結婚の追求と私的追求

能町みね子

第10回

マヨルカタイル

 イベントが終われば私はせっせとツイッターでいわゆるエゴサーチをし、感想を確認します。
「結婚に向けてのんびり事が進んでいるのをずっと生暖かく見守りたい」
「アジアンガーリーを見つける旅に出たくなる」
「お付き合いし始めの空気感にこちらがなんだかどきどきしてしまった」
「マレーシアのマヨルカタイルの写真がたくさん見れて嬉しかった」
「想像以上にお似合いで、楽しそうで嬉しそうでいいなあ!」
「ミャンマーの音楽が新鮮」
「相思相愛のお二人が微笑ましかった」
 私たち二人の関係性についての話に東南アジアの国々が挟まってくるので、このツイートだけを見ると何のイベントだかさっぱり分からない。しかし、ことごとくポジティブなことばかり書いてあるので一応ホッとします。小さな会場だというのに、いや、小さいからこそ、お客さんの熱意は強く、出演者への好感度も高く、来場者がなんらかのコメントをしている割合も高いのです。
 やはり自分たちについての話題で2時間も保たせるボリュームはなかったため、予想どおりというか予定どおり、後半はお互いがそれぞれの旅行の写真を披露してお茶を濁すという一貫性のないイベントになってしまいました。アキラはマレーシアやカンボジア、私はミャンマー。街並みやら看板やらタイルやら、スイーツやら猫やらをモニターに映して説明しながらそれぞれ旅行のみやげ話を語るというユルユルの内容です。二人でいっしょに行ったわけではないからこの場で紹介する道理もないし、何をやってもある程度許してくれるお客さんの好意に甘えた形。内輪受けみたいなものだから、最初から好評なのは分かってるんですが。
 イベントとしての完成度はお客さんが満足なようだからまあいいとして、振り返ると私にとって大事なのはやはり前半でした。「初デート」のとき同様、私は自分自身に対して何かお膳立てしないと物事を進められません。ふだん一対一では言いづらいことをこの場の勢いを借りて話し、事を進めたい。イベントを引き受けたのはノリみたいなもんですが、私にとってはこういう舞台装置作りが不可欠です。
 まずはお客様に向けて、私たちがどのように出会ったか、「結婚」について今日までどのように事を進めてきたかをひととおり説明して状況認識を共有してもらうことにしました。何より現時点で目玉となるトピックは、くしくも以前に一度ここに来た日、運命的な「プロポーズ」があった、という話。
 ところが、私が満を持してその話に入っていくと、「冗談で言ったんだけどねえ、そこからあれよあれよと」などとアキラは言ってきた。
「え、冗談だったの?」
「そりゃー冗談ですよ、そういう前提で会うっていう話だったから言ってみたのよ」
 あまりにもあっさりと言うので、動揺してしまう。
「いやまあ、確かに『本気のプロポーズ』だと思っていたわけじゃないけど......、うーん、でも『結婚』に進みたいというのは本気だし......。えー、でも、そうか......冗談かぁ」
 以前の「不意打ちプロポーズ」に妙な様式美を感じ、それを大きなターニングポイントに感じていた私としては、簡単に「冗談」で片づけられて少々ショックです。恋愛ではないと自ら何度も前置きしているというのにこう感じるということは、私はつくづく戯画化された恋愛ごっこが好きだということです。嫌になる。
 しかし、こうなるともしかしたら「冗談」のフィーリングや範囲がお互いだいぶ違うのかもしれないと思い、私はこの流れでつい核心に迫る質問をしてしまいました。
「じゃあ、私は本気で戸籍上も『結婚』するつもりだったけど、それはどうなんですか?」
「そうねえ......『結婚』はちょっと考えられないかなあ。だってもしも入院したときとか重病になったときとか、手続きしたり介護したりって、申し訳ないでしょ。そこまでやらせるつもりになれないもん」
 明らかな見解の相違!
