結婚

Marriage

末井昭

第11回不妊治療

 家の前が保育園なので、子どもの声で目覚めることがたびたびあるのですが、子どもが遊んでいるときのあの歓喜の極みのような叫び声を聞くと、僕たち夫婦は子どもを育てることなしに終わるんだなと思うことがあります。それは寂しいということも若干はありますが、それよりも子どもという存在と深く関わることなく一生を終えることが、ちょっと残念に思うのです。 

 子どものあの尋常ではない歓喜の叫びはどこから湧き出してくるのか、千石剛賢さんが言っていた「子どもは怖いですよ。ちょっとでもこちらに虚偽性があると、子どもは霊的に感じるんです。反応が違ってくるんです」ということはどういうことなのか、他にも子どもだけが持つ特性がいろいろあると思うのですが、子どもがいない限りそういうことを実感として受け取ることができません。

 子どもは親の鏡だとも言われています。親の言動や精神状態がそのまま子どもに反映されるということですが、それを考えると子どもを育てることは怖いことでもあります。僕なんかが親だったら、とんでもない人間に育ってしまうかもしれません。子どもがいたらよかったと思う反面、子どもが関与した事件が起こるたびに、子どもがいなくてよかったと思ったりするのです。

 昨年(2015年)起こった川崎市中1男子生徒殺害事件は、真夜中に川崎区港町の多摩川河川敷で、中1の少年が複数の少年に遊び半分に殺害されました。僕はむかし川崎の工場で働いていたこともあって、この事件に特別関心を持ち、殺害現場の河川敷に行ってみたりしました。多摩川の土手の上から、少年が殺害された場所を見ながら、夜中にこんなところに来て遊んでいる子どもたちの親はいったいどんな人たちなんだろうと、あれこれ想像を巡らしていました。真夜中に家にもいられない、他に行くところがない子どもたちが、寒々しい工場裏地のアシの原っぱに集まって遊んでいるということに、家庭というものが崩壊してしまっているという実感がありました。

 子どもを持たない身でこんなことを言っても説得力はないと思いますが、子どもを育てることはひとりの人間を作ることですから、それこそ命がけでそのことに取り組まないといけないのではないかと思います。やたらに愛情を注ぎ込めばいいというものではなく、その子の未来まで視野に入れて真剣に考えるということです。未来まで視野に入れるといっても、将来自分の子どもを一流の企業人にするとか、政治家にするとか、芸能人にするとか、そういう枷を子どもにかけることではありません。それは単なる親のエゴです。そうではなく、子どもが人間的にどのように向上していくかを考えることが大事なことです。たとえば、嘘が嫌いな人間になるとか、人に優しい人間になるとか、そのために親が何をしてあげられるのかということを考えるのが、子育てということではないかと思います。

 とは言うものの、僕たち夫婦は子どもを作ることを考えたことがありませんでした。僕はもともと子どもが欲しいと思ったことがなかったし、美子ちゃんは自分の写真集を作ることに没頭していて、子どもを作るにはお互いギリギリの年齢に達していることにも、まったく気がつきませんでした。

 子どもが欲しいと美子ちゃんが言い出したのは、美子ちゃんが『たまもの』という写真集を何年もかけて完成させたあとでした。この写真集は、先夫の坪内祐三さんと僕との間で揺れ動く心を表現したもので、写真集を作ることは、自分の中の寂しさを引っ張り出すことでもあったと思います。そしてその寂しさは、写真集が完成しても消えることがなかったのではないかと思います。子どもを作ることで自分が成長できるのではないかと美子ちゃんは言っていたのですが、寂しさから逃れたいという気持ちもあったのではないかと思います。

 僕は、人間のクズのような自分の父親に似ていることが嫌で、子どもがいたら僕も同じように思われるのではないかという恐怖のようなものがあって、子どもは欲しくないと思っていました。しかし、それは観念的な言いわけのような気もしていました。前の妻が子どもを産めない体だったので、無理矢理そう思い込もうとしていたのかもしれません。

 かといって、子どもが好きなわけでもありません。ただ子どもがいれば、美子ちゃんが言うように自分も成長できるのではないかとは思っていました。だから、美子ちゃんが不妊治療を受けると言い出したときも、「えっ?」とは思いましたが反対はしませんでした。

 僕らはあえて避妊をしたことはなかったのですが、子どもができないということは、どちらか体に問題があるのではないかということになり、まず僕が調べてもらうことになりました。

 雑誌を読んでいたら、最先端の不妊治療をしているクリニックが木場のほうにあるという記事を見つけたので、早速予約して行ってみることにしました。

 そのクリニックは近代的なビルの中にありました。ドアを開けると目の前が待合室で、大勢の人たちが診察を待っていましたが、全員女性だったのでちょっとひるみました。産婦人科のクリニックなので女性が多いのは当たり前ですが、不妊治療で来ている男の人も何人かはいるだろうと思っていたのでした。

 受付を済ませ、待合室で女性たちに混じって小さくなって待っていると、女性の看護師さんに名前を呼ばれました。その看護師さんに「あちらの部屋で取ってナプキンをかけておいてください」と言われ、紙コップを渡されました。「あちらの部屋」と看護師さんが指し示した部屋は待合室の横にあり、入るところをみんなに見られてしまいます。といっても、みんながそんなにジロジロ見ているわけではなく、自分の自意識と羞恥心でそう感じるだけのことなのですが。

