第9回

「シェア子育て」の理想と現実をくぐり抜けたら何が見える!?
松尾力・真奈夫妻インタビュー(前編)

9-1.jpg右から松尾力さん、玄くん、真奈さん。シェアハウスのリビングにて


 こんにちは。関東圏では謎の早すぎる梅雨明けを果たし、ちょうどこの7月から次女N美の保育園生活がスタートしました。慣らし保育の最初の2日間は1時間から。1時間といえば、送っていって、家に帰ってパソコン開いてメールチェックでもし始めたら「あっ! 迎えにいかな!」ってな感じですが、そんなたったの1時間でもN美にとってはきっと異国の地での永遠に終わらない時間と感じられたことでしょう。妻曰く、「迎えに行って私の顔を見た瞬間、恨みのギャン泣き、家に帰っても根に持ちギャン泣き」だったらしく(笑)。
 という感じで、我が家もなんとか新しい生活スタイルへと突入しました。長女M子は最近、親のさぼりで遅くなってしまった日本脳炎の予防接種&園庭の特につまずくところもない場所で派手に転んで両膝ズルムケという、痛い痛い尽くしのなかで毎日をたくましく過ごしております。

 しかし、なんとか僕たちなりの生活を進めつつも、二人が寝静まった深夜(N美は絶賛夜泣き中で頻繁に起きるけど)、リビングで本を読んでいる僕の前に来て、妻はこう言います。「もういや! 新潟(実家)の近くに住みたい」と。でもあるときはこう言います。「だいぶ東京の生活に慣れてきたみたい。もう少し頑張れそう」と。そしてまたあるときは「いやぁ、やっぱり......」。うーん、揺れております。すべての原因はワタクシにあるので、こちらもこれはこれでかなり堪えます。
 N美の保育園生活が定着し、かつ妻の仕事が順調に回りだし、またいろんな仲間とつながっていけば(徐々につながりは増えていってはいる)、きっとここでの生活も落ち着いてくるとは思うので、ブレブレに揺れながらも、妻公認でこんな原稿を書かせていただいている次第です!

 そんな愚痴ばっかこぼしあっている日常ですが、最近、面白いご家族と知り合いました。東京都文京区に住む松尾力さん、真奈さんご夫妻と、1歳の息子さん玄くん。昨年、ある共通の友人の誕生日会がこの松尾家で行われたんですが、ここがなかなか面白くて。
 定期的に「おうちバル」と銘打ったホームパーティーを開いたり、ときおり友人・知人にイベント会場として部屋を開放し、「住み開き」(※1)的なことをやったり。僕が行ったときもかなり多様な人たちが20名くらい集まってワイワイやっていたのですが、そこに赤ちゃんもいてみんなのアイドル的な存在になっており、「どなたのお子さんかな?」って思っていたら、松尾夫妻の息子さんで、なおかつここは別の夫婦も住んでいるシェアハウスだと言うではないか。
 おお、子供がいるシェアハウスか。それってひょっとして、子育ても家族というユニットを超えて住人メンバー同士で助け合ったりしているのだろうか。ちょうど、うちの妻とも「とにかく核家族は手が足りないし、実家も遠いから、なんかいい方法ないかね......」と話していたところだったので、実際のところ、このシェアハウスではどんな生活が繰り広げられているのか、改めて、松尾夫妻にインタビューすることにした。一応、インタビューに入る前に予備知識として、以下のメモを共有しておきます。


《松尾家が住むシェアハウスのメモ》
・都内で会社員として働く20代後半の松尾力さんと、国家公務員の真奈さんが、同世代の友人である松島宏佑(こうすけ)さん、さおりさん夫妻とともにスタートさせたシェアハウス。
・場所は東京都文京区の江戸川橋駅近辺の3LDKの賃貸マンションの一室。
・開始は2016年9月。取材は2018年5月なのでシェア生活は約1年8ヶ月経過。
・2017年3月に、松尾家に息子玄くんが生まれる。
・松尾家、松島家以外に、これまで子供のいる別の家族が期間限定で住んだこともある。現在は、独身男性のまきおさんも短期滞在中。
・ちなみに松尾夫妻は僕と一緒で、お二人ともコテコテの関西人。

■夫婦同士のシェアハウス! のはずが......!?
アサダ 今日はよろしくお願いします。まずどういった経緯でこの家族同士のシェアハウスを始めたのか教えてもらえますか?

