結婚の追求と私的追求

能町みね子

第6回

マカロニサラダ

 トークイベント当日。腹の下しぶりもようやくほどほどに落ち着きまして、どうにか人様の話を楽しめそうなくらいの体調は保っていましたので、高円寺駅で待ち合わせ。
 9月の頭でまだまだ暑いさかり、まとわりつくような湿気の土曜日の夕方です。私はデートのロールプレイとして、ふだんあまり着ないワンピースを着てみました。ド派手な色を使わない、わりとシックなもの。
 これは自分に対して「今日はデートだぞ」と自覚をうながす目的ではなく、相手に失礼のないように、というつもりでの装いです。一応、「デート」の誘いも、「結婚」の誘いも、私から言い出したことであるから、一方的なふざけ半分やノリにつきあわせているわけではないという誠意は見せておきたい。
 それに対し、サムソンさんはタイで買ったとかいうTシャツで。このバランスでいい。私が少しだけ気張っているというスタンス、これがちょうどいい。
 かなり久しぶりの対面だというのに、ツイッターでよく会話しているうえ、高円寺はよく来る場所で慣れているためどうにもドラマチックさがなく、私たちはするっと日常のように「二人でイベントを観に来た」という設定に入ってしまいました。いや、正直なところ、会った瞬間のことなど特に思い出せません。それほど当たり前に感じられることだったのかもしれない。
 北口の細くて猥雑な通りを抜けて「高円寺パンディット」へ向かいます。ごく数分間の道のりですが、そのときにいったい何の話をしたのか、これまた覚えていません。お互いにぎこちない敬語であったことだけは間違いない。
 このイベントの席は、私が誘ったくせに、サムソンさんに取ってもらっています。というのも、今回私たちは申し込むのが遅く、問い合わせたときには、定員のもともと少ない会場の席はすでにほぼ完売でした。しかし、サムソンさん自身が以前にここで何度かイベントをしたことがあってお店の人とも懇意にしていたおかげで、好意で席を用意してもらったのでした。
 とはいえ、なにしろ狭い空間なので、用意された椅子はステージからいちばん遠い、会場の左隅にかなりむりやり押し込められています。私たちはそこに、みちみちに詰まるように座りました。
 私はこれといって予習らしきこともしないままふらっと来てしまいました。ステージとも呼べない会場前方のスペースで、宇都宮けんじさんはいいちこや二階堂をたくさん飲み、顔をはちきれんばかりに真っ赤っ赤にしながらも、トーク相手の人(何者かよく分からず)と今般の選挙のふりかえりや今後の見通しについてわりと柔らかい調子で語っていました。しかし、時間が進み、お酒も増えてくるにつれてだんだん語りは熱を帯びつつ、内容は同じことの繰り返しになっていきます。
 私たちはその様子も含めて楽しめたものの、メインパーソナリティがベロベロのため、トークがどうにもきれいに終われない状態に。締めらしい締めもないまま、宇都宮さんが得意とする卓球をやりましょうと周りの人たちが盛り上がる変な流れになりました。仲の良い人たちやお近づきになりたい人たちでこの場がどういうわけか卓球大会になるようだったので、さすがにそこまでは滞在せず、二人でそっと示し合わせながら会場から出ることにしました。
 ところが、高円寺パンディット店主の奥野さんがあわててサムソンさんに声を掛け、引き留めてきます。
 私たちのツイッターなどを日頃からチェックしている奥野さんは、あわよくば私たちの「結婚」などを含めた一連のおかしな展開を語ってもらってイベントにしたいという思いがあるらしい。ぜひここで何かやってくださいよ、と腰を低くしながらも押しは強めで提案してきます。
 私は、そういうのは......賛成なんです。
 だって、私はもとからこの「結婚」について、パッケージングのおもしろみを重視しているのです。
 実態だけにフォーカスすれば、この私の計画は、性別など関係なく「単なる、さみしいものどうしの同居」と捉えられても致し方ない。そこをわざわざ私は飾り立てて、カッコ書きしたり額縁に入れたりして、奇妙な「結婚」という儀式めいた形にしたいのだから、その流れに棹さしてくれる提案に関しては喜んで乗っかっていくに決まっています。
 では、ぜひやりましょう! ってことになり、日時なんかはまた後でということでいい感じで返事をして、のびをしながら狭い階段を下りて通りへ出ます。さてこのあとどうしましょうかと思っていると、サムソンさんはすでにプランを持っていた。「知り合いのホモ夫婦がやっているお店があるから、そこでよかったら行きません?」と。
 私がこの「結婚」について過剰なほど丁寧に土台を固めながら進めているというのに、あっさりと(か、どうかは分からないが)そのへんの山谷を越えて夫婦(夫夫か)としてお店なんかやっている人がいる、とは。いや、そんな人はいくらでもいるだろうと想像はできるんですけど、他人を見ればすぐに私は自分の不器用さの証明であるかのように受け止めてしまう。
 数駅先で降り、線路沿いをしばらく歩いて、イベントのたわいもない感想などをまだぎこちない敬語で話しながら。お店については「まあいいところなんだけどね~、ちょっとお高いから一人で行ったりするってことはあんまりないんですよ」という口調。とっておきのお店にお連れしますよという感じに聞こえなくもありません。商店街とは言えない、あまりひとけのない道を進んでいくと、住宅地のなかにあるその店に着きました。
