結婚の追求と私的追求

能町みね子

第23回

ハーゲンダッツ

 夫(仮)の家のお風呂を直したい、いや、お風呂を直すくらいならいっそ思い切って改装したい、という計画についても着々と進めることにしました。
 現在の夫(仮)の家は、1階にキッチン、ダイニング、壊れた風呂、トイレ。2階にリビング、押し入れ、トイレ、洗面台があります。
 この広さの家にトイレは2つ要らないし、1階で料理をして、狭い螺旋階段を通って2階に運ぶのもとても効率が悪い。しかも建物が住宅密集地にあるため、1階はほとんど日が当たりません。
 こんな不満点をまるごと改善するため、1階はトイレと洗面所と風呂のほかは納戸として使い、2階にはカウンターキッチンを設置してトイレと洗面台と押し入れはすべて取り払い、広いリビング+ダイニングにする、という案を考えました。夫(仮)は「トイレは2個あったほうがいいのに」とか「料理を上に運ぶのも好きだったのに」とか、効率の悪い部分への未練をつぶやいていたけれど、ここだけは遠慮せず、私の案で強引に推し進めます。
「星男」の内装を手がけた建築士のへいちゃんとは「星男」のお客同士として知り合っていました。彼に久しぶりに会ってこの案を相談してみると、さらに斬新な案を加えてくれました。
 通りに直に面している形の玄関を内側に押し込め、玄関の引き戸を開けたところで雨を避けられるよう、屋根のあるポーチを設ける。すると、通りからも家の中が丸見えにならずに済みます。ポーチの部分には自転車も置けて使いやすい。とても魅力的です。
 二人でへいちゃんの事務所に出向き、3Dモデルで家の完成予想図を見せてもらいました。通り側から玄関にかけて入りこむ壁がやわらかなアールを描いていて美しい。この曲面には細かなタイルを貼るそうです。
 トイレを両方残すことなど、私から見れば非効率的なこだわりを諦め切れていなかった夫(仮)も、こうして少しずつことが進んでゆくにつれてどんどん乗り気になってきました。
 夫(仮)はネットサーフィンで、バラのショッピングサイトに加えて壁紙や部材や家具のサイトを巡回するようになってゆきました。私たちは同じヤフオクの画面を見ながら、居間の引き戸にアンティークの扉を入れられないかと検討してみたり、2階にも嵌め殺しの窓を作ろうといってこれまたアンティークの色ガラスを探したり。
 同時進行で、屋上にはまだまだバラの鉢が増えていきます。春になって少し暖かくなると、夫(仮)はここをさらに快適でキュートな場所にしようと、板材を買ってきてペンキを塗って組み立て、カラフルなテーブルとベンチを作りました。
「あのぉ、パーゴラは手伝ってくれない?」
 珍しくヘルプを頼まれました。パーゴラとは、つる性植物を絡ませるための棚のこと。二人で組み立てて、できたばかりのベンチをまたぐように据えつけます。
 心地よく晴れた日の朝、フレンチトーストを焼いた夫(仮)は「天気がいいから今日、屋上で食べない?」と提案してきました。
 シャビーなテーブル、夫(仮)がイケアで買った安っぽいけどカラフルなプラスチックの皿。そこにフレンチトーストと櫛形に切ったオレンジをのっけて、螺旋階段を息を切らして上がり、屋上に通じるドアを開けると、ああ空が広い、郊外のこのあたりは高い建物が少ないのだ。バラに囲まれたまぶしい食卓で遠くを眺めると、おもちゃのロボットみたいなかわいい顔をした新岩淵水門が見える。
 新しい日常が少しずつ、細胞分裂するようにできあがっていきます。押し潰れてゲル状になっていたような自分の生活のひとつひとつが粒立ち、生命力を帯びてきます。