真奈 社会人になって東京に出てくるときに友達に「シェアハウスするんだけど、一室空いているからどう?」って誘われて。当時は家賃も安く済んで職場にも近いしいいか、くらいの軽い気持ちで住みはじめたんですが、実際に生活してみると改めてシェアハウスの楽しさに目覚めたんです。住人のひとりが料理好きで、週末は友人を招いて手料理をふるまったり。そうして自然と友達の友達と縁が広がり仲良くなっていき、いろんな人たちとつながっていくのが嬉しかったんですよ。
 もともと私も力(夫)も大学時代は関西で実家暮らしだったんですが、2人ともイギリスに留学したときに初めて寮生活を送って。それで多少そういった生活に慣れていたのもあったかも。そのあと力と結婚して、しばらく荻窪に二人で暮らしていたんです。そのときもさっきの友人の影響もあって「おうちバル」という、私たちが料理して友達を招く食事会をよくやっていました。家に友達がたくさん来てくれる環境を作っていくことが、もうめちゃくちゃ楽しくって(笑)。

 そう。2週に1回とか、多いときは週に1回とか。まぁ住み開きっていうか、自分も料理が好きだったから、いっぱい来てくれた方がいろんな料理を作れるし食べられるし。そういう暮らしを荻窪で2年くらい送っていたんです。それで、こうやって2人で暮らしていてもどうせしょっちゅう誰かを招いたりしているんだったら、せっかく東京に出てきたわけだしもっといろんな人とつながりたいなと。そんなことを考えているときに今のシェアメンバーである松島夫妻と出会って。

アサダ その松島夫妻とは、いつどういうつながりで出会ったんですか?

真奈 それがかなり電撃的な出会いだったんです(笑)。私は農林水産省に勤めているんですが、松島夫妻の奥さんのさおりちゃんが、当時働いていた企業から経済産業省に2年間出向に来ていて。そのとき、私が担当していた仕事でたまたま経産省の友人に相談したのがきっかけで、その友人が「あなたはきっと彼女と気があうと思う」ってさおりちゃんを紹介してくれたんです。
 それで週末に私たちの荻窪の「おうちバル」に誘ったら旦那さんの宏佑さんも来てくれて4人で打ち解けて。会話の流れのなかで「夫婦だけどシェアハウスしたい」って言ったら、向こうも「えっ? 同じようなことを考えてる!」って話になって。「えっ? じゃあ一緒に住もうよ」って(笑)。ちなみに宏佑さんは、「まれびとハウス」(※2)というシェアハウスのメンバーだったこともあり、二人ともほんとにいろんなコミュニティとのつながりがあったので、それはもう、かなり大きな出会いでしたね。

アサダ へぇ。そんな絵に描いたような出会い、あるんですね(笑)。そうやって気のあう仲間と出会えて「じゃあ、やろうよ!」って言いだしてから、実際にやるまでにはそれなりの苦労があったとは思うけど。

真奈 モチベーションは問題なく持続できたけど、実際、いい物件がなかなか見つからなくて......。

 半年くらいかかったよね。地域もいろんなところを探していて、最初は武蔵小山、次に谷根千エリアとか、あと三鷹のほうとか。シェアハウスをするにはそれなりの広い物件が必要だから、エリアは絞らず物件ありき。とりあえずリビングとダイニングは広いに越したことはないっていうのはみんな一致していて、最終的にここを見つけたわけなんだけど、まぁその間に......、子供がね(笑)。

真奈 そう。探し始めて1〜2週間に1度は必ず物件にあたっていたんだけど、もう2回目くらいに妊娠がわかって。 最初は大人4人で住むつもりで話を進めていたけど、状況がガラッと変わってしまったんです。それで、急遽二人を呼んで「大切な話がある」と(笑)。「うちら夫婦は二人さえよければ、そのまま一緒に住めたらと思っている」と伝えたら、「むしろウェルカム。そういう環境も面白いよね」と言ってくれて。

 そこからだよね。単なる「夫婦シェアハウス」から、「子育てシェアハウス」みたいな話に展開していったんです。僕らもそういうことをまったく想定していなかったわけじゃなかったけど、ここではっきりこのコンセプトを意識し始めたというか。

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アサダ 前提条件が完全に変わってしまったけど、それでもゴーできたっていうのが素晴らしいですね。ちなみに子供がいる前提のシェアハウスってなってくると、理想の物件もまた変わってきますよね?

