説経節 伊藤比呂美 / 絵・字 一ノ関圭

第2回   小栗判官 その2 小栗、照手姫に恋文を届ける

 常陸三か所の庄では侍どもが話し合いを持ちまして、小栗というのは天から降りてきた人の子孫だそうだと誰からともなく言い出しまして、京の都にいた頃と変わらぬように、ここは奥の都、みなみな小栗どのに従うことにしようとあいなりまして。小栗どのはやがて御司(おんつかさ)になりました。それから侍どもの合議にて、小栗の判官と呼ばれる大将になりました。小栗の屋形では夜番も当番もきびしくて、毎日八十三騎が当番をつとめたのでありました。そのように何不足なく暮らしておりましたところ、商人が一人どこからともなくやってきまして、「薄墨紙か絹織物の御用はございませんか。紅や、白粉(おしろい)、畳紙(たとうがみ)の御用はございませんか。香のお道具でしたら、沈(じん)も麝香(じゃこう)も三種の練香も取り揃えてございます。お茶も沈香もございますよ」と売り歩いておりました。

 小栗がそれを聞きつけまして、

「おまえが背負っているのはなんだい」と尋ねました。すると商人は、

「さようでございますね、唐の薬が千八品、日本の薬が千八品、二千十六品とは申しておりますけれども、まあこの中へは千種類ほど入れて背負って歩いてますから、ぜんたい千駄櫃(せんだびつ)と申すんでございますよ」と答えました。

 小栗はそれを聞きまして、

「そんなにたくさん薬を持ってるんじゃ、国はいろいろ巡ったろう。国をどれだけまわったんだい」とさらに尋ねました。すると商人は、

「さようでございますね。鬼界が島、高麗、唐へは二度渡りました。日本の国内は三度経巡(へめぐ)りました」と答えました。

 小栗はそれを聞きまして、今度は本名を尋ねました。すると商人は、

「後藤左衛門、高麗ではかめがえの後藤と呼ばれます。都では三条室町の後藤と呼ばれます。相模の後藤というのもわたしのことです。後藤の名字のつく者は、この三人のほかにはございません」と真実を答えました。

 小栗はそれを聞きまして、

「姿かたちは卑しいが、心は実のある、春の花のような男だな。おい、酒一つ持て」と小姓たちに言いつけたのでありました。

 そのときお酌に立った小姓が小声で、

「ところで、後藤左衛門どの、殿にはいまだにきまった奥方さまがおいでじゃないのですよ。ちょっと見たことのないような美人をご存じないか。ご存じだったら、お取り持ちくだされよ。ごほうびがたんと出ますぞ」とささやきました。

 後藤左衛門はそれを聞きまして、

「知らぬと申しましたら、国を巡った甲斐もありませんなあ。武蔵と相模、二つの国の郡代(ぐんだい)の横山殿と申すかたがおられます。男のお子は五人もお持ちだが、姫君がおられぬので、下野(しもつけ)の国の日光山に詣って照る日月に申し子をなされたそうで。それで六番目の末の姫のお名前を、照手の姫というのだそうでございます。

 この照手の姫の姿かたちのうつくしいこと。姿を申せば春の花、かたちを見れば秋の月、両の手の十の指は瑠璃玉をのべたようにすんなりとして、くちびるは頻婆果(びんばか)なる木の実の赤い色のようにあざやかで、ほほえんだときの歯並びはただごとならぬ可愛らしさ。髪は翡翠(かわせみ)の羽のようにつやつやと黒くて長くて、伽羅木(きゃらぼく)の墨をよく磨って、青黒色の立板にさっとかけ流したような具合だそうでございます。柳の葉ですら蓮の花より固くて強うございますが、その蓮の花が朝露を抱いて傾いてみせる風情ですら、あの姫には及ぶどころじゃございません。あっぱれこの姫こそ、おくがたさまとしてこのお屋形においであるべきおかたでございますとも」と、あることないこと言葉に花を咲かせて弁舌たくみに語りましたから、小栗どのはたまりません。まだ見ぬ恋にすっかりあこがれまして、

