結婚

Marriage

末井昭

最終回結婚の意味

 いまから10年前の2006年の秋に、ガンになりました。美子ちゃんと暮らし始めたのが1996年の秋だったので、ちょうど10年経ったときでした。20年の結婚生活(同棲期間も含めて)のど真ん中に、いま思うとガンが記念碑のように立っているような気がします。

 ガンが見つかったのは、腸の内視鏡検査のときでした。歩いているとちょっとフラフラするので、脳に問題があると思って主治医の先生に相談しに行きました。さっそく頭のMRIを撮ったりしたのですが、脳に異常はありませんでした。先生が「ついでに人間ドッグもやったらどうですか?」と言うので、胃と大腸の内視鏡検査も含めた人間ドッグを受けることになったのでした。

 その検査が終わってから1週間ほどして、主治医の先生から家に電話がかかってきました。美子ちゃんが出ると、「大腸に2つのポリープがあったんだけど、1つは顔が悪いんですよね」と言うので、美子ちゃんが「顔が悪いって、ガンってことですか?」と訊くと「そうです」と言ったそうです。

 このことを美子ちゃんから電話で聞かされたとき、「えっ、僕がガン?」と、ちょっと信じられませんでした。世の中にガンが多いことはもちろん知っていました。僕の周りでもガンで亡くなった人が何人かいます。でもなぜか自分がガンになるなんてことは、一度も思ったことがありませんでした。それまで入院するような病気になったことがなかったことと、能天気な性格のせいだと思います。

 しかし、それまで自分の体をずいぶん酷使していたのは事実です。30代のころは仕事や不倫で忙しくて、3日に一度は徹夜していました。40代はギャンブルばかりやっていて、ぶっ通しで2日間麻雀したこともあります。それに、酒がさほど飲めないのに、朝方まで居酒屋にいることも結構ありました。さらに会社でのストレスや、美子ちゃんとのストレスも相当ありました。考えてみれば、ガンになってもおかしくない生活をしていたのです。

 主治医の先生の電話から4、5日して、内視鏡で大腸検査をしてくれた先生に会いに行きました。美子ちゃんも一緒です。先生は、80%の確率でガンだと言います(ガンかどうかを見分けるのは難しい場合もあるようです)。体への負担が軽い内視鏡で手術する方法もあるけれど、それで取れる大きさかどうかはもう一度検査をしてみないとわからない、それと内視鏡だとリンパへの転移は調べられない、というようなことを先生は言いました。

 僕はそれまで、手術というものを一度もやったことがなかったので、お腹を切られるのは怖いなぁと思いながら先生の話を聞いていたら、「切っちゃったほうがいいんじゃない?」と美子ちゃんが簡単に言います。「えっ、切っちゃうの?」と思っていたら、美子ちゃんが先生に「切ってください!」と言いました。「まったくもう、人の体だと思って」と思ったのですが、再検査のためにダラダラ延ばすよりは、早く入院して、美子ちゃんが言うようにサッサと切ったほうがいいのかもしれません。

 その先生はK大学病院で週に3回ほど手術をしているそうで、それだけやっていれば失敗はないだろうと、その先生がいるK大学病院で手術をしてもらうことにしました。

「ガンだと言うとみんな心配するから、このことは内緒にしておこうね」と美子ちゃんが言うので、僕は誰にも言わなかったのですが、美子ちゃんはテンションが上がっているようで、知り合いに「末井がガンになりまして」と電話しまくっていたので、笑ってしまいました。

 1ヵ月ほどして、K大学病院の小さな個室が空いたので入院することになりました。

 入院の前日、夕食に美子ちゃんは野菜を中心にしたたくさんの料理を作ってくれました。まるで自分が出征兵士か宇宙飛行士にでもなったような気分でした。

 入院期間は手術するまでが3日間、手術してからが10日間でしたが、美子ちゃんは毎日病室に来てくれました。「あれあれ」と思ったら、僕が寝ているベッドに潜り込んできて、一緒にDVDを見ることもありました。

