説経節 伊藤比呂美 / 絵・字 一ノ関圭

第1回   小栗判官 その1 そもそもこの話の由来を......

 説経節には惚れ抜いてまいりました。

 最初に出会ったのがもう三十年近く前、ふと平凡社の東洋文庫の『説経節』を手にとって震撼したのでありました。それからうわごとみたいに説経節説経節と言いつづけ、これこそあたしの書きたかった詩(のひとつ)であると心を定め、なんとかして現代詩のなかに説経節を生き返らせたいと、いらぬお節介かもしれませんが、思いつづけてまいりました。何に興味をひかれたかといいますと、やはりまずその歌と物語がいりまぜになっているとこでございます。それから出てくる人々がなんというか、親近感がありすぎる。女たちはみんなよく働く。いちおうお話ですから、高貴な生まれのお姫さまという設定になってますけれども、よく働く。どんな仕事でも厭わずに働く。なんだか、東京の裏町の路地裏の生まれ育ちなんじゃないかと思うくらいだ。対する男たちが、まあ、みんなかっこいい。生まれは高貴で、なんでもできて、美形で強くて......言うことないんですが、どの男もかっこいいままではいられない。ある者は殺されて蘇生して餓鬼阿弥という存在になり果てる。そうなると歩くことはおろかしゃべることもできません。ある者は病気に取り憑かれ、家を追い出され、乞食に身を落としてしまう。そしてそんな男たちを女たちが髪振り乱しながら必死の思いで熊野や天王寺に連れていこうと、ずうっと旅していくわけです。おりました、わたくしの人生にも。かっこよくて見ているだけでほれぼれするよな、小栗や信徳みたいな男たちが。ところが離婚だなんだという人生の諸難関で男たちは小栗や信徳のように頼りなくなるばかり、しかたがない、照手やあたしが、お姫さまをすっぱりとやめて、がんばって働いて、男たちを、自分が生んだ子どもたちを、どこかに連れていかねばならなかったのでありました。てなことを読み始めた三十年前に感じていたかどうかは覚えていません。しかし今となってはそれがあたしの小栗たち、それがあたしの説経節、そしてあたしが照手であったと、はっきり解っておりますのです。

 さて、それではそろそろ現代語訳説経節、まずは「小栗判官」、元本は東洋文庫(平凡社)の『説経節』、それに新日本古典文学大系(岩波書店)の『古浄瑠璃 説経集』と「新潮日本古典集成」(新潮社)の『説経集』を参考にいたしました。

 

 

 

 そもそもこの話の由来をたずねていきますと、国をいうなら美濃の国、安八郡、墨俣、垂井にまします正八幡宮。荒ぶる神のもとのお姿について、ここで語っておきかせいたします。八幡さまも一度は人間としてこの世に暮らしておられました。そのときのことをくわしく語っておきかせいたします。

 その頃、都におられたのは一の大臣、二の大臣、三に相模の左大臣、四位に少将、五位の蔵人、七は滝口の侍たち、八条殿。それから一条殿、二条殿、近衛の関白、花山の院、三十六人の公家、殿上人。公家や殿上人のその中に、二条の大納言とはおれのことだと名乗りを上げられたのは、このおかた。

 兼家さまと呼ばれたそのかたは、お母上は常陸の源氏の流れ、氏と位は高いかたなのに、男子にしても女子にしても、世継というものをお持ちでない。どうにかして子をさずかりたいと鞍馬山の毘沙門天にお詣りし、願かけのお籠もりの最後の夜に、夢を見ました。一つの枝に三つ生(な)りの梨の実を、いや、縁起が悪うございます、「なし」と呼ばずに「あり」と呼ぶ、有るからこその「有りの実」を、毘沙門天さまにいただいた夢でありました。

 あらあらおめでとうございます。

 遠くの珍味に近くで穫れたての産物を山とつみあげまして、宴をひらいて祝ったのでありました。

 

 兼家さまの奥方さまが、夢のお導きでお身ごもりなされたそののちも、七月め、九月めと過ぎまして、ようやく十月めの産み月になりました。お産がはじまり、女たちがわらわらとお助けもうし、介添えもうし、あかごをいだき取りました。

男の子? 女の子?」と奥方さまが問えば、「石をみがいてまっ青な瑠璃の玉があらわれ出たような、おうつくしい若君でございますよ」と女たちが口々にもうしました。

 あらあらおめでとうございます。

 人々が、須達(しゅだつ)長者みたいな金持ち物持ちになりますようにと心をこめて産湯を使わせたのは、肩の上には鳳凰がとまり、手の中には玉をにぎりしめた、りっぱなあかごでありました。

 桑の木の弓に蓬の矢をはなち、天地和合を祈りあげておりますと、年を重ねた翁の太夫が、屋形に入ってまいりまして、「どれそれがしが若君に名をつけてさしあげましょう、なるほど毘沙門天が夢にあらわれて三つなりのありの実をくだすったとな、それならば、そのありの実にちなんで有若(ありわか)どの」と名づけたのでありました。

 

 有若どのには、乳を飲ませるものが六人、世話をするものが六人、十二人の乳を飲ませる者や世話をする者があずかり、いだき取り、大切に大切に、おそだてもうしたのでありました。