真奈 そうなんですよ。当初はやっぱり一軒家を借りて1階を住み開きできたらってイメージがあったんだけど、ワンフロアの方が子育てしやすいだろうなとか。とはいえ、私が妊娠初期で身体が辛くて、しかも真夏だったから外に出られず。そこで力とさおりちゃんが毎週物件を見に行ってくれました。もともとは私と宏佑さんが言い出しっぺみたいなところがあったんだけど、宏佑さんも忙しくて「もうじゃあ頼むわ!」って(笑)。

 ほんま暑くて、大変やったわ(笑)。

アサダ 確かに毎回4人で予定を合わせて物件探すのって大変ですもんね。

 まあ各家族から1人ずつ出ていたら、もう全権委任ってことにしました。

真奈 いろいろ見たよね。でもなかなか良い物件が見つからなかったところ、候補に上がったのが文京区西片のあたりで見つけた面白物件。3階建て+屋根裏。1階に茶室があったり、天井に隠し階段みたいなのがあって、そこを登ると12畳くらいの謎のスペースがあって(笑)。とにかくいろいろ面白いことができそうな物件だったので、私以外の3人は「やったー! 見つかった!」ってなっていたんだけど、私はそこで子育てするイメージが全然湧かなくて。
 でも、これまですでにかなり時間がかかっていたし、なかなか見つからない焦りもあったんです。私以外の3人ですら一致するところがなかなかなかったし、さらにちょうどその時期、当時松島家が住んでいた家の更新が迫っていて、「もうここじゃない?」って空気にね。でも、実際に育休を取って家に一番長くいるのは私だろうって思っていたから、「どうしてもここは......」と。
 それで夜、スカイプで会議をしたときに「私はやっぱりここはイヤ!」って話をして、みんなを困らせたり。そんな意見を言ってしまって落ち込んだりもしたけど、なんとか気をとりなおして自分で探し始めたんですよ。そのときに今住んでいるこの家が気になって、内見に1人で来て、その週末に力にも見てもらって。松島夫妻は都合がつかなかったんだけど、「もう二人がいいならそれでいいよ」って最後は任せてくれて、なんとか決まったって感じでした。


9-3-02.jpg力さんに書いてもらったシェアハウスの間取り。3LDKのゆったりとした空間。
ちなみに住み始めた当初は「部屋3」には住人はいなかったが、ここは次回で紹介します

■こんなつもりじゃなかった!? 生活感覚のズレ
真奈 ここでの生活が始まったのが2016年9月で、その半年後の2017年3月に玄が誕生しました。里帰り出産をしたんですが、当初は1ヶ月くらいのつもりが、玄が入院しちゃって、結局実家からここに帰ってきたのがゴールデンウィーク明けくらい。

アサダ しかしあらゆることが初めてじゃないですか? 子育てが初めて、このシェアメンバーで一緒に生活することも初めて、相手夫婦も子供がいる環境が初めて。慣れるの大変だったでしょう......?

 僕はあまりいろんなことが気にならないほうだから、まぁなんとか......。

真奈 なんか私が細かいこと気にする人みたいやんか!(苦笑)

 事実そうやん(笑)。

アサダ まぁまぁ......(笑)。だいたい夫婦どちらかはそういうもんだと思いますよ。

 これはまず子供がいるいない以前の問題なんですが、僕も最低限の部屋の綺麗さとかは求めますけど、真奈の場合はもっと居心地の良さを追求するというか。それが4人になると全員違うわけじゃないですか。最初はそのレベルを合わせるところから始まったので、それなりに大変でしたね。
 例えば宏佑さんはもともとまれびとハウスに住んでいた人で、あそこって開きっぱなしじゃないですか(笑)。ああいう感じで、いつ誰が来てもオールオッケー、そのカオスな感じから面白いコミュニケーションが生まれるのが理想という感じなのかな。一方で僕ら2人もそれはそれで面白いとは思うけど、普通に生活としての居心地の良さも求めたい。そのギャップがあったから結構最初は激突して、宏佑さんが一切リビングに顔をみせなくなったり(笑)。

