京都の喫茶店 昨日・今日・明日

木村衣有子

高木珈琲(後篇)

『イノダコーヒ』の時代から「おおきにまいどの店」へ 談:北村二郎

 昭和三十九年から四十九年まで。十年間『イノダコーヒ』にお世話になってました。
 中学校卒業して定時制高校行きながら、朝の八時から午後四時半まで『イノダコーヒ』勤めてて。五時半から学校ですねん。最初は「先生、どっか仕事楽なとこ紹介して」言うて、それで『イノダコーヒ』紹介してもろたんです。僕、コーヒーのコも飲んだことないのに。明日から来い、ちゅうことになって、はい分かりました、言うて。で、行ったんはええけどめちゃくちゃ忙しい。話全然ちゃうやないか!
 奥のテラスは、常連さんとか、文化人、芸能人とか多かったですね。毎日のように見てました。特に高倉健さんなんかね。太秦に来てはるときでしょうね。萬屋錦之介さん、北大路欣也さんとかよう見てました。東郷青児さんも、京都来はったら必ず寄らはるんですよ。
 僕がいたときでも、平日でも朝から大ラッシュでしたしね。特に日曜日なんかもう、朝七時前からお客さん並んだはった、並ぶというか、たむろしてはって。今でこそ相席はしたらへんと思うんですけど、補助椅子が四十くらいあったんですよ。その椅子をばあーって持ってね、お願いします、すんませーん言うて、みんな相席してもらうんです。その補助椅子もね、なくなるぐらいの忙しさでね。ガーデンに池がありますでしょ。あのまわりにも座ってもろて。しょっちゅうでしたよそんなん。とにかく日曜日になるとコーヒー一日二千杯売ったんやからね。
 それが僕の基礎になっています。ものすごい、ええ勉強させてもらいました。今になってよく分かるんです、社長(猪田七郎さん)の気持ちが。よう可愛がってもらいましたしね。カリスマやった。あんな人、もうあらわれてきいひんやろうな。
 もう『イノダコーヒ』の話したらきりないですよ。まあ夢のような話ですよ。今から思たら。
 やめたからには、イノダさんにお世話になったし、それを基礎にして自分なりに頑張ってやってみたいな思て、一国一城のあるじになるなんて、いきがって、二十六でコーヒー屋はじめたんです。丸太町病院のちょっと下で。街なかに出ていきたかったんですけど、最初はお金もなかったし、そこでやってました。
 その二、三年前にね、同じようにイノダに勤めてた高西さんて方がね、錦(市場)の近くで、カウンターだけの、七席ぐらいのコーヒー店をやってはったんです。かに歩きみたいしながら。それがまたよう売れて! せやけど疲れるし、僕も街なか出てきたかったし。「高西さん一緒にやろ」
「そやね僕もやりたいわ」で、イノダにおった川辺君に話して。高西さんと川辺君と僕と、三百万ずつ出してね。九百万でここを立ち上げたんです。名前何にしよう、いうことで、高西の「た」と川辺の「か」と北村の「き」、これを濁点付けて「たかぎ」。気軽に付けたんです。そっから『高木珈琲』がはじまりました。
 オープン最初、よっしゃ思い切ってコーヒーを十円で売ろう、言うて。そしたらこの狭い店にね、朝から行列ができて、二千杯でましたよ。明くる日からだいぶ落ち着いたけど、朝七時から開けて七時半くらいまでには満席になる。当時は室町が景気が良かってね。その頃はまだ、そういう関係のお客さんでごった返してました。毎日、出前だけでも二百杯ぐらいいってました。それが十五年くらい続いたかな。
 高西さんのキャッチフレーズが「おおきにまいど!」で、だから自然と「おおきにまいどの店」になってしもた。入ってきたお客に、ここ魚屋かあ、って言われたことあります。やっぱり「おおきにまいど!」が味があんのちがうかなあと僕は思うんですけどね。朝早いときぱーんと気持ちのええ声が聞こえてきたら、お客さんのほうもね、しゃきっとしますわね。
「おおきにまいど!」「コーヒーおいしかったわ、また来るわな」「頼んまっさー」
 いつまでもそういう感じの店でありたいと思います。


脇できらりと光るいぶし銀 談:北村亮

 コーヒーは農産物だから、正直おんなじ味は絶対できひん、毎回違って当たり前と思っています。よく、前と味が違うとおっしゃる方も多いですけど、あーた同じ味の野菜食うたことあるかと。豆の状態を見て、ああしようこうしようとはやりますけど、後はもう火加減だけなので、かっこよく言うと豆と会話しながらですよ。豆がぱちぱちいう音を聞きながら、おう、どうしてほしいんや、と、やってます。ふふふ。
『高木珈琲』の歴史は僕の年と一緒なんですよ。
 室町通は呉服屋さんの街だったので、それが全盛のときはものすごく栄えていました。一九八〇年代から九〇年代にかけてはすごく盛り上がっていた。僕自身も、十七、八くらいからバイトに入ってたもんで、そのときの忙しさ、活気はおぼえています。本店は、呉服屋さんの若旦那や、着物来てコーヒー飲みにくる人が多かったです。烏丸店はビジネス街の雰囲気が昔からありましたね。
 この烏丸店は、高西さんで成り立っていた。今はもう引退されましたが、当時は、お客さんも高西さんのファンばっかりでしたね。僕ら仕事してる者からしても一緒にやってて楽しかった。ほんとにねえ、パンチの効いてる人でねえ。自分より年上の女性は全ておねえさん、年下はお嬢さんと呼ぶんですよ。元気で、よく動き、僕みたいな若い者よりも誰よりも声がでかくて。なるべく僕もそこ目指してやってはいるんですけど。うちは何が名物ってわけでもないし、雰囲気もそんなに洗練されているわけではないし。そういう意味では人で保ってると思っています。
 別にコーヒーを目当てに来てくれなくてもいいんですよ、正直ね。コーヒーは、あくまでも脇役であって。僕自身もそういう立場なんですよね。うん、いや、ほんとにね。コーヒーにもそういう思いを込めて、脇できらりと光るいぶし銀を演出してくれよ、と。あとはお客さんがみなさん自由に、元気にしていてくれたらいいと思っています。



高木珈琲
【本店】
下京区高辻通室町東入骨屋町175
☎075 -371 -8478
7時~19時(日・祝は18時まで) 不定休
【烏丸店】
下京区烏丸通松原上ル因幡堂町711 西田ビル1F
☎075 -341 -7528
7時~19時 無休



 この文章は、2013年10月26日発売予定の、
 木村衣有子『京都の喫茶店』(平凡社)に収録されます。
 書籍の刊行を、どうぞお楽しみに。
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