結婚の追求と私的追求

能町みね子

第16回

カプリチョーザ

 相磯さんは体を寄せてきて、少しずつ覆いかぶさるような体勢になり、私の視界は彼の顔でいっぱいになりました。じっとりとした肌にプツプツと毛が生えています。鼻には多数の毛穴から発せられたぬるっとした体臭が侵入してきます。
 男性とのセックスは初めてです(女性ともしたことはないけど)。現時点で、視覚、嗅覚、触覚ともにまったく心地よいものではないけれど、全体の印象としてはどうでしょうか。抵抗、ありますか? うーん......意外と、ないですよね。ね。意外にも大丈夫そうですよね。うーん、いけるんじゃないですか、これは。
 感覚について自問自答していると、相磯さんは「電気消そうか?」と言ってきました。そうかなるほど、こういうときは女は恥ずかしがって電気を消すものだった、と思いつきました。
 うん......、という返事のトーンで私が恥ずかしそうに装うと、相磯さんはベッドの上段からやや遠いところにある電気のひもにこわごわと手を伸ばし、引っぱりました。部屋が薄暗くなり、彼はまず自分のTシャツを脱ぎます。つづいて私のシャツを脱がせようとしてきましたが、少しぴったりしているので、うまく脱がせられません。もたもたしていてまどろっこしいので、私が自ら脱ぐ形になりました。すると彼はまだブラジャーをしているままの私にのしかかってきます。じっとりした彼の胸と腹の肉が私の内臓を圧迫し、同時にブラジャーの細かな縫い目や凹凸が肌にぐいぐい押し当てられ、不快。ちょっと待って、と言って体を一旦起こし、私がブラジャーのホックを外そうとすると、彼もわざわざ私の背中に手を回して私より先にホックに手を掛けようとしてきて、結局それはうまくいかずに私が自分で外すことになって。
 無駄な動きが多い。
 もっとスッスッスッと、なめらかなプロセスで目的に到達したりしないものなのか。大人の男と女のセックスという楽しみは、もう少しオシャレでスタイリッシュなものではなかったのか。だいたいこんな汚い部屋の、貧乏くさいロフトベッドで......夢がない。
 どうにか二人とも上半身裸になると、彼はまたのしかかってきてついにびったりと私の口に唇を押しあて、びちゃびちゃとした音を立てて吸いつき、そのあとは私の首にしがみついて何か所も吸いついてみたり、そこから少しずつ下に移っていっていろんな部分をなめてみたり。
 この流れなら当然下半身も脱ぐことになるはずですが、彼が「下も脱がせていい?」と囁いてきたのに対し、私は恥ずかしそうな口調を装いながら頑として拒否しました。まだ私は身体的に男性であったし、その生々しさを見せたくないのです。先方も無理強いしてこないので、そこは助かりました。
 それにしても、彼が自ら私のパンツを脱がせようとしてきたのには内心驚きました。雑談のなかで以前に彼女がいた時の話はすでに聞き出していたし、ゲイでもなければ、ニューハーフ好きのような指向があるわけでもない、いわゆるノンケであることは確定的だと思っていたので、一体私に対してどう思っているのかよく分からなくなりました。
 ただ、こういう体だろうが気にせず女として扱ってくれ、セックスの対象として見てくれる人だということは確かだ。しかも下を脱がせるかどうかについて、気づかってくれる。とてもありがたい。
 彼は自分だけ下も脱いで、全裸になりました。暗いのでよく分かりませんが、私は初めてこんな近くで見たり触ったりして、それでも特に不快さを感じることはありませんでした。薄暗がりの中で、吸われたりなめられたりして、相手がそうしてくるから私も返したほうがいいのかと思って同じようなことをし返したりして......この行為はいつになったら、何が起きたら終わりになるんだろうと思いながら、それでもまったく拒まれずに距離感がゼロになっていることにはそれなりの満足感と快感があり、なによりこういった試みが初めてだったこともあって新鮮で、いちばん初めに会ったときの相磯さんに対する抵抗感はかなり薄れてきました。