 6月、私たちはタイとラオスに、1週間ほどの海外旅行に出かけることにしました。擬似新婚旅行として。
 夫(仮)はお金がないと言いながらも頻繁に逃げるように海外に飛んでいます。もうそろそろどっか行きたいからせっかくだからいっしょに行かない?と夫(仮)のほうから誘ってきたので、そりゃもう快諾しました。
 彼はいつもLCCを使い、一泊千円を切るような宿に泊まっては観光したりハッテン場に行ったりして、海外慣れしています。語学力や対応力に自信がない私としては大変ありがたい。とはいえ、一泊千円はさすがに不安です。お金出すからちょっといいとこ取ろうよと私が提案すると、今度は夫(仮)のネット巡回先にホテル関係のサイトが大量に加わりました。
 夫(仮)が次から次へとプレゼンしてくれる宿は、古い学校を改装した造りだったり、気鋭のイラストレーターが内装を手がけていたりしてどれもかわいらしい。宿代もそんなに高いわけではありません。
 いくつもの候補の中からステキなホテルを厳選し、私たちは東南アジアに飛びました。バンコクのメゾネット型のホテルに泊まって自転車で遺跡をまわるツアーを楽しみ、ラオスに飛んでルアンパバーンのナイトマーケットで3階の和室に吊すカラフルなランプシェードを買い、ブルーピーの鮮やかなパンナコッタを味わい、カフェやお寺でお互いの写真を気まぐれに撮り合い、薬草サウナに入り、またバンコクに戻って開放感のある宿に泊まり、マンゴースティッキーライスを何度もたいらげました。
 旅程のラスト二日は完全に別行動を取り、私はサイアムスクエアやマーブンクロンセンターといったモールを歩き回ってアクセサリーや服を買い込み、夫(仮)はハッテン場で乱れ咲くオヤジたちの性をむさぼり楽しみ(たかったが、モテずに微妙な戦果に終わり)ました。
 全くケンカもせず、終始楽しく遊んで、仲よく無事に帰ってきました。

 夫(仮)のことをちょくちょくツイッターなどに書くためか、この頃、中途半端に情報を知った人による「能町さん彼氏できたんですね。どうりで最近綺麗に云々」などという手垢のついた文言を時折見かけるようになりました。
 複雑な気分です。
 確かに、男と楽しく旅行に行ってるさまがSNS上に流れてきたら、前後の文脈を知らない人はノロケ的な行為だと感じるだろう。いちいち「『結婚』と言い張ってはいるけれど、相手がフケ・デブ専のゲイライターであるため性的関係と恋愛感情が一切ない」と説明するのは面倒です。
 私は以前から、「夫にこんなに愛されています!」という直截的な話ではなく、何気ない日常語りのなかにきわめて自然な形でパートナーへの信頼とか思慕の情とかが勝手に漏れ出てきてしまっているものがいちばんのノロケだと思っていました。
 自分がドジをして夫にこんなことを言われちゃいましたとか、夫がこんなマヌケなことをしましたとか、「○○ってとてもおいしいですよね。私の夫もすごく口に合ったみたいで......」と、食べ物の話題からいつの間にか主語が移行したりとか。
 ノロケのつもりもなく為されているそういう場面に出くわすと、その人が世界を全面的に肯定しているように感じて圧倒され、いつも断絶を感じていました。
 しかし、私は今や夫(仮)がいる状態です。私が夫(仮)の何気ない話をするさまを、過去の鬱屈した私が他人事として聞いたなら、おそらくしっかりノロケに聞こえるでしょう。ごく一般的な意味での夫婦間の愛情が存在しないところにも、ノロケは成り立つのかもしれない。
 しかし、私たちには性愛や嫉妬が存在しないので、次のようなことも起こりうる。
 ――私は夫(仮)と過ごすことが多くなったので、彼の好みが少しずつ分かってきて、太ったおじさんを見るたびに「夫(仮)が好きそうだな」「夫(仮)のイケメンだな」と思う癖がついてしまいました。私までそういう太ったおじさんに対するセンサーが鋭くなり、夫(仮)が好みそうなおじさんを見かけると、画像を送ってあげるようになっちゃいました。
 この事実は私と夫(仮)の親密さを十分に示すエピソードとなりますが、同時に夫の恋愛を応援している形になる。さて、これも過去の私にとってはノロケとなりうるんでしょうか。
 大いなるねじれが生じている。私は、かつての私に挑戦しているのかもしれない。