「仲人しろよ、後藤左衛門」と黄金十両を取り出だし、「これは当座の礼だ。うまく叶えば、望みによりほうびを取らす」とおっしゃいました。

 すると後藤左衛門は、

「こんなに位の高いおかたの仲人などと、身に余ることではございます。ともかく、あちらが返事を寄こすくらいの、よいお手紙をお書きくだされ」と料紙(りょうし)、硯を差し出しました。

 小栗は、のぞむところだと、紅梅檀紙(だんし)に雪白の薄紙を一枚重ねて、ひきのばして和らげて、逢坂山の鹿の蒔絵の筆を持ち、紺瑠璃の墨をたぶたぶと含ませて、書院の窓のあかりの下で、思うことばを見事な手で書きつけて、恋文とすぐわかる山形結びにではなく、まだ待つ恋のことなので、まつ皮結びにひき結び、「さあどうだ、後藤左衛門、頼んだぞ」とおっしゃいました。

「合点承知でございます」と後藤左衛門はつづらの内箱に大切にしまい込み、連尺つかんで肩に掛け、天や走る、地やくぐるという勢いで駆け去ってゆきまして、間もなく、横山の館に駆け着いたのでありました。

 

 そして落ち縁に腰を掛け、さまざまな品物を積んだつづらを打ちほどき、姫の住む乾(いぬい)の局(つぼね)から聞こえるところで、「薄墨紙か絹織物の御用はございませんか。紅や、白粉、畳紙の御用はございませんか。香のお道具でしたら、沈も麝香も三種の練香も取り揃えてございます、お茶も沈香もございます」と売っておりました。

 冷泉殿に侍従殿、丹後の局にあこうの前(まい)といった女房たちが七、八人、「あらめずらしいこと、旅の小間物屋よ。どこから来たの、なにかめずらしいものは持っていらっしゃる?」と口々に尋ねてきました。

 すると後藤左衛門は、

「めずらしい品物ももちろん持っておりますが、それよりもめずらしいもの。常陸の国、小栗殿のお屋形の裏で、じつに見事に書かれた手紙が一通落ちていましたので拾ってまいったんでございますよ。

 今までいろんな手紙を見てまいりましたが、上書のこの見事さには、いやもう初めてお目にかかりました。うかがいますと、こちらのみなさまは、古今集、万葉集、和漢朗詠集と、歌の心をよくおわかりになっていらっしゃるということで、よろしかったらお手本になされませ、お気に召さなかったら引き破ってお庭の笑い草にもなされませ」とその手紙を差し出したのでありました。

 謀(たばか)る手紙とは気づかずに、女房たちはさっと広げて読みはじめたのでありました。

「『とてもたのしいこと』と書いてある。『上なるは月か、星か、中は花、下には雨、霰(あられ)』と書いてある。意味がぜんぜん通じない。狂ってるんじゃないかしら、狂った人がこんなふうに書いたのかしら」とみんなでどっと笑いころげました。七重や八重や九重にもなった御簾(みす)の内においでになった照手の姫はこれを聞きまして、中の間(ま)までそっと出ていらっしゃいまして、

「あらどうしたの、女房たち、なにを笑ってるの。おかしいことなら、わたしにもおしえてちょうだいよ」

 女房たちはこれを聞きまして、「いえ、何もおかしいことはないんですけれどもね、この商人が、常陸の国、小栗殿のお屋形の裏で、とても上手に書いた落とし文を一通拾ったと申しておりますの。拾った場所にちょっと興味をひかれて広げて見てみたんですけど、なんとも読むに読めませんの。これですよ。ごらんなさいませ」と元の通りにおし畳み扇に据えて照手の姫に差し出したのでありました。

 照手姫はこれをごらんになりまして、まず上書きをおほめになりまして、

「いんどの国なら大聖文殊(たいしょうもんじゅ)、中国ならば善導和尚(ぜんどうおしょう)、日本の国なら弘法大師の御手を習われたかたかしら、筆の立てかたがすばらしい。墨のつけかたもうつくしい。香気があって、気品があって、なんて言い表していいかわからないくらい。お書きになったのがどんなかたか知らないけど、この手紙ひとつで人を殺せるくらいよ」とまず上書きをおほめになりまして。

「ねえ聞いてよ、女房たち、『百様(ひゃくよう)を知りたりとも一様を知らず』と言いますよ。どんなに知っていても一つ知らなきゃ知らないのと同じことよ。知らないんなら、あれこれ言わずに、そこで聞いていらっしゃい。あたしがこの文を読み解いてあげます」と手紙の紐を解いてさっと広げて読みはじめたのでありました。

