結婚の追求と私的追求

能町みね子

第18回

グータンヌーボ

 何人かの人とつきあってみたり別れてみたりしながら、私はなりゆきでフリーランスになって文章を書く仕事を得、イベントなどで人前にも出るようになり、似たような仕事の人とごくわずかながら知り合うようになりました。
 女性でエッセイのようなものを書いている人にももちろんいろいろなタイプがいます。私よりも少し上の世代には、「女は世間からの抑圧を打破しなければならない」あるいは「女であることを楽しまなければならない」とゆるぎなく思い、多少世間的なモラルを逸脱していようが、どこかで煙たがられたり嘲笑われたりしようが、そんな非難も軽々と撥ねのけ、コンプレックスも認めながらまるごと自らの女としての在り方に自信を持っている人が多いイメージでした。強く、前向きに励ましてくることが魅力として受け入れられているタイプです。
 私はそういう諸先輩たちを尊敬はしつつも、まったく相容れないものを感じていました。私くらいの世代では、自分の懊悩、コンプレックス、卑屈さなどをまる出しにして作品に書き記し、優しさと表裏一体となっている情けなさをあらわにすることで、結果としてそれが読者の支えになるというタイプが増えたように思います。自分で言うのは面映ゆいですが、おそらく私自身もこういったスタンスの文章であろうと思っています。
 しかし、同世代の女性で、似たような傾向で似たような仕事の人たちとすぐ仲良くなって共に励まし合ったり慰め合ったりできるかというと、まったくそんなことはありませんでした。
 そもそも仕事を共にするという機会が少ないので接点が持ちづらいですし、なにより、私は文章を書くという仕事の面ではそれなりの自信を持ってやっていたものの、「女性として」という面では容姿以前に性や恋愛について猛烈なコンプレックスがありました。同じような業界で、同じようにコンプレックスを作品に昇華していたとしても、自分こそ女として真に最底辺の存在である、という思い込みはそう簡単には消えません。私を含めた似たような仕事の同世代の女性たちが「女性エッセイスト」というざっくりしたくくりでまとめられることについては、場違い感と嫉妬を同時に感じていました。
 だって、彼女らは自分が女性であるという自認については(たとえそれが不本意であったとしても)何の疑いもないし、男性に恋愛をするということについても(それがうまくいっていなかったとしても)疑問なく行使しているように見えます。そんな人たちとニコニコ仲良くするには相当肩に力を入れてかからなければなりません。自然と、そういう関わりは避ける方向に行きました。
 ところがどういうわけか、雨宮まみさんだけは、芯の部分での同業者であるように感じるようになりました。

 最初の接点は、雨宮さんが『女子をこじらせて』という初の単著を出すにあたり、それを記念して行われるトークイベントの対談相手として急に誘われたことです。
 雨宮さんは、私がそのときにネットで連載していた漫画『ときめかない日記』に深く気持ちが重なるところがある、という。この漫画は、私同様に恋愛自体に乗り気になれない主人公がむりやり恋愛をしようとして起こるトラブルを描いたものです。雨宮さんはこのイベントで、私と「人が普通にやっていることが必死にならないとできず、それを乗り越えてもむしろ傷つくことがいっぱいある......というダウナーでつらい現実をどう生きていくのか」というテーマについて話したいらしい。
 当時、私は雨宮さんの文章についてはさほど知らず、「AVライター」という肩書きからしてもっと強靱な女性をイメージしていました。恋愛での失敗譚が多少あったとしても、しっかり女としての人生を楽しんでいる人という先入観がありました。私の漫画に共感することなんて想像もできず、その思いを疑いすらしました。しかし、思い切ってオファーを受け、メールなどでやりとりしているうちに、どんどん親近感が湧いてきたのです。
 趣味がそんなに合うわけでもないし、雨宮さんの容姿・性・恋愛の話についても別世界の話に思えて、当初はかなりの羨望や嫉妬がありました。しかし、ネット上で話しているうちに、彼女も強烈なコンプレックスを抱えて「女をこじらせ」て育ってきたらしいことが信じられるようになり、それを自著であられもなく曝け出している様子にも好感を覚えました。また、文字で会話を交わしているときの言葉の真綿のようなやわらかさ、加えて、身も蓋もないことを言えば彼女の容姿に憧れていたこと、こういった点も不思議と私のこわばっていた肩の力を抜かせたようです。
 そうして私たちは、二人きりで対談イベントをすることになりました。事前に直接会ったのは、イベントの打ち合わせのためのたった1回。それでも、どうにかなりそうな確信がありました。
 2012年の3月、阿佐ヶ谷ロフトAというライブスペース。雨宮さんの本はすでに前年末には発売されていて、その数か月後に私の漫画『ときめかない日記』が本となって発売される予定だったので、そのちょうど中間あたりということで、イベントタイトルはこの2冊をまとめたものになりました。「こじらせ女子のときめかない日常」。
 ツイッターでイベントの告知をする雨宮さんの文章は常に優しさにあふれていました。自分の宣伝よりも対談相手の宣伝を優先しているほどです。来てくださる方は能町さんの『ときめかない日記』(この時点ではまだネット連載されていた)を読んできてくださいね。読んだら平常心ではいられないかもしれないよ――という書き込みを見て、私もすぐに、雨宮さんの『女子をこじらせて』ももちろん読んできてよね、でもその場で買うのもアリですよ、と呼応したのですが、すると彼女はさらに、私の以前の著書である『縁遠さん』もおすすめ、と返してきます。優しさではかないそうにありません。