 へいちゃんとの打ち合わせも着々と進んでゆきます。
 外壁の一部を抜いて2階の窓を大きくしたい。
 アンティークのドアに似せて、洗面所とトイレのドアに八角形の穴を開けて色ガラスの窓をつけたい。
 ドアの取っ手部分だけ、ヤフオクで買ったノブをつけてほしい。
 ......私たちの希望をへいちゃんに片っ端から伝え、現実的なプランに落としこんでいく作業はとても楽しい。しかし、いろいろのっけてのっけていくと、改装費は当初の予定の3倍以上にふくれあがり、建物の値段を超えてしまいました。
 さすがにおじけづいた私たちは、壁を塗ったり壁紙を貼ったりするのを自力でやることにして節約を考えました。これも共同作業といきたいところでしたが、豊富な経験のある夫(仮)はそれを拒否してくる。
「壁塗りの9割は養生とパテ塗りとヤスリ。だから素人にはできない。壁を塗るのは最後の1割で、楽しいから一人でやるの。手伝うことなんかないから」
 なるほど。専門家がそう言うなら、任せることにします。
 綿密な打ち合わせや業者の選定を経て、北区のアキラ邸の改装はいよいよ9月に始まることとなりました。3階と屋上は手をつけずに残すけれど、トイレはすべて解体してしまうからしばらく生活はできません。
 ふだん使わないけど残しておきたいものは3階に詰め込み、生活に必要な最低限の服や下着は神楽坂の私の部屋に運び込んで、改装が終わるまでの1か月ちょっと、私と夫(仮)はついに神楽坂で同居することになりました。
 いま私が借りている部屋は翌年2月いっぱいで契約更新の時期となるので、そのタイミングで解約し、北区での本格的な同居は3月にスタートさせることにしました。業者による改装の完了から私が今の物件を解約するまでの約4か月は夫(仮)が一人で北区に住み、自力でやると決めた壁塗りを完成させてもらう、という計画です。
 私が仕事で使う大きなテーブルや大量の書籍はとても北区の家には入らないし、長年住みつづけた神楽坂界隈にも未練があるので、私は新たに神楽坂で仕事のための物件を探すことにします。通いやすい場所にいい部屋が見つかるといいな。