 そのころの私は昼にアルバイトとして働きながら夜間の専門学校に通っており、その学校のあとには頻繁に大井町に泊まりに行くようになりました。
 私が頻繁に来るようになっても、相磯さんの部屋の汚さは一切変わりません。初めこそ、このゴミ溜め部屋を私の力でどうにかせねばならない、などと決意していたのですが、ここまでではないにせよ自分の部屋もかなり汚いし、そもそも掃除はまったく得意ではありません。それに、自分の部屋に侵入されるのが嫌いな私は他人もきっとそうだろうと思っているので、人の物を勝手に移動したり捨てたりすることにはかなりの抵抗感があります。結局ずっとどこにも手がつけられず、時々思いついたように文句を言いながらも放置し、ベランダの朝顔などを見て「まあ、ひとんちだし、別にいいか」などと思ってしまっていました。
 秋が近づくころにはレンタカーを運転してもらい、気まぐれに相模原から津久井湖を通って山梨県の山あいに行き、川沿いの景色を楽しみました。相磯さんは意外にもキャンプ用具を持っていて、川のほとりで火を焚き、コーヒーを淹れて満足げに飲んでいました。どこに泊まるかも決めていなかったので、私は行ったことのないラブホテルというものを提案しました。真っ暗な田舎道を走りまわり、怪しく光る看板を目印にモーテルタイプのラブホテルを見つけ、悪趣味な内装の部屋で抱きあったりしました。
 11月の相磯さんの誕生日には、本人の希望でカプリチョーザに行きました。お金はないけれど、ここは私のおごりです。いつもは頼まないサイドディッシュもたくさん頼み、デザートプレートも作ってもらい、最後にブルーブルーエで買ったルームシューズをプレゼントしました。
 年が明けて、バレンタインデーには初めて手作りチョコというものに挑戦してみました。大きすぎるハートの金型を買い、貧弱な自宅のキッチンで甘いばかりのデカくてぶかっこうなチョコレートケーキを作りました。ありきたりなラッピングをして大井町の汚い部屋にいそいそと持ち込み、おいしいじゃん、という普通の感想に満足し、またロフトベッドの上段にのぼって相磯さんの好きなDo As Infinityを流したままセックスのようななめあいをしました。
 トイレにある謎のCDラジカセは、相磯さんが用を足したついでに長居するためのものでした。便器に腰掛け、Do As Infinityや洋楽メタルをかけながらヤンマガや漫画を読むのが彼のちょっとした幸せのようでした。最初はその習慣を恥ずかしがっていた彼も、あるときにそれをカミングアウトし、そのうち私がいるときも平気でトイレに長居しながら音楽を聞くようになりました。トイレから小さな音でシャカシャカ漏れ出てくるドゥーアズやエアロスミス、メタリカ......シャカシャカした音、そのあとのドシャーッという流水音。それを私は当初ほほえましく思い、だんだんなんとも思わなくなり、やや不快になり......ついには、ものすごくダサく感じてきました。
 誘われて行ったDo As Infinityのライブも、まったく趣味ではないので、いっしょに帰るときに何の感想も言えませんでした。
 セックス的なことにも飽きてきました。
 似たようなことばかりで、何もかも新鮮味がなくなってきました。
 私が思う、世間一般の人がしている恋愛というものを一年でひととおり。セックス的なことをしてみたり、ドライブデートしてみたり、手作りチョコに挑戦してみたり、二人で部屋でだらだらしてみたり。思いつくようなことをだいたいやり終わると、もう何も出てこなくなり、部屋の汚さの印象は何倍にもなり、彼の容姿や体臭は我慢ならないものになり、大井町に行くのも面倒になってきました。
 まともなセックスもできないこんな私を好きになってくれている、という、感謝と申し訳なさの入り交じったような気持ちは急激に色あせ、私はどんどん傲岸不遜になっていきました。
 そもそもこんな汚部屋の、だいぶ年上のフリーターの、話のつまらない、話の合わない、外見もまったく好みではない、風呂にネットワークビジネスのシャンプーを置く、トイレに古いCDラジカセを置いてメタルを聴く、ネットで出会ったような人と、結婚......というのは、とても考えられない。それはさすがに当初から思っていたことだ。私は友達を出し抜くくらいの勢いでさっさと結婚するつもりじゃなかったのか。その可能性がないなら、このおつきあいには何の意味もない。なんでつきあうことにしてしまったのか。
 そして、私はおつきあいをやめることにしました。
 ある日いっしょに行ったファミレスで、少しだけ勇気を出して、唐突に別れたい旨を切り出しました。いきなりなんでなの、どうしたの、と穏やかに訊いてくる相磯さんはいかにも平静を装った様子で、パニクらない大人の男性を気取っていました。私はその態度に乗じて、いや、なんかもう、耐えらんないんだよねえ、と内容のないことを言い放ちながら苦笑いの表情を作って席を立ち、もうそれから二度と会わないことにしました。意外にも、相磯さんのほうから追いすがってくるようなこともなく、本当に二度と会うことはありませんでした。
 一年ちょっとのおつきあいでした。自分の部屋に呼ぶことは結局一度もありませんでした。

プロフィール

能町みね子

1979年北海道生まれ、茨城県育ち。漫画・コラム・エッセイの執筆を中心に、最近ではテレビ、ラジオへも活動の場を広げている。