第7回

保育士と親はもっともっとつながれる!
子どもたちの「根っこ」を育てる場の作り方と伝え方 (後編)

小方久美さん(小金井市立小金井保育園 園長)×
長澤麻紀さん(小金井市在住 2児の母親・会社員)×
アサダワタル(小金井市に引っ越ししたての2児の父親・フリーランス創作業 兼 大学教員)

7-1.jpg左から長澤麻紀さんと小方久美さん。小金井保育園のクラスルームにて

 GWが終わりました。読者の皆さん、ちゃんと日常に戻れておられるでしょうか?
 僕は新潟と大阪の実家巡りを終えて、東京でこの原稿を書いているけど、帰路の際、爆睡する長女M子を新大阪の駅で30分ほど抱っこし続けた腰の痛みが、未だにじんじんと......(苦笑)。

 さて、前回から「保育士と親はもっとつながれる!」と題した、鼎談シリーズを前後編でお届けしております。
 出演は、小金井市立小金井保育園園長の小方久美さん、小金井市在住の2児の母で会社員の長澤麻紀さん。この前回がですね、おかげさまでたくさんの「いいね!」をいただいたり、小金井市内の広い意味での「保育」関係者(親御さん、子どもと関わる場の運営団体、市議会議員など)にたくさんシェアいただいたりで、それなりの反響がありました。
 改めて僕が感じたのは、「保育の質の話や、保育のあり方の話って、まだまだ世間に"言葉"が足りてないんだ」ってこと。

 今回の後編では、さらに突っ込んで「じゃあ、自分たちが"いいよね!"と思う保育のあり方を広めるために、保育士と親はどんなアクションを起こせるのか」ということについて。平たく言えば「保育士×親ならではの場づくり」について対話を進めてみました。
 待機児童問題に振り回されている(例に漏れず我が家も!)読者の皆さんにも、ぜひご自分の興味・関心に引き寄せながら、読んでもらえれば嬉しいです!

■「公立園/民間園」「入れた/入れなかった」を越えて
アサダ :後編も引き続きよろしくお願いします! 前編では、小方さんの保育観に心底感動したというエピソードを麻紀さんから紹介してもらいました。それは長男R太くんが4歳のときのクラス懇談会での話ということでしたが、小金井保育園では、その他にも保育士と親が交流するような場ってあるんですか?

麻紀 :「こがねい交流会」というのがあって、R太が在園中はよく参加していたんです。園の職員と親がクラスを越えて交流する場で、なんでそんな場があるかといえば、背景には公立保育園の民営化の問題があります。この民営化の議論は以前からずっと各地であるけど、議論が本格化していくにつれて、「保育士の仕事を親はどんな風に感じているか」を確認し合う機会が必要になったんです。要は、公立保育園の保育士さんたちも危機感を持たれたんですね。「民営化したって別にいいじゃん」と思っている親だってたくさんいるわけだし。

小方 :麻紀ちゃんのような強い想いをもつ親にも出会い、何か交流の場を設けたいなと思っていたんです。私たち公立保育園にとっても、「正規職員は新規採用できない」とか、民営化に向けた厳しい状況が押し寄せていて、もっと学ばないといけないことがあると。ちょうどそのタイミングで、「うんきょう」(※1)という、より公式な場も立ち上がって、公立保育園ならではの保育の質を検証するような機会ができたといった背景もあります。

麻紀 :「公立の保育園だからこそ、私たちはこんな保育ができているんだ!」ということって、私たち保護者には全然伝わってない可能性がある。私だって、たまたまR太の担任がオガちゃんになって、クラス懇談会で教えられる体験があったから、そういうことを考えるようになっただけで。

小方 :でも、やっぱり職員のなかにも温度差はあって、「保育」のことは話せるんだけど、「制度」の話になると、みんながうまくまとまっていかない。それで、いろいろ試行錯誤した結果、そもそもは民営化がきっかけではあるんだけど、「こがねい交流会」で語ることは、よりスタンダードな「保育の質とは?」という、私たちの本分に立ち返っていったんです。「保育の中身」の話であれば、私だけでなく、他の保育士や給食調理師などにも話題提供できるし。