真奈 さっき言ったみたいに出会いがとにかく電撃的だったから、実はお互いのことあんま知らなかったっていう......(笑)。

アサダ お見合いみたいなもんか(笑)。

真奈 でも、実際に生活するってなると、全然違う側面で相手のいろんなところが見えてくるから。私はわりと内と外で顔が変わらないっていうか。家でも仕事でもどこでも元気なキャラだと自覚しているんですけど、宏佑さんはわりと外ではシャキッと家ではだらっとしたいというタイプで。
 例えば、家事や料理を他のみんながしていたら手伝わないといけないとか、そういうのはイヤって言ってはりますしね。私たち夫婦は食べるなら一緒に作ったり、一緒に食べたり、一緒に片付けたりするけど、向こうはさおりちゃんが料理して、宏佑さんが後片付けしつつ、その間は一切別々の行動で、奥さんが料理していても旦那さんは寝ているという状況。そこに違和感があったので、「なんで手伝わないのか?」ってことが論点になって家族会議を開いたり(笑)。単純に価値観としてわからなかったんですよ。「なんで寝てるんやろ......? ありなんやこれ」みたいな。

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 しかもさおりちゃんはちゃんと料理をする人で、おそらく、できたら夫婦一緒に料理も食べたりしたいほうで、二人暮らしの時はそれが叶わなかったし、ホームパーティーみたいなこともできないしで、ずっと諦めていたらしいんです。でも、この家に来て僕らがそういうことをやってるってのもあるから、ここならできるかもと。それで、さおりちゃんが僕ら二人と一緒にやりだすと、構図としてはどうしても宏佑さんだけがひとりぽつんと「手伝わない人」になってしまうんですよね。

真奈 そうなると、さおりちゃんが、夫婦のみの前の暮らしでは「当たり前」と思っていたこともこの夫婦間シェア生活のなかで「もしかして当たり前じゃないかも......?」って思い始めて、そのことを宏佑さんに伝えたら、二人の関係がちょっとギクシャクしたりとか......(苦笑)。

 「パンドラの箱、開けてもうた!」って感じ。

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真奈 こういうやりとりをしていたのは、子供が生まれる前の話、最初の半年間の生活でのことなんですが、でも一方で宏佑さんは「出産」について興味がある人で。子供を産む前の女性の気持ちとか不安ってことに関心を持っているので、だからこそ私たちに子供ができても一緒に暮らそうって言ってくれたんだと思う。だから私が不安なときに「最近どんな気持ちなの?」とか優しく聞いてくれたりしたのは、とても嬉しかったですね。

 それでいよいよ真奈が里帰りしている間にさらに状況が変わって。出産したのが2017年3月の初めなんですが、その1ヶ月後の4月からもう1世帯、別の家族が住み始めたんですよ。そこが夫婦+子供で、お子さんは当時1歳くらい。

アサダ え!? 一時期、「3世帯子供2人」という状況があったってこと?

真奈 そうなんです。私が出産して実家からこの家に帰ってきたら、子供も含めた1世帯が増えていたってこと。それも私が軽いノリで「一緒に住もう」って誘っちゃって(笑)。
 私、ここに住み始めた当時は仕事がとにかく楽しかった時で、出産に対して後ろ向きになっていたんですね。なんか素直に全力で喜べないっていうか。その家族のママはことみさん(仮名)っていうんですが、彼女がフェイスブックで「私も仕事したかったから悩んでいたけど、でも子供産んでよかった」って内容の投稿をしていて、私はその投稿にとにかく励まされて、出産前に彼女に会いに行ったんです。
 もともとは共通の知人の結婚式で会ったことがあるくらいだったんですけどね。彼女はママの孤独を支えたり、ママのやりたいことを応援するためのNPOを立ち上げている人で。ママが子連れでも仕事ができるシェアオフィスをやりたいというそのビジョンにもすごく共感したから、彼女に「じゃあ一緒に住みませんか?」って。もともと松島夫妻ともつながっていたから、「ことみさんの家族をシェアメンバーにどうだろう?」って提案したのが始まりでした。
 ちょうど旦那さんが近々シンガポールに転勤になることがわかっていたから、それまでの3ヶ月期間限定で。だから2017年4月に住み始めて、5月に私が実家から玄を連れて戻ってきたあと、7月まで彼女たちは住んでましたね。

 だからいきなり「子供が2人いる状態」でしょ。私自身が初めての子育てなのに、それはもうカオスで(笑)。だからといって、みんななかなか協力し合えないっていうか。特に子供のことになると、「どう手伝っていいかわからない」ってなっちゃうんですよね。それで結局、家に一番いる母親に負担がかかるので、これを乗り越えるためにみんな集めて家族会議をして。そんな慣れない生活でイライラする時もあったけど、でも、ことみさんとお子さん、私と玄の4人で一緒に公園に行ったりご飯を食べたりすることで、精神的に助かったところも多かったです。