 いよいよ改装開始となる前日、「少しずつ進めるつもり」と言っていたアキラ邸の荷物の整理がどう考えても進んでいない様子だったので、片づけの手伝いに行きました。しかし、お世辞にもきれいな家ではないし(人のことは言えないけれど)、何が要るのか要らないのかわからないので、どこまで勝手にやっていいものか。
 週一でここに通っていたあいだほとんど触れたことのなかった台所の棚とか、ほこりまみれの据えつけ戸棚なんかをおそるおそる開きながら、いろんなものをゴミ袋に入れていきます。途中、賞味期限を年単位でオーバーした未使用の茶葉を捨てようとして、ちょっと怒られました。まだ飲めるということらしい。基準が難しい。
 台所の棚の下からは、腐りすぎて炭化したようなバナナが発見されました。
「あーこれだったのね。最近、水回りを掃除してても小蠅がやたら出てきてなんでだろうと思ってたのよねえ」
 だいぶ気持ちが萎えた。結局片づけを手伝いきれず、仕事の打ち合わせのため私は中途半端なところで家を出ました。きっと今晩、夫(仮)は徹夜だろう。もともと大改装しようと言ったのは自分なので、大がかりに荷物を整理させることに罪悪感が芽生え、同居計画に賛成しなければよかったと思われないかな、とちょっと心配になる。
 翌日の金曜、かなり早起きして朝7時から喫茶店に行き、週刊文春の原稿をさっさと仕上げ、睡眠不足にあえぎながらまた北区の家へ。午前中には改装の業者さんが来てしまいます。
 おそるおそる到着すると、夫(仮)はかなり無理したようで、ほとんどのものをしっかり3階に上げてぎゅうぎゅうに詰め込んでいました。幸い完徹ではなく、3時間くらいは寝たとのこと。
 10時頃に改装業者さんとへいちゃんが来て、まだ終わりきってはいない片づけと同時進行で部屋の状況を見てもらい、冷蔵庫、洗濯機、レンジなど、処分したいものを持って行ってもらいました。ついに何もなくなった昼間の部屋で、私たちは外壁タイルのサンプルを眺めたりしてぼやっと過ごします。そのうち軽トラで業者さんが戻ってきたので、夫(仮)はでっかいリュックサックにまとめておいた最低限の荷物を背負い、二人で北区の家を出ました。
 近所の中華料理屋で台湾ラーメンセットと台湾まぜそばをそれぞれ食べ、地下鉄で神楽坂の我が家へ。我が家も人が来るための片づけなど全く済ませてなかったけれど、そういう世間体だのええかっこしいだのが打ち消される一年を過ごしたように思うし、もう何を見られてもいいやと思って、家にそのままご案内となりました。
 二人で、居間とも呼べないテレビがあるだけの部屋に腰を下ろし、私がいつもどおり大相撲を見ているうちに、夫(仮)は眠くなったってんで、お昼寝。
 大相撲中継が終わった頃、私はラジオの仕事があったために彼の足を叩いて起こしました。ちょっと寝ぼけて一瞬ここがどこやら状況が把握できなかったようで、かなりびっくりしていました。
 私は地下鉄でジェーウェーブへ。きれいなスタジオでLicaxxxさんとお話して、せっかく六ヒルまで来たので、帰りがけにおしゃれなパワーサラダを二人分買いました。もうすぐ帰るとLINEを送ると、彼は屋上のバラの水やりを忘れていたので一旦北区の家に戻ったとのこと。21時過ぎに江戸川橋駅そばのコモディイイダで待ち合わせ、晩ごはんの買い物。
 ここから二人での「生活」は始まったのでした。スーパーで二人で買い物をしているとき、なんだか始まったなあ、と思ったのだ。
 さすがにへとへとに疲れているので料理はしたくない、させたくない。ピオーネ、豆乳、納豆、茶、ビール、やたら安かった秋刀魚弁当。
 テレビの部屋で、文机に乗っかった物々を寄せてむりやりごはんを食べるスペースを作ります。二人で同じ弁当を食べ、夫(仮)はビールを飲む。便宜上ビールと呼んでいるけど、いわゆる第三のビールである。私は家でビールを飲まない。家でビールを飲む人が、私の家にいるな、と思う。
 そのあと、夫(仮)は洗い物だの何だのを全部やってくれてしまいました。私はいつもの寝室に引っこみ、夫(仮)は私が夏用に買った薄めのベッドマットをテレビ部屋に敷き、別々に寝る。
 翌朝は、ごはんをなにやら作ってもらって食べました。文机は食卓としては低すぎて、私はソファーに座りつつも皿などを手に持ったまま食べるしかなく、安定しない。夫(仮)は床に直に座る。ちょっと申し訳ないけど、ソファーよりはそのほうが居心地がいいらしい。
 私は午後に用があり、まだこの家に二人でいることへの落ち着かなさもあって、早めに家を出ます。夫(仮)は半年ほど前から勤めている北区の家のそばのパート先に地下鉄で通うことになりました。午後の仕事の用を済ませ、喫茶店で多少の原稿を書いてから帰ると、そのあとに夫(仮)がパートから帰ってきました。
 夜、二人でテレビを見ながら、夫(仮)が買ってきてくれたお惣菜などを食べます。
 食事なんて、ひとりだったらパソコンの前でもそもそ済ますもの。いや、最近は自宅に食べ物を持ち帰ることすらないので、外食で黙々と済ませるものでした。まだたった二日だけど、ずいぶんと家で食事をしている気がする。

