結婚の追求と私的追求

能町みね子

第12回

シフォンケーキ

 振り返れば私はインターネット黎明期の前世紀末から、ネットを介して人と出会うことにさほど抵抗がなかった。
 大学入学直後に初めてインターネットを楽しめるようになってほどなく、私は乱立していたさまざまなBBS(掲示板)に出入りして、そこで興味を持った人に会うという楽しみを見いだしていました。
 ネットを通じて人に会うというと、いわゆる「出会い系」で恋愛やセックスが目あてであったり、今でも少しいかがわしいイメージがあるけれど、私の場合は当時ストレートに「性」そのものに興味があったのです。まだ20歳にもならず、私自身の性的志向もよく判別がつかない頃。私は自らのセクシャリティやフェティシズムと折り合いをつけ、堂々と生活しているように見える人にとても惹かれていました。各種BBSで展開されているそんな人たちのコミュニティで交わされる会話を読みまくり、そのうち読むだけにはとどまらず書き込んで参加もしてみるようになると、実際に会話相手に会ってもう少し深い話を聞いてみたくなりました。
 行きつけのスナックで顔を覚えられるかのように何か所かのBBSで馴染みとなって、常連同士で文字での会話を重ねていくうち、私が最初に興味を持って会いたいと思ったのは、あるBBSの主である美術講師を名乗る人でした。
 その人は、図体が大きくてお世辞にも女性には見えず、声もしゃべり方も完全に男性のままであるにもかかわらず、ふだんから女装をして堂々と過ごしていて、そのうえスカトロマニアであることすら隠していないという、今考えてもかなり強烈な人。
 大久保駅近くの喫茶店で待ち合わせ、柔らかい笑顔を見せるその人にケーキをおごってもらいながら、私の失礼な質問や性の悩みについて親身に聞いてもらい、特に危ないことが起こるわけでもなくその日の冒険は終わりました。帰り道、私は悩みを語れたことよりも、なにより「ネットを介するとこんなとんでもない人にも会うことができる」ということに、世界が爆発的に広がったような興奮を覚えていました。
 味を占めた私は、その後もネットを徘徊してさまざまな人にアクセスし、時には一対一で、時にはグループで、恋愛や性的な関係一切なしに純粋な興味でいろいろな人に会ってきました。
 性に奔放すぎるほどに奔放なゲイの人、すでに女性への性転換を済ませている人、女性になりたいといってふだんからロリータファッションを着ている年配の人、女性から男性になろうとしている比較的若い人、OLとして働いている真性半陰陽の人、露出症の人、小児性愛の人......興味の赴くままにお昼にそんな人たちに会って、酒も飲まずただお茶をして話をする。そんなことを、仕事でもないのにまるでライフワークのように続ける大学生の私。
 さまざまな志向・嗜好の人と話しながらズケズケ質問をしていくと、時にはこちらのデリカシーのなさをたしなめられたりもしますが、性に関する偏見や思い込みはすさまじい勢いでかき回され平たくなっていきます。これがたまらなく心地いい。不特定多数の人が出入りするBBSから関係性が始まっているので、人目のあるところである程度やりとりしてから出会うことになり、安全性もそれなりに担保されている。
 こうして私は、インターネットを介して人に会うことは、こちらが常識程度の警戒心を持っていさえすればなんら危ないことではないという確信を得ていきました。
 ところで、私が一方的に興味を持って会ってみたいと思ったところで、先方だって私に会ってみるだけのメリットがなければ面会は成立しません。そのためにどうするか。私はこれについては多少の勝算がありました。
 私が出入りしていたのは、たいてい性に関する何らかの特殊性や悩みを抱えた人が集まる場。そこに参加するためには、私自身もセクシャリティを開示しなきゃいけない。そのとき、私は自分をごくわずかに脚色してアピールしていました。
 まず、現状は男性として暮らしており、女性になろうかどうしようかという悩みを抱えていることは正直に書く。しかし、その悩みぶりは実際よりもだいぶ深刻そうに表現し、そのうえで、10代で断然若いこと(参加者はたいがい20代後半から30代だった)、すでに外見はほぼ女性であるということ(そう言いながらも顔写真は出さない)をなにげなく強調。さらにどことなく奥ゆかしくアンニュイな態度を見せれば、勝手に読み手はそうとうな美人を想像してくれます。
 チョロいもので、これだけで会ってみたいと思わせるに十分すぎるほどの引きになった、はずです。先方も、悩みの度合いはそれぞれとはいえ、人には言いづらいことを抱えており、もともと誰かに話したい気持ちがある。どうせ会って話すなら、若くてきれいな人と会ってみたいはずですよね。いざ会ってしまえば、向こうがどう思おうが知ったこっちゃないですし。