 口調からして「結婚」の話自体が根本からおふざけだったという感じではありませんが、思ってた感じとは違う。人前で話さないとこうした問題点にたどりつけないものなのだ。
「そうかあ......私は全然そういうのもする気だったけどなあ......」
 少々とまどって口ごもっていると、アキラはまた予想外のことを言い出しました。
「だいたいあなたね、別に私のこと興味なかったでしょ、ツイッターをフォローしてきたのも最近だし」
「いや、興味はあったよ!でも、えっ、フォローしてなかったっけ?」
「してなかったわよ、いま見てみたら分かるって。フォローしたのここ数か月のことよ」
「あー......そっか、たまに見に行くだけだったんだっけ」
「そうよ。でも私はツイッターを始めてすぐくらいに能町さんのことフォローしてるんだからね。最初会ったときは『あの能町みね子だ!』って感じだったんだから。一方的な、一途なファンですよ!」
 法的な結婚については全然乗り気じゃないのに、アキラの私への(ファンとしての)好意は思ったよりもかなり深いものだったと分かる。これもまた意外です。
こうなったら価値観の違うところを徹底的に詰めておこうと思い、同居に向けての具体的な方策にも踏み込んでみました。私は少なくともアキラの家のお風呂を直さないことには住めないので、いずれ同居するにあたっては改装したい、と勝手に考えていました。そのことを提案してみると、彼としては改装のお金さえ出してくれるなら歓迎とのこと。それどころか、お金を稼いでもらえたら家事だってするわよ、専業主夫やるわよ、と。
 あっさりと利害関係が一致。同居にもかなり前向きであることが判明しました。この件に関しては何の問題もなかったというのに、これはこれでちょっと拍子抜けしてしまう。私自身、こういったことは利害だとか打算とかに基づいてドライに粛々と進めたいと思っているはずなのに、相手も同じようにドライだと心底ではどこかしら不満らしい。人生の転機はもうちょっとドラマチックになるんじゃないかという先入観がまだ自分のなかにこびりついているようです。
 それにしても、割り切って事務的に「結婚」だけをしようと思っていた私でも、計画を進めるにつれて、自分自身のややこしい感情や、相手との考え方の違いを消化することにかなり苦心するわけだ。こんなたいへんなことを、大多数の人は恋愛、いや、片思いといういちばん面倒臭いスタート地点から段階を踏んでやっているんですって。なんてことだろう。両者の歩みが何から何まで一致するなんてことはなさそうだし、どちらかが異常なモチベーションでリーダーシップをとって進めないと、こんな一大プロジェクトは完成しないでしょう。気が遠くなります。
 ともあれ、「結婚」に相手が積極的ではないことについては当初の私の計画と違うものの、未来に向けての目標がだいぶ整理できてすっきりしました。まだ半分以上敬語で接してくるアキラに、私をなるべく呼び捨てにしてくれるようにもお願いしました。多少は「夫婦」らしさを育てていかなければ。

 イベント終了後、アキラは長年の私のファンだったことをしっかり打ち明けた勢いで、「そういえばまだもらってないから、サインくださいよ」と言ってきました。こういうときに客に売りつけるのよ、と言って、自身の著書である「世界一周ホモのたび」シリーズを会場に持ってきていたので、そのなかの余ったものに書いてくれという。
「夫」に求められて「夫」の著書にサインを書きつける「妻」。何だこのちぐはぐさは。割り切れない気持ちでサインを書きつけると、「光栄です〜」なんて言ってくる。
お客さんはみんな相思相愛だとかお似合いだとか言ってくれるけど、いいかげんなもんだな。来てもらった人に対して言えた義理じゃないけどさ。

プロフィール

能町みね子

1979年北海道生まれ、茨城県育ち。漫画・コラム・エッセイの執筆を中心に、最近ではテレビ、ラジオへも活動の場を広げている。