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アサダ :なるほど......。本来は民営化とか仕組みの話もしていかなきゃならないわけだけど、「そもそも何を大事にしてきたか?」という「保育の質」を話題にすれば、現場の職員も参加して、それぞれの想いを確認し合える場に近づきますよね。その一方で、こういった保育にまつわる議論に、親が継続して関心を持つことってなかなか難しいなぁとも感じているんです。
 待機児童問題などは一時的(とはいえ、それなりに長期戦だけど!)に否応なしに関心を持たざるを得ないからいろいろ調べたり、必要な制度も勉強するけど、いざ我が子が入園してしまえば、「喉元過ぎれば......」となってしまい、日々の仕事と育児の忙しさに流されてしまうというか。これは完全に自己反省モードで喋っているんですが(笑)。
 でも、小方さんの語る「見通しを持った保育」ということを考えると、保育って、子どもたちが学校に上がって以降の成長にもずっと関わってきますよね。保育園で過ごす時間は、子どもにとっても親にとってもそれくらい大切な時期なんだと。

小方 :子どもを持つ前と、持ってからの世界って、親の人生の変わりぶりったらないわけじゃない? これまで「自分が一番!」で生きてきたのに、子どもができたら自分の価値観というものを多少手放さないといけなくなる。でも、親にとって未知の世界に、子どもが誘ってくれることもたくさんある。だから子どもは親の人生に幅をもたらしてくれるし、親にしてくれるのは我が子しかいないわけだけど、でもね、どうしてもそういう世界にどっぷりハマれない人や、子ども中心の生活を受け入れるのに時間がかかる人たちもいるの。
 「親には親の生活があるんだ」「親の価値観があるんだ」と。だから「子どもは子どもでやってくれよ」「全部保育園でやってくれたらそれでいい」って。私の実感では、世間の親たちの半分、いや、もしかしたらそれ以上が、そうなってしまう親たちかもしれない。私も親なので、その気持ちはすごくよくわかります。でも、その面倒くささを楽しめたり、「何かこれが力になるんだよな」って思える人と思えない人たちの差は大きい。

アサダ :「半分以上は面倒くさがる」っていう話は、自分のなかにもそういう気持ちがないわけじゃない。
 いま保育園を選ぶときって、どうしても「消費者目線」というか、サービスを選ぶみたいになってしまいがちですよね。「駅前にある」とか「洗濯してくれる」とか。親が働きやすいように、親の負担はどんどん保育園が担ってくれて、子どものことに関しては「今日はこれができるようになりましたよ」って報告してくれたら、それで満足って気持ちに僕なんかはなりがちです(笑)。
 でもそれって、意地悪な見方をすれば、すべて「ポイント制」って感じもするんです。子どもたちの成長を見守るまなざしまでが、「この施設が便利」とか、「○歳でこれができた」という、わかりやすいポイントとしてしか見えなくなっている。それは親が家庭で子どもを見るまなざしにまで影響してきますよね。

小方 :いま、保育園がいっぱい新設されてますよね。世の中の流れとしては待機児童ゼロになればいいのかもしれないけど、果たしてそれだけでいいのかと思います。なかには公立5園を第5希望まで書いてくる人もいるけど、それは本当に一握り。「本当は公立に行きたくなかった」って人もいるの。
 公立は何かと親にあれやれこれやれとうるさいし、面倒くさいことが多い。いろんな価値観の親がいるから、洗濯は保育園がやってくれて、運動会や発表会(公立保育園はそういったお決まり行事が少ない)でたくさん写真が撮れて、良い思い出を残してくれる保育園がいいっていうのも、親が選ぶ基準のひとつなんだとは思う。

アサダ :ただ、そこで大事にしたいのは、サービスを選び取るという観点よりは、この保育園で子どもがどんな風に楽しくじっくりと育っていくかを見極めながら選べた方が、本当はいいということなんでしょうね。選ぶのは親かもしれないけど、結局そこで長い時間を過ごすのは子どもたち自身なんだから。