 イベント当日。私はその頃すでにトークイベントという形式には多少慣れていたものの、身だしなみが完璧に見える美しい雨宮さんと対峙する緊張感をほぐすために、私なんてロクに化粧もしてなくて、だとか、雨宮さんみたいにちゃんと人前に出るような格好をしてくるべきだった、とか、ついついのっけから過剰なまでに下から出てしまいました。それに対し、雨宮さんも謙遜したり卑屈なことを言ったりしながら、これって「劣等感プロレス」だよね、という新しい言葉を出してきました。
 確かに私たちのような者は、誰を見ても劣等感にさいなまれ、先に先にへりくだることで自分のプライドを守る手段に出てしまい、へりくだりと卑屈の応酬になります。まさに劣等感による技の掛け合いです。
 ほかにも、話していくうちに、私たちには驚くほどに共通項が見つかっていきました。
 私の家と、雨宮さんのかつての勤め先が徒歩2、3分ほどの距離だったこと。
 誰かの彼女になれたとき、自分が思う女の子らしい行動や演技、すなわち「彼女プレイ」をしてしまい、自分で自分が気持ち悪くなってしまうこと。
 それぞれ、「坊主にしてこそ女性性が覚醒する(雨宮)」「どんな髪型であろうと私は間違いなく女である(能町)」という先鋭的な理由で坊主にしたことがあること。これについては、私が五分刈り程度だったのに対し雨宮さんはなんと剃り上げたのだそうで、私は負けた気分になってしまい、いやこれは勝ち負けじゃないでしょ、と変に慰められたり。
 恋愛観も、「恋愛とは何か」を考えすぎていきなりネットを通じて見ず知らずの人と出会うというおかしな方向に走り出した私と、彼氏を作らなければならないと焦るあまりテレクラに走った雨宮さんとでは、全然違うふるさとの話をしているのに思い出がどこかで重なっているかのような気持ちになりました。
 そして、このイベントで二人が最も力を込めて話したのは、自分の中身(特に自虐)を仕事として書くことによって、モテや幸せを捨てるかどうか、という問題でした。
 自虐じみたことを仕事として書いている人間は、幸せになったらおもしろくなくなるんじゃないか、などと言われがちです。しかし、私たちはごく自然なスタンスで書いたものがこんなテイストになっているだけであって、別に仕事のためにわざわざ不幸に飛びこんでいるわけではないのだ。これについても二人の思いは同じ。
 ということで、私は「目標は、幸せになって『つまんなくなった』って言われること」と言い切りました。
 雨宮さんも賛成して、「幸せになってからダメになった、って言われたい」と言い、さらには「結婚して、結婚指輪をした手を重ねている写真をネットにアップすることにすごい憧れてるんだよね」と言いました。
 これには、ちょっと引いちゃいました。あ、ここはさすがに私と違うな、と。

 ともあれ、今までただでさえ「同業者」として話せた相手がほとんどいなかった私としては心底満足できたイベントになりました。雨宮さんも、ツイッターで「能町さんと心が寄り添いすぎてしゃべりすぎました」と書いてくれ、私は同志を得た喜びを感じていました。
 私はこの頃、ちょうど漫画家の久保ミツロウさんとも仲良くなりはじめていました。イベントからの帰宅後、私たちは所用でどうしても来られなかった彼女をフォローする形でネット上でじゃれ合い、そのうち三人で飲もう、劣等感で殴り合いをしよう、ということになりました。
 きらびやかな女性芸能人たちがキャイキャイと恋愛トークをする番組になぞらえて、私たちは劣等感のグータンヌーボだ、と言いだしたのは久保さんだっただろうか。人に向けたイベントではない、本当に三人だけの劣等感グータンヌーボは実際にお互いの自宅で何回か行われました。
 ただし、私たちはサークルでもなければ、徒党を組むつもりもない。
 わざわざ定期的に集まろうとしない(義務感を負わない)、三人という人数についても必然としない(束縛しない)、料理を作って持ち込むようなタチじゃないので出来合いのお惣菜ですませてよい(「女として」みたいなことを考えない)、お互いの劣等感については励ますわけでもなく、なるべくただ聞く(無理に克服しない)――私たちは特に示し合わせたわけでもなく、なんとなくこういうゆるやかな友達となりました。

プロフィール

能町みね子

1979年北海道生まれ、茨城県育ち。漫画・コラム・エッセイの執筆を中心に、最近ではテレビ、ラジオへも活動の場を広げている。