 月曜は、朝から取材で出かけました。非常に暑い日で、帰りにハーゲンダッツを買って帰ります。
 ハーゲンダッツ買って帰ったらちょっと喜ぶかな、などと思うのだ。
 夫(仮)は、自分の家ではそんなにやらないのに、元が新しくてきれいな他人の家なら掃除もしたくなると言って、洗剤までわざわざ買って風呂掃除をしてくれていました。洗濯もしてくれていました。
 風呂掃除のとき、排水溝にしこたま髪の毛が詰まっていることに夫(仮)はけっこう引いたらしい。私は完全に詰まって水が流れないくらいになってから、やっとまとめて掃除するのです。そういうタチだからしょうがない。
 それにしても、風呂、掃除、洗濯と、家事の重要なことを何も言わず勝手にやってくれていて、気を遣っているのかな、と思う。でも、さほど違和感はないので深くは考えないことにします。
 火曜、夫(仮)は昼に仕事で出かけ、私は夜に、自分が出るイベントがあるためお出かけ。日付が変わる頃に帰ってくると、夫(仮)は寝そべりながらテレビを見てビールを飲んでいました。
「すっかり自分の家みたいにくつろいじゃったから、誰が来たのかと思っちゃったわよ」
 まだお互いに、帰ってきたところに誰かがいるということに慣れません。

 同居生活が始まって1週間。
 日常が革命的に変わっているのを感じます。
 自分なんかどうでもよいと思っているから、私は掃除もしないし料理もしない、荷物一つすら動かさない、不潔さが自分でギリギリガマンできるレベルで生活をしていました。いや、あれは「生活」と呼べなかった。自分の部屋はただの寝る場所で、加寿子荘を出て以来どこに引っ越してもそこを仮の住まいだと思っていたから、私は一人暮らしの自分の部屋を満足行くまで片づけようと思ったことが一度としてありませんでした。日常が生きてない、活きてない、生活じゃない。
 ところが、人が来たら、違うのです。
 日々が「生活」になる。
 朝、起き、作ってもらったごはんを食べる。今日の予定は?なんて人に聞く。一人だったらそんなんどうでもいい、自分一人で動いているが、二人でいるから聞いておく。何か買ってきて、って頼んだりもする。食材を買いに行くというのでついでに仕事部屋のLEDの電球を買ってきてほしいと頼んでみたところ、近くの商店街を探したけどやけに高いものしかないので買わなかった、という。こんなふうに、自分と同じところに住んでる人が、ある場所に行って、自分と違う考え方で何らかの判断をして戻ってくる。
 そして、私がいないときにも、家に人がいる。私が帰ってくると、その人によって家の様子が少し変わっていたり、片づいていたりする。
 なんてこった。これが生活なのだ。いままで私は生活なんてちっともしてこなかった。これこそがまさにやりたかったことだけど、予想を上回る充実度です。ひとつひとつが新鮮で、毎日驚いてしまいます。おはようと言う相手の人がいたり、おやすみと言う相手の人がいたり。
 すごいのは「ただいま」です。帰ったとき「ただいま」と言える、これには驚いた。
 人だ。人と話す、これだった。
 私は毎日、わざわざ外に出て喫茶店で仕事をしていました。何の用もなくても必ず一度家の外に出ていました。食材を一切ストックしていないから、風邪を引いた日ですら必ず外には出て、何か食べ物を買ってきていました。実用面でも、精神的にも、必ず一旦外に出ないと気がすみませんでした。
 ところが、家に人がいて、話していれば、外に出なくてもさほどの問題がないのです。
 この日はいつ以来だか分からないくらい、一度も家から出ませんでした。ただ家で大相撲を見て、仕事をしただけでした。夫(仮)は午後に家を出て、働いて帰ってきました。同じところに住む複数の人が、それぞれ別の行動をして、最後には家で合流する。当たり前のことだけど、実家を出てからの私の暮らしにはこんなことは徹底的にありませんでした。
 人といると、「生活」ができました。私はこの形態を、自分と夫(仮)の力で作りあげたのだ。自信を持っていい。

プロフィール

能町みね子

1979年北海道生まれ、茨城県育ち。漫画・コラム・エッセイの執筆を中心に、最近ではテレビ、ラジオへも活動の場を広げている。