 その部屋は、椅子とテーブルとビデオのモニターだけがある小さな部屋で、モニターの上には宇宙企画(AV会社。ちなみに友人が立ち上げた会社です)のエロビデオが置かれていました。そのビデオを見ながらオナニーして、紙コップに射精して、そこに置いてあったナプキンをかけてテーブルの上に置いて出てきました。部屋から出るとき、何人かの女の人の目がこちらに向いたような気がしました。少し時間を置いて、先ほどの看護師さんがその部屋に入り、ナプキンをかけた紙コップを持って出てきました。それを見てまた恥ずかしくなりました。 

 待合室で待っていると再び名前を呼ばれ、今度は医師のいる部屋に案内されました。部屋の中は暗くされていて、パソコンのモニターが光っていました。その画面を見ている先生の横に椅子があり、そこに僕は座りました。モニターの画面を見ると精子がチョロチョロ動いています。いまの顕微鏡はこうなっているのかと感心しながら見ていました。

 先生に「どうですか?」と訊くと、やや間があって「ちょっと動きが鈍いね~」と言われました。この言葉は、男性機能を奪われたようでショックでした。そのとき僕は53歳だったのですが、自分ではまだ若いと思っていました。ところが、思いがけないところに老化現象が現れていたのでした。

 そのあと先生と今後の不妊治療の話をしたと思うのですが、「動きが鈍いね~」ショックで、何を話したか覚えていません。結局そのクリニックは、僕の精子の動きを見てもらっただけで終わりました。

 美子ちゃんは、梅ヶ丘に不妊治療で有名なクリニックがあることを調べ、家から近いこともあってそこに行くようになりました。

 不妊治療には、排卵日に合わせてセックスをするタイミング法、医師の手を介して精液を子宮内に注入する人工授精、卵子と精子を体外で受精させその受精卵を体内に戻す体外受精、顕微鏡でガラス管を使って精子を卵子のなかに入れてしまう顕微授精の4つの方法があります。

 一番簡単なのがタイミング法ですが、僕らはそれをやってもダメなことがわかっているので、人工授精をすることにしました。まず僕が家でプラスチックの試験管のような容器に精液を取り、美子ちゃんはそれをお腹で温めながら梅ヶ丘のクリニックに持って行き、体内に注入してもらいます。それを何度かやってみたのですが成功しません。僕の精子の動きが鈍いことが原因なのでしょう。

 僕はこの時点で子どもを作ることを諦めていたのですが、美子ちゃんは体外受精に切り替えて不妊治療を続けると言います。体外受精は卵子も取らないといけないのですが、それは精子を取るほど簡単なことではありません。

 不妊治療を始めるまでは、美子ちゃんが子どもが欲しいと言ったことがなかったのですが、潜在的にはその気持ちが強くあったのかもしれません。

 体外受精では精液をその場で取ったほうがいいということで、僕は種馬のように美子ちゃんについて梅ヶ丘のクリニックに行き、ベッドのある小さな部屋で精液採取しました(エロビデオはなくエロ本が数冊置いてありました)。同時に卵子も取るのですが、美子ちゃんはそれが痛いと言っていました。

 こうして僕たちは本格的な不妊治療に入ったのですが、受精はするもののなかなかうまく着床しません。それが2回続いたころ、美子ちゃんが友達から、ちゃんとするなら大学病院に行ったほうがいいと言われ、ある人を通じてK大学病院を紹介してもらい、そこに通うようになりました。

 その大学病院は不妊治療の権威があるところで、そこで治療してもらいたいという人が多く、普通に申し込んだら何年も待たされます。それに不妊治療が始まっても、体外受精まで1年半もかかるそうです。僕らはギリギリの年齢になっているので、それでは無理なのではないかと思いました。

 美子ちゃんはK大学病院で、不妊治療で何年も通っている女性数人とお茶を飲む機会があり、みなさんの話を聞きながら、何年も何年も子どもを作ることに妄執していることが恐ろしくなったそうです。どうしても子どもが欲しいと思うことはエゴに通じることだし、子どもができなかったときの失望感も含めて、決して幸せなことではありません。また、病院側が言う受精率何パーセント、着床率何パーセントという言葉に、人間性のなさを感じたとも言っていました。

 美子ちゃんが「もう子どもはいなくていい」と言い出したとき、正直、僕はホッとしました。そして、重苦しい雰囲気からやっと抜け出せられると思いました。

 不妊治療をやめて変わったことは、僕が種馬から普通の人間に戻り、普通の性生活ができるようになったことぐらいです。もともと子どもに執着していたわけではないので、落ち込むこともありませんでした。美子ちゃんも不妊治療モードのときはそのことに執着していたのですが、そのことがどれほど大変なことかわかり、子どもを作ることに妄執する恐さも知ったので、憑物が落ちるように不妊治療前の美子ちゃんに戻りました。

「子はかすがい」という言葉があります。強がりで言うわけではありませんが、僕たち夫婦にはかすがいはいりません。逆に言えば、僕らは子どもがいなかったからこそ、真剣に向き合うことができたと思います。そして、喧嘩したり慰め合ったり励まし合ったりしながら、2人の結びつきがだんだん強くなっていったと思っています。

 子どもは神様からのプレゼントです。そう思うことを忘れて、僕らは不妊治療に入りましたが、大きな失望を感じる前にやめられてよかったと思っています。

 子どもが欲しい人たちはたくさんいます。そしてまた、産まれて欲しくないのに産まれた子どもたちもたくさんいます。血縁ということを取っ払って、そういう子どもを、子どもが欲しい人が育てられるようになればいいと美子ちゃんは言います。僕もその意見に賛成です。