 手術の日、美子ちゃんは朝8時ごろ来てくれて、手術着に着替えて病室を出る僕を「頑張ってね」と言って送り出してくれました。

 手術室に入ってすぐ全身麻酔をされて、4時間後に気がついたら、病室のベッドで寝ていました。手術はうまくいったそうです。美子ちゃんに聞くと大腸を15センチ切って繋ぎ合わせたそうで、ずいぶんたくさん切ったなぁと思いました。切り取った部分の大腸はバットに入れられていて、美子ちゃんがそれを写真に撮っていました。その写真は焼肉のホルモンのようで、先生がわざわざガンの部分をピンセットで開いて見せていました。

術後の経過はよく、腸閉塞にもならず、予定通り退院しました。美子ちゃんが迎えにきてくれて、一緒にタクシーで帰ったのですが、家に入ったら中がものすごくきれいに片づいていました。美子ちゃんは整理・整頓・断捨離がものすごく苦手なのに、よくこんなにできたものだと感心しました。家の中をきれいにしておかないと運気が下がると思って一生懸命やったそうです。もちろん、手術がうまくいくように祈ってということですが。

 最初にガンが記念碑のように立っていると書きましたが、それは20年の結婚生活のど真ん中という意味だけでなく、このガンの手術を境に美子ちゃんも僕もだいぶ変わったのでした。

 美子ちゃんは、僕がガンになる1年ほど前、「恋愛したい」と言ったことがあります。僕たち夫婦は嘘をついたり隠し立てをしない約束をしているので、恋愛したいと思ったら「恋愛したい」と言います。このあたりが他の夫婦と違っているところだと思いますが、僕たちは千石剛賢さんの、「夫婦の中に嘘が生じたとします。たかがちょっとした嘘ぐらいと思われるかもしれませんが、ちょっとであろうとそっとであろうと夫婦の中に嘘が入り込みますと、もうどんなにがんばっても、その夫婦にはしあわせは絶対におとずれません」(『隠されていた聖書』)という言葉を信じているからです。「絶対」という言葉は、100%ということです。怖いですよね。

 しかし、突然「恋愛したい」と言われると、どう答えていいのか迷います。僕は「岡本一平(岡本かの子の夫。岡本かの子の愛人とも同居していた時期がある)になればいいんでしょ」と言ったと思います。見栄を張って言ったのではなく、恋愛したいんだったらしてもいいという気持ちもありました。

 美子ちゃんが(一方的に)恋愛したいと思っていた相手は、劇団・毛皮族の江本純子さんと、銀杏BOYZの峯田和伸くんだったので、「どうなんだろう。無理なんじゃないかなぁ」と思っていました。でも、美子ちゃんは自分が思っていることを曲げたり妥協したりしない人なので、「もしかしたら」とも思いましたが、僕も江本さん、峯田くんが大好きなので、その2人となら恋愛してもらっても嫉妬することが少ないのではないかと思いました。

 結果的には何ごともなく過ぎていったのですが、そのころ美子ちゃんの心が僕から遠のいていたことは事実です。創世記に出てくる悪魔に誘惑されるエバのように、心がフラフラしていたのかもしれません。

 ところが、僕がガンになったおかげで、美子ちゃんの心は僕のほうに向くようになりました。そういう意味で、たとえ初期であったとしてもガンは威力があったと思います。ガンになってよかったと言ったらガンで苦しんでいる人に申し訳ないのですが、病気は必ずしも悪いものとは限りません。あの時期にガンになって、本当によかったと思っています。

 僕のほうも、ガンを契機にそれまでの不健康な生活を改めるようになりました。それと、やはり美子ちゃんがいてくれるということが、ありがたいと思うようになりました。そういう双方に心の変化があると、2人の関係もいいほうに変わっていきます。実際、ガン以降は美子ちゃんとあまり喧嘩をしなくなったし、美子ちゃんも前よりイライラが少なくなりました。

 