 こうして「性」について会話だけで探究する時期を経て、社会人になった頃には、なんとなく自分のセクシャリティの外形がうっすら見えてきました。すなわち、やっぱり女性になろう、ということ。
 しかし、知らない人に会って新鮮な話を聞く作業に一段落つけ、いよいよ女性になる実践段階に移ろうと決意してからも、私は似たようなBBSなどを徘徊することをやめませんでした。現実世界では、セクシャリティに関する固い決意をまだ堂々披瀝できるわけでもない。社会的には男性として暮らしているので、愚痴やら悩みやらをこぼす場所が必要でした。
 SNSというものが登場するほんの数年前に見つけたあるマイナーなサイトは、ちょうどSNSとBBSの中間くらいの立ち位置。会員登録をして自分のフィールドを構え、そこに日記のような駄文を書いて待つともなく待っていると、偶然訪れた会員の人とゆるやかな会話ができるという仕組みでした。セクシャリティもマイノリティもそもそも関係なく、いわゆる出会い系のために作られたサイトでもなく、同じ趣味の人たちが集まって会話したり、真夜中にたださみしさを紛らわせたりするという使い方がメインのサイトだったと思います。
 私はそこに登録し、ハンドルネーム「曇り」としてサイトのメンバーとなりました。
 名前の由来は、登録したときに外が曇っていたから。そして気持ちも曇っていたから。
 もちろんこんな安直なアンニュイさも、ネット上で人を引きつけるためという打算がある。そこでも私は相変わらず、セクシャリティを開示し、若さや見た目の雰囲気などは匂わせつつも顔写真は一切見せず、たいがいぐちぐちと悩みや後ろ向きなことを書き綴り、時には個人情報がバレない程度のささやかな日常をつぶやいていました。言葉遣いはいかにも当時の20代らしく、ある程度サバサバしつつも奥底にぶりっ子っぽい粘っこさや根暗さを滲ませたもの。もう少しタイミングが遅かったらメンヘラなんて言われそうな態度ですが、こういうふうにやや病んだ感じの文章で人を引きつける技術は、大学時代にBBSで経験的に学んだことをさらに応用したものです。
 こんな雰囲気の悩める若い子のところに集まってくる男の人たちは、ただただ優しい。性転換をして女になろうとしているという特殊でデリケートなゾーンはきちんと気にしつつ、女として扱ってくれる。おだてられたり慰められたりしているうちに、私はどんどんいい気になっていきました。ちょうどいい距離感で見ず知らずの男たちがよってたかって言葉で癒やしてくれるぬるま湯にすっかり浸かり、私は日記での擬態がどんどんうまくなっていきました。
「たまーにお菓子を作る。雨の日とか、ひまでひまでしょーがないときとか。こないだはシフォンケーキを作ったけど、意外とうまくできたなあ。でもレシピにあったお酒の入ったヤツはちょっと苦手だから工夫のないプレーンヽ(#・∀・)ノ 酒は呑むくせにNe!!!」
「まーた夜中になってしまった。昨日中古でコーネリアス買ったらヘビーリピート。ほんとは世代なくせに、田舎もんだから知ったのが遅かったー。いいかげん2時には寝るようにしたい...(=TωT) 今後どうしようかなーとか、ぼんやり考える。こないだ新宿でナンパされて変に外見に自信持ってしもたw このままでもイケんじゃね?バレないんじゃね?とか思うw」
 シフォンケーキなど作ってない。酒も本当はそんなに飲まない。ナンパというのも、実際には一応まだ男性として生活しているのに、道を聞かれたときにおそらく女性だと思われていてうれしかったという程度の話である。
 知性は見せつつも油断も見せて尻軽さを演出し、固有名詞を入れることで「この子はリアルに存在する」という実感を持たせ、率直にさみしさを表明してはいないのにどことなく構ってあげたい欲を刺激する、ホームにへばりつくガムのごとき粘着性を兼ね備えた文体。
 ごく小さなコミュニティの中で、私はどんどんかわいこぶることが楽しくなっていました。私をネット上で構ってくれる男性はどんどん増え、だんだん自分がアイドル化していくのが分かります。

 私のフィールドに毎日のようにコメントを残していく人たちの中でも、どうやら東京に住んでいるらしい「ルカ」と名乗る男性が少し気になってきました。といっても別に好きになったわけでもなんでもなく、彼が私のことをかなり気にかけているようだからおもしろくなってきた、という状況です。
「おはよう。曇りさんが作ったケーキ、食べてみたいなあ。僕も料理はするけど、とても人には食べさせられない (_;」
「おはよう。僕は音楽には詳しくないから、曇りさんが言うミュージシャンがいつもわからないw 音楽をやることには興味はない?」
「ルカ」は私が書いている内容を丁寧に拾ってくれはするものの、あまりに当たり障りのないコメントばかりで、率直にいっておもしろみはまったくない。だいたい「ルカ」というハンドルネームからしてセンスを疑ってしまう。それでも、毎日のように何かしら書いてくれる、そして、一言二言ではなくそれなりの長さの文章を残してくれて会話が成立する、という二点だけで、コメントをしてくる男たちの中でも印象は頭一つ抜けていました。

プロフィール

能町みね子

1979年北海道生まれ、茨城県育ち。漫画・コラム・エッセイの執筆を中心に、最近ではテレビ、ラジオへも活動の場を広げている。