「最初の書き出しに『細谷川(ほそたにがわ)の丸木橋』とあるのは『とちゅうでやめずに最後まで読み切って返事をください』と読むの。『軒(のき)の忍(しのぶ)』とあるのは『暮れる夜ごとに露の降りるのを待ちかねています』と読むの。『野中の清水』とあるのは『人に知らすな、あなたの心の中だけにとどめておくこと』と読むの。『沖漕ぐ舟』とあるのは『恋焦がれているんだから手紙よ、急いで着け』と読むの。『岸うつ波』とあるのは『くずれる波みたいにわたしの心は千々に乱れています』と読むの。『塩屋の煙』とあるのは『浦風吹くなら一夜はなびけ』と読むの。『尺ない帯』とあるのは『いつかこの恋は結び合う』と読むの。『根笹に霰』とあるのは『触れれば落ちよ』と読むの。『二本(ふたもと)すすき』とあるのは『この恋もやがて穂が出て乱れ合う』と読むの。『三つの御山』とあるのは『願いを満つ』にかけて『思いよ叶え』と読むの。『羽ない鳥に弦(つる)ない弓』とあるのは『この恋を思いはじめてから、立つに立たれない。射るに射られない』と読むの。ああ、せつなくて、これ以上読めないわ。あら、ここに奥書きがある。『恋する者は常陸の国の小栗なり。恋いられ者は照手なりけり』ですって。こんな手紙、見るんじゃなかった」と照手姫は手紙を二つ三つに引き破り、御簾から外へふわと捨てまして、ご自分は、御簾の中に深く忍び入ってしまったのでありました。

 すると女房たちは、「だから言わぬことじゃない、この商人たら、たいへんなことをしてくれた。人に頼まれて手紙の取り次ぎをしましたね。だれかおらぬか。この男を追い出して」

 さて後藤左衛門は、こりゃまずいことになったと思ったが、「男の心と内裏(だいり)の柱は太うても太かれ」と言うことだし、だめもとで脅してみるかと思いまして、連尺(れんじゃく)をつかんで音高く庭に放り投げ、自分は広縁(ひろえん)に踊り上がり、板踏み鳴らし、経(きょう)のことばを使って脅しにかかったのでありました。

「おいおいじょうだんじゃない、照手の姫、今の手紙をいったいぜんたいどういう了見でお破りなすった? いんどの国なら大聖文珠、中国ならば善導和尚、この日本の国なら弘法大師、その御筆といったら、ありがたい筆の手だ。一字破れば仏を一体、二字破れば仏を二体、仏のおん体を破るにひとしい悪業(あくごう)だ。今の手紙をお破りになったのは、弘法大師の二十の指を食いさき引き破ったと同じことだ。あら恐ろしの照手の姫や。後生の業はどうなるか知れたものじゃない」

 板踏み鳴らし、経のことばを使って脅かして、檀特山(だんどくせん)のお釈迦さまのお説法でもこんな効き目はありますまい。照手はこれを聞きまして、すっかりしおしおとなってしまいまして、

「武蔵や相模の殿方たちからさんざん手紙をもらいましたけど、どれも食いさき、引き破いてきました。それがみな、この照手の後生の業となるのかしら。なんて悲しいこと。ちはやぶる、ちはやぶる神も、鏡にうつして見てください。どうかゆるして。今まで知らずにやっておりました。このことが明日は父の横山殿や兄上がたに知られて、お咎(とが)めを受けるかもしれないけど、後生を思えばしかたがない。お返事をいたしましょう、侍従殿」。

 侍従は、「そういうおつもりでしたら、どうぞ手紙をお書きくださいませな」と料紙、硯を差し出しまして、照手は心を落ち着けて、紅梅檀紙に雪白の薄紙を一枚重ねて、ひきのばして和らげて、逢坂山の鹿の蒔絵の筆を持ち、紺瑠璃の墨をたぶたぶと含ませて、書院の窓のあかりの下で、思うことばを見事な手で書きつけて、恋文とすぐわかる山形結びにではなく、まだ待つ恋のことなので、まつ皮結びにひき結び、侍従殿にとお渡しになりました。侍従はこの文を受け取って、