 この「結婚」を毎月書くようになってから、書店で本を探したりしているとき、「結婚」という文字が目に入るとその本を手に取って見るようにしているのですが、だいたいパラパラ立ち読みする程度で終わってしまいます。ハウツー書っぽいものばかりで、結婚することのメリットやデメリットは書かれていますが、人はメリットを求めて結婚しているわけではないと思います。もしそうだとしたら、結婚は単なる商取り引きです。そういう物質的というか、外側のことではなく、僕が読みたいのは結婚の意味について書かれている本です。

 少し前に書店の雑誌コーナーを見ていたら、「破たん夫婦VS.安泰夫婦」という特集をしている雑誌があって、そのタイトルが強烈だったので思わず買ってしまいました。見ると40代~60代の既婚男女にアンケート調査をしそれを分析しただけの内容でしたが、びっくりしたのは「離婚したいと思ったことがあるか?」という質問に、男性31%、女性54%が「ある」と答えていることです。離婚予備軍が半分以上いるということです。

 それはおそらく、結婚に過大な期待をしている人が(特に女性に)多いということでしょう。結婚すると安泰だ、結婚すると安心が得られる、結婚すると楽になる、結婚すると幸せになれる、そんな自分勝手なことを思って結婚したのかもしれませんが、そうはならなかったということです。

 しかし、それは当たり前のことです。別々に暮らしていた2人が一緒に暮らすようになっただけで、双方が変わっていかなければ、結婚前と何も変わりません。最初のころはまだ恋愛モードで楽しいかもしれませんが、1、2年もすればただの日常生活に戻ってしまいます。

 結婚の意味は「変わる」ことにあるのではないかと思います。自分が変わる。相手が変わる。そして前より楽しくなる。それが結婚の本当の意味であり、結婚の醍醐味でもあるのではないでしょうか。

 人はどんなに勉強しても、どんなにキャリアを積んでも、1人では絶対学べないことがあります。それは自分がどういう人間なのかということです。「いや、そんなことはない。自分のことは自分が一番よく知っている」とおっしゃる方もいるかもしれません。確かに、自分の一日の行動も、その日考えたことも、好き嫌いも、一番知っているのは自分です。しかし、自分の本質的なところや、自分の本当の性格などは、自分を映す鏡がないとわかりません。その鏡となるものが、何も包み隠さないで付き合える相手なのです。それは親子でも、友だちでもなく、パートナーという存在です。

 僕はもともと1人で考え、1人で行動するタイプでした。チームで雑誌の編集をしていても、1人で仕事をしている感覚が強く、そのぶん自分にのしかかってくる重圧がありました。しかし、結婚していてもその重圧を吐き出せる相手はいませんでした。ギャンブルに狂っていたときは、自分でも何をしているのかわからなくなっていました。疲れるから普通の状態に戻りたいと思いながらも、どこに戻ったらいいのかがわからず、夜な夜なフラフラ歩き回っていました。

 美子ちゃんと出会って、男と女の嘘のない関係を初めて知りました。それまで嘘ばかりついてきた僕には、嘘のない関係は怖いものでした。どうしようもない自分がどんどん暴かれるので、感情をコントロールすることもできなくなり、よくキレていました。でも、嘘のないことに慣れてくると、こんなに快適なものはないと思えるようになりました。僕は変わっていったのです。

 美子ちゃんも変わりました。最初のころは自分がやりたいことをやるという意識が強く、それに逆らうものは切り捨てるような凶暴なところもありました。僕は自分に閉じこもっていることが多かったので、コミュニケーションギャップから美子ちゃんがイライラすることが多く、よく喧嘩をしていました。

 そのうち、聖書という共通の指針ができたこともあり、美子ちゃんは変わり、僕もさらに変わりました。日々変わっていくということは楽しいことです。お互いに性格や考え方が極端に違っていたから、逆にそれがよかったのかもしれません。

 僕は家事の中でも洗濯物をたたむのが好きなのですが、晴れた日に、窓際で、好きな音楽を聴きながら洗濯物をたたんでいると、ふと「この状態がいつまでも続くといいなぁ」と思うことがあります。それが「幸せ」というものなのかもしれません。