9-6.jpg「ソーシャル×ビジネス」と題して行なったおうちバルの一幕

アサダ いままでのお話を聞いていると、理想を言えば子育てが絡むシェアハウスって、どこかで「お互いに子供の面倒を見る」という機能も想定して生活していると思うわけだけど、そもそも子供以前のところでの世帯・家族間の価値観の違いもあるし、さらに自分のパートナー以外の価値観にも触れてしまうなかで、一人ひとりの個人の価値観の違いまでが露呈してしまうと。そうなると、「子育てに協力しよう!」という前の、そもそもの良好な関係性に至るのも大変だったりするわけですよね。

真奈 そうなんです! でも私が思うに、おそらく根底の価値観は「一緒に住みたい」と思っている時点でやっぱり近いのかなって。目指しているところは似ていて、そこに齟齬は感じないけど、問題は、「夫婦でどれくらい家庭にコミットするか」ってところがまずあるんですね。
 例えば私たち夫婦はなんでもイーブンにやっているんですよ。「男やから仕事しかせえへんとか許さへんで!」って感じで(笑)。でも、ことみさん夫妻も松島夫妻も、家事と育児は奥さんがメインでやっている。そうなると結局、奥さんが一人でできない部分を私たち夫婦がフォローするって関係になってきてしまって。それが「このシェアハウスの家事・育児像のスタンダード」みたいになってしまうのはどうかなって。
 でも、もちろんそれもひとつの価値観ではあるし、また旦那さんは2人ともめっちゃいい人で、ただポリシーとして「したいことしかしたくない。より良く生きるために」って感じなんですよ。それはそれでわかるけど......。

アサダ やりたくないことはやらないという人がいて、でも生活の上では誰かがやらないといけないって時に、普段からそれをやろうとしている人に、世帯・家族間を超えて干渉しあってくるってことですよね。

真奈 そうそう! まさにそうです。

アサダ お互いの家族の価値観にも口出すのって難しいですよね。イーブンに家事・育児をしようが、どっちかが多めに働いて、う片方が家のことを多めにやろうが、そういうことがその夫婦の間で同意が取れているとしても......ってことか。

 さらに厄介なのが、その「同意が取れている」と思っていたものが、他の家族のあり方を見ることで、ちょっとこっちの価値観が揺らぐんですよね(笑)。「あっ! なんや、ここは相手に甘えてやってもらってもいいんや」みたいなね。そうやって互いの家族像を相対化するなかで、改めてシェアメンバーで会議を開くわけなんです。
 家族や夫婦というユニットをいったん超えたところで、それぞれ「一人ひとりの個人」として、ここでどういった理想の生活を求めているのかについて意見をさらけだそうと。ことみさん家族がシェアから抜けたのちに、そういう本格的なワークショップを今年の1月から2月にかけて全部で4回開きました。



 さて、いかがだったでしょうか? もともとは意気投合した夫婦同士のシェアハウスのつもりだったが、松尾夫妻の妊娠発覚後は、「子育てシェアハウス」としてのコンセプトが固まり、苦労の末にようやく物件確定!
 しかし、そもそも子供が生まれる以前から、家事や家庭にまつわる夫婦対夫婦の価値観の違い、さらに言えば、各世帯を超えたところでの個々人の価値観の違いが露呈したり、さらに、もうひと組の子持ち家族が参加したり、いよいよ玄くんが本格的に登場したり......。

 次回は、「子育てシェアハウス」の理想と現実の断絶から目をそらさず、住人みんなが気持ちよく生活できる「いい塩梅」を見極めるために行った「家族会議ワークショップ」の様子や、新住人の独身男性の登場がここでの生活に及ぼした変化などを踏まえた「後編」をお届けしたい。


※1 住居をはじめとしたプライベートな空間の一部を、住人の好きなこと(趣味、特技、表現)をきっかけに他人に無理なく開放すること。僕が2009年に提唱したコンセプトで、2012年に『住み開き 家から始めるコミュニティ』(筑摩書房)にまとめた。http://ours-magazine.jp/borrowers/asadawataru-1/ などを参照。

※2 東京都北区田端にあるシェアハウス。そこの立ち上げ人のひとりである内田洋平氏と僕が友人であることが、松尾家との出会いにもつながったし、かつては前述の『住み開き』本でも取材をさせてもらっている。http://onomiyuki.com/?p=288などを参照。