「さあおまたせしました、後藤左衛門どの、これは先の手紙の御返事です」と後藤左衛門に手渡したのでありました。

「合点承知でございます」と後藤左衛門はつづらの内箱に大切にしまい込み、連尺つかんで肩に掛け、天や走る、地やくぐるという勢いで駆け去ってゆきまして、間もなく常陸小栗どののお屋形に駆け着いたのでありました。

 

 小栗はこれを見て「おうまちかねたぞ、後藤左衛門、手紙の返事は」と聞きますと、後藤左衛門は「首尾は上々でございますよ」と扇に据えて差し出しまして、小栗はさっと広げて読みはじめたのでありました。

「『たのしいこと......たのしく拝見しました』と書いてある。『細谷川に丸木橋の、その下で、ふみ落ち合うべき』と書いてあるのは、これは一家一門は知らぬことで、姫一人が承知していることという意味だ。一家一門は知ろうと知るまいとかまわない。姫の承知が大切だ。さっそくおれは婿入りする」と計画をたてはじめました。家来どもはそれを聞きまして、

「いやいやいけませぬ、小栗どの、京の都とはちがって奥州では、一門が知らないうちは婿は取らぬと申しますよ。今一度、一門にきちんと使者をお立てください」

 小栗はこれを聞きまして、

「なに、おれは強いのだ、使者を立てることはあるまい」と屈強の侍を千人選りすぐり、千人のその中から五百人選りすぐり、五百人のその中から百人選りすぐり、百人のその中から十人選りすぐり、そうやって定めた十人の、自分に劣らぬ、異国の魔王のような殿たちを召し連れて、「やあたのむよ、後藤左衛門、ついでに道案内をしてくれよ」とおっしゃいました。

「合点承知いたしました」と、後藤左衛門はつづらを自分の宿に預け置き、編笠を目深にひっかむり、道案内をしたのでありました。
 小高いところへさしのぼり、「ごらんくだされ、小栗どの、あそこにある棟門(むねかど)の高いお屋形は、父の横山どののお屋形、こちらに見える棟門の低いお屋形は、五人の息子たちのお屋形、乾の方の主殿(しゅでん)造りが、照手の姫の局でございます。門内にお入りになりまして、番人に誰かと咎められたら、いつも来る客を知らないかとおっしゃれば、それ以上咎めだてもされないでしょう。では、わたくしはこれにてお暇いたします」と言いましたので、小栗は、かねて用意してあった砂金を百両、巻絹(まきぎぬ)を百疋(ぴき)、奥州産のいい馬を添えて、後藤左衛門に引き出物としてやりましたら、後藤左衛門は大喜びで去っていったのでありました。

 十一人の男が門内に入りましたら、番人が「誰だ」と咎めたのでありますが、小栗がこれを聞きまして、番人をにらみつけ、「いつも来る客を知らないのか」と言いましたら、それ以上咎められることもなく、十一人は乾の局に行き着くことができました。

 小栗どのと姫君を、ものによくよくたとえれば、神ならば結びの神、仏ならば愛染明王(あいぜんみょうおう)、大きなお慈悲のお釈迦さま、天にあれば比翼の鳥、ともに老い、ともに死んで、同じ穴に葬られようと話し合うむつまじさを見ましても、縁がよくよく深いものと見えました。

 七日七夜、笛太鼓を吹き囃しつづけるような楽しさがこの世にあるとは、照手も小栗もこれまで思いもよりませんでしたし、言葉にも尽くしがたいものでございました。

(続く)

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伊藤比呂美

1955年東京都生まれ。詩人。
1978年現代詩手帖賞を受賞。99年『ラニーニャ』で野間文芸新人賞、2006年『河原荒草』で高見順賞、07年『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』で萩原朔太郎賞、08年紫式部賞を受賞。
エッセイ集に『良いおっぱい 悪いおっぱい(完全版)』『閉経記』、古典の現代語訳に『日本ノ霊異(フシギ)ナ話』『読み解き「般若心経」』『たどたどしく声に出して読む歎異抄』、対談集に石牟礼道子との『死を想う』などがある。著作の一方、自分の詩の朗読活動も行っている。

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