 戸を開けると、落ち着いた店内に、やや大柄でやわらかい印象のご主人、そしてパートナーなのであろう細身で坊主頭の男性、二人がコの字型カウンターの内側で迎えてくれました。お客さんはほかにいません。お話好きそうなご主人はもちろんサムソンさんのことはご存じなので、あらごぶさたね、なんて言いながら、「どうしたの、きれいな女の子なんか連れてきて、いいじゃない」と言う。
 えーと、なんだろう、その言葉は。やや複雑な数式だ。
 私を「きれいな女の子」としてくれたところは一旦ありがたいお世辞としてうれしがっておくとしまして、こんなやりとりはどこにでもある居酒屋だったら起こりうる平凡なものだけれど、店主氏はサムソンさんを当然ゲイだと知っているわけだから、「すてきな殿方」を連れてきたのならともかく「きれいな女の子」を連れてきたことは特に喜ばしいことではなかろう。ふしぎな違和感。
 まあ、でもふだん連れてこないようなタイプの人を連れてきたらそんな言葉で茶化したりもするかな、と思いながら着席。私がゲイカルチャーをややこしく考えすぎているのかもしれない。はじめまして、となる店主氏に、このたびの結婚だのなんだのというややこしいことを話すのもめんどうなので、今いっしょにちょっとしたイベントを観に行ってきたんですよということは伝えつつも、私たちの微妙な関係性については冗談ぽい感じでしか触れず、おいしいお料理をいただくとします。
 たくさん並べられた大皿に、煮物やら炒め物やら魚の漬けたのやら、素朴だけどしっかり作られた和風のお惣菜が美しく盛られていて、食べたいものを指して取ってもらうという形のお店です。こんなお店なら私は日本酒をいただきたいので、おすすめのものをちょっと教えてもらって、サムソンさんはビールで。
 大根と魚の煮たのとか、ほくほくの小芋とか、マカロニサラダとか、ちょっとずついただいて。街と遮断されて時間が少し遅めに流れているような、このままここで何時間でもくつろいでいられそうな空間を楽しみながらも、私は、ほんの少しだけ焦りはじめた。
 さっきから、今日のイベントの話やら、旧知の仲であろう店主氏にサムソンさんの昔の話を聞いたりやら、会話はなんちゅうことなく続いていて気まずさはないのだけれど、私が本日言うべきことをまだ言えていません。今日という第一幕がもうそろそろ閉演時間になってしまう。私は第一幕からクライマックスに持っていくつもりだった。
 つまり、ほぼ初対面の、敬語のぎこちなさのままで、私はさっさと結婚の件についてしっかり切り出したかったのです。
 ツイッターではしつこく言っているし、今日だって最初からその話の流れで誘っていて先方もそれは理解している。けれども、自業自得とはいえ毎度冗談のようなムードをただよわせながら私が言及しているので、まるで大いなるおふざけのように思われていてもおかしくない。このプランそのものは、今後力強く、私が本気で推し進めていくものである! それでもよろしいか? ということをしっかり確認し、了解を得なければならない。世間一般的な言葉に訳するなら、プロポーズである。
 多少酔ったサムソンさんは、スマホを出してカメラアプリを起動しています。彼は酔ったときに(いや、酔っていないときも)よく自撮りをしています。彼がかわいこぶった自撮り写真をツイッターへアップするのは、おそらく7割くらいはおふざけで、3割くらい本気というか、ゲイ界隈に向けての軽いセックスアピールのようなもの。全力でかわいこぶるのはきっと苦手で、表情はいつも笑顔を浮かべきれていないのが好ましくて、私もそのノリは嫌いじゃない。
 しかしこの日はスマホを出すと、せっかくだから二人で撮りましょう、と提案してきました。カウンターに座ったままレンズを向けられたら私もぎこちなくピースサインなんかして、二人で顔を寄せた状態でシャッターボタンを押下。そしてそのまま彼はせかせかとスマホをいじっています。私はさすがに友人知人とご飯を食べている最中にスマホをいじることは少ないので、サムソンさんは私よりもスマホ中毒かもしれない、と思う。
 じっとりとした焦りはありつつも、別に恋愛の舞台じゃないんだし、ツイッターでもさんざん言ってるんだし、今日は「結婚」の確認まで踏み込まなくてもいいか、と私はあきらめはじめました。しかし、これだけ保険を掛けるかのように「結婚」を形骸化したうえオリジナルのパッケージングまでして、それでも切り出しづらいとは、自分の臆病さがつくづくいやになる。もう終電も近いのでさっさと会計をすませましょう。私が誘ったんだからおごろうか、との考えが一瞬よぎったけれど、それも相手に気を遣わせそうなので、割り勘で。
 多少の徒労感におそわれながら外に出ると、雨が降っていました。傘がない。予報、雨なんて言ってたっけ。
「言ってましたよ〜」
 サムソンさんはしっかり傘を持ってきていました。
 こんな状況で、よりによって相合い傘で駅まで帰ることになりました。苦笑いが出ちゃうよね、初デートの帰りが傘を忘れて相合い傘なんて、70年代の少女漫画じゃないんだから。
 鉄道ガードに沿った道を駅まで戻っていく間、意を決した感じでもなく、さっきまでの話のつづきかのように不意にサムソンさんが言ってきた。
「で、結婚前提ってことでいいんですよね?」

プロフィール

能町みね子

1979年北海道生まれ、茨城県育ち。漫画・コラム・エッセイの執筆を中心に、最近ではテレビ、ラジオへも活動の場を広げている。