 月日のたつのは早いものでございます。二歳、三歳ははやくも過ぎて、七歳におなりになりまして。父の兼家さまは、有若に学問をさせようと東山にのぼらせました。

 なんといっても鞍馬寺にお願いして得たお子のことですから、賢さはおどろくばかりでありました。一字おしえれば二字わかる、二字おしえれば四字わかる、百字おしえれば一千字というわけで、お山で一番の学生と評判になりまして、兼家さまは、昨日今日にも里に戻そうと思いながらも、月日ははやばやと経ちまして、有若どのは十八歳になりました。

 

 兼家さまは、有若どのを里に戻して位を授けてやりたいと思いましたが、氏も位も高すぎて、烏帽子親に頼める人がおりません。とうとう正八幡さまの御前で、正八幡さまがお見届けという心持ちで、瓶子(いわゆるとっくり)を一揃え、その口を魔除けの蝶花形(ちょうはながた)につつみまして、元服の儀式を執りおこないまして、有若どのは、名を常陸小栗と、変えられたのでありました。

 奥方さまはたいそうお喜びで、それじゃ小栗に妻を迎えてあげましょうということになりましたが、小栗どのというのは色好みなくせにわがまま放題のかたで、いろいろと妻嫌いをしたのでありました。

 背の高い女を迎えれば、深山の杉の木みたいだと送り返し。

 背の低い女を迎えれば、人間の丈に足らぬと送り返し。

 髪の長い女を迎えれば、蛇みたいだと送り返し。

 赤ら顔の女を迎えれば、赤鬼かと送り返し。

 色白の女を迎えれば、雪女かと送り返し。

 色の黒い女を迎えれば、げすっぽくてたまらんと送り返し。

 送り返してはまた迎え、迎えてはまた送り返し......。小栗十八歳の二月の頃から二十一歳の秋までに、迎えて送り返した妻の数は、七十二人になりました。

 

 いっこうに妻が定まらない小栗どの、ある雨の日に、たいくつし、もてあまし、ふと言い出したのが、

「なんでもおれは鞍馬の申し子だそうじゃないか、鞍馬へ詣って妻が定まるようにたのんでこよう」と。

 二条のお屋形を出て、市原野辺(のべ)のあたりまで行きまして、そこで一休み、漢竹(かんちく)の横笛を取り出して、八つの歌口(うたぐち)を湿らせて、吹きはじめたのが、翁が娘を恋うる曲、とうひらでんに、まいひらでん、獅子ひらでん、次から次へ一時間ばかり吹き鳴らしておりましたが、それに聞き惚れたのが、深泥(みぞろ)が池の大蛇でありました。

「あらおもしろや。なんて心ひかれる笛の音か。一目みたいぞ、こんな笛を吹く男の顔を」と十六丈の大蛇が二十丈に伸び上がり、遠目ながらに小栗を見初めて、

「見たこともないような美しい男だ。ああ、どうにかして一夜を契りたい」と思いつめ、とうとう年の頃十六、七の美しい姫に身を変じ、鞍馬寺の一の階に、わけあり顔で立っておりました。そこへ小栗がばったりと出くわして、鞍馬さまのご利益と思いこみ、大喜びで、姫の手を取り、玉の輿(こし)に乗せ、二条の屋形に連れこんで、遠くの珍味に近くで穫れたての産物を山とつみあげまして、宴をひらいて祝ったのでありました。

 

 しかし「好事門を出でず、悪事千里を走る」ともうします。「錐(きり)は袋を通す」とも言うとおり、都わらべどもにもれ聞こえまして、二条の屋形の小栗には深泥が池の大蛇が夜な夜な通って契っているそうだとうわさが立ちまして、父の兼家さまの耳にも入りまして、

「いくらわが子の小栗だからといって、これほど乱行をかさねれば都に住ませてはおけない。壱岐か対馬へ流してしまおう」とたいへんなお腹立ちでございました。

 奥方さまがこれを聞きまして、

「壱岐か対馬へお流しになったら、もう会うことはかないませぬ。わたくしの所領地が常陸にございます。どうか、常陸の国へお流しになってくださいませな」

 それで兼家さまも心をきめて、小栗どのは、母の所領に加えて常陸の国の東条も玉造も所領として与えられ、とりあえず都からは追放ということにあいなったのでありました。

(続く。絵は照手姫。第7回参照)

 

完成版小栗_01.jpg

伊藤比呂美プロフィール画像

伊藤比呂美

1955年東京都生まれ。詩人。
1978年現代詩手帖賞を受賞。99年『ラニーニャ』で野間文芸新人賞、2006年『河原荒草』で高見順賞、07年『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』で萩原朔太郎賞、08年紫式部賞を受賞。
エッセイ集に『良いおっぱい 悪いおっぱい(完全版)』『閉経記』、古典の現代語訳に『日本ノ霊異(フシギ)ナ話』『読み解き「般若心経」』『たどたどしく声に出して読む歎異抄』、対談集に石牟礼道子との『死を想う』などがある。著作の一方、自分の詩の朗読活動も行っている。

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