになって」。

 小栗はこれを聞き、女が夢を見たからといって、れっきとした武士が来いというところへ行かぬわけにはいかないと思ったのでありますが、しかし気にはかかります。そこで、直垂の裾を結び上げ、夢違えの呪文を唱えました。

「唐国や、園の矢先に、鳴く鹿も、ちが夢あれば、許されぞする」

 このように唱えまして、小栗は、肌には青地の錦を着け、紅しぼりの直垂に、刈安染めの黄色い水干に、わざと冠はつけないで、十人のご家来衆も、都ふうの品の良い着こなしで、横山の屋敷に出かけていき、中にずずいと通されまして、座敷の前に来て、幕をつかんでぱっと開け放ち、もとの座敷にずいと進んで座りました。横山八十三騎の人々も、群れ飛ぶ千鳥の形をとって斜め違いに座に着いたのでありました。

 

 一献過ぎ、二献過ぎ、五献と酒はまわったのでありますが、小栗は「わたくし、今日は来の宮(きのみや)信仰のため断酒中」と言いまして、盃のやりとりは一切なしでありました。

 横山はこれを見て、座敷からずんと立ち、あの小栗という男は、馬で殺そうとしても殺せない。酒で殺そうとしても酒を飲まない。ああすればよいかこうすればよいかと考えておりましたが、

「ああ、いいことを思いついた」と、空(から)の法螺貝を一対取り出し、碁盤の上にとうと置き、

「ごらんなさい、小栗どの。武蔵と相模は両輪のようなもの、武蔵なりとも相模なりとも、この貝を杯にして、半分分けてさしあげよう。これを肴に、まま、酒をお一つ。来の宮信仰の断酒の誓いは、このおれが引き受けよう」と、立ちあがって舞をひとさし舞いました。

 小栗はこれを見て、れっきとした侍がれっきとした侍に、所領を与えると言っている、何の謀りごともないようだ、そんなら一つと杯を手にしたのでありました。ご家来衆もそれを見て、次第に次第に酒がみなまで通っていったのでありました。

 横山はこれを見て、よい頃合いと心得まして、両口の銚子を出させたのでありました。それには注ぎ口が二つあり、中には隠した隔てがあり、片側には横山八十三騎の飲む酒を入れ、もう片側には小栗十一人の飲む酒を入れてありました。初めの酒の酔いが醒めたあと、横山八十三騎の飲む酒は、不老不死の薬の酒。小栗十一人に盛る酒は、七ぶすと呼ばれる、激しい七毒の酒でありました。

「おお、小栗どの。この酒を飲みましたら、身にしみじみと沁みてまいります。九万九千の毛筋穴、四十二対の腰骨や、八十対の関節までも、身体から離れて行けと、沁みてまいります。はや天井も、大床も、ひらりくるりと舞っております。これは、毒ではあるまいか。ご覚悟ください、小栗どの、われらのご奉公もこれまで」と、これを最期の言葉にして、後ろの屏風にもたれかかり、そのままどうと転ぶもあり、前へかっぱと伏すもあり、小栗どのの左手と右手とは、ただ、将棋を倒したようでありました。

 小栗はさすがに大将で、刀の柄に手を掛けて、

「どういうことだ、横山どの。憎む相手を、武士というのに太刀も使わず、刀も使わず、詰め寄って腹も切らせず、毒で殺すか。横山。女のまねをするな、卑怯じゃないか。まっ正面からかかってこないか。刺し違えて、ともに果てるぞ」と、抜こう、斬ろう、立とう、組もうとはしましたが、心ばかりは、高砂の松のように勇ましくあろうとしても、次第に毒が、身に沁みてまいります。五輪五体が、次第に離れていくのであります。

 あわれ、この世へと行く息は、屋根を伝う小蜘蛛の糸を引き棄てるようでありました。あわれ、冥途へと引く息は、三つ羽の征矢(そや)を射るよりも速く感じられたのでありました。

 冥途の息が強うございました。惜しむべきは年のほど、惜しまるべきは身の盛り、小栗、二十一歳になろうというこの年を一期として、朝(あした)の露となり果てたのでありました。

(続く)

伊藤比呂美プロフィール画像

伊藤比呂美

1955年東京都生まれ。詩人。
1978年現代詩手帖賞を受賞。99年『ラニーニャ』で野間文芸新人賞、2006年『河原荒草』で高見順賞、07年『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』で萩原朔太郎賞、08年紫式部賞を受賞。
エッセイ集に『良いおっぱい 悪いおっぱい(完全版)』『閉経記』、古典の現代語訳に『日本ノ霊異(フシギ)ナ話』『読み解き「般若心経」』『たどたどしく声に出して読む歎異抄』、対談集に石牟礼道子との『死を想う』などがある。著作の一方、自分の詩の朗読活動も行っている。

Copyright(c) 2013 Hiromi Ito &Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.