小方 :もちろん民間園だって素晴らしい保育を展開していますし、公立だから民間だからという問題が本質ではありません。子どもの最善の利益を守る、一人ひとりの子どもを尊重する。そこだけは揺らがないで、子どもにとって必要だったら、たとえ面倒がられたとしても「ここはお母さんも、ちょっと頑張ってね」って言い続けたいって思う。

アサダ :でも、こういう話をしながらやっぱりムズムズモヤモヤしてくるんですよね。実際は、そんな風に保育園を選ぶ権利が親にはないから。待機児童が多過ぎてまぁそれどころではない。そして、むしろ親が興味を持っていることって「保育の中身」というよりは「保活の方法」ですよね。だから多分この連載ももっとガチな保活日記に振り切った方がウケはいいかもしれないですが(笑)。
 「保育の中身」にこだわりたいという気持ちと、「でもそもそも保育園に入れないじゃん!」という理想と現実の間で板挟みになる親はかなりの数いると思うんです。

麻紀 :利便性どうこうというよりは、やっぱり保育士が働く親を応援してくれているっていう態度が表れていると、親にとってとても嬉しいなと思う。
 たとえばR太は夜すぐに寝ない子なんですよ。23時くらいまでは平気で起きていて、もっと遅いときは24時を過ぎるくらい。R太が4歳でオガちゃんが担任のときに「なかなか寝ないんだけど、ちゃんと寝かしたほうがいいのかな?」って相談したら、「この子はちゃんと朝登園してきて元気一杯遊んでいるから、23時に寝ても大丈夫な身体になっている。それを21時に寝かせなきゃいけないって思ってお母さんがストレスに思うならそんなことしなくていいし、この子が"変だな"って気づいたらちゃんと言うから、安心して仕事しておいで」って言ってくれたんですよね。
 そういう心配事をちゃんと聞いてくれて、仕事に気持ちよく送り出してくれることで、本当に保育園には助けられてきましたね。

アサダ :なるほど。それでいて、親が親としてするべきことはちゃんと「お母さん、そこはしっかり頑張ろう」とはっぱをかけてくれると。

小方 :色々な課題があるけど、今改めて感じているのは、小金井市内の保育園に入っていようが入っていなかろうが、子どもたちの未来を守るために「全体の質を底上げする」っていうのは、保育士であればみんなが持っている願いだと思うので、営利とは違った観点から、制度として小金井市全体の保育の質をちゃんと担保していく議論が必要だということ。公立園、民間園の立場を超えて何かもっと大きな輪になればいいんだけど、まだそこまでは至っていないのが現状ですね。

アサダ :新しくできた民間園の中間支援の可能性はどうなんでしょう? 公立園は何より「地域」のことをよく知ってますよね。小金井市ならではの保育の歴史や、小金井市にどういったソーシャルワーカーがいたり、サポート制度があったりするとか。それに、市民活動を盛んにやっている親御さんの存在とつながっていたりとか。
 園庭を貸したり、おもちゃを貸したりもだけど、それ以外にも連携できる仕組みがあれば。公立保育園が民営化されていくときにできることは、自分の園の運営とともに、民間も含めてその地域の保育園のハブ機能を担うということだと思うのですが、そういう議論や実践はあったりするんですか?

小方 :議論はあります。実際にやっている市もあります。クラス担任ではなく地域支援担当の保育士がいて、地域に出向いていってサポートするのをメインにしていたり、地域のイベントを市民団体と一緒に共催するとかね。
 公立保育園も、地域子育て支援の拠点としての役割を求められてる。実際、民間園と交流や勉強会をしたり、一時保育を通して地域の色々な親子や専門機関と関わったりもしている。でもまだまだ足りなくて、もっとできることはないか、何かやれるんじゃないかと日々模索しています。ただ実際は、業務がどんどん増えてもそのための予算や人材は確保される見通しがなく、結局は保育士のマンパワーにしわ寄せがきてしまう......。このキツキツの保育士体制のままでは「地域との連携ももっと頑張れ」と言われても、言ってることはわかるけど、体が足りないよ~ってなっちゃうのが現実。そこが課題ですよね。

アサダ :たとえば僕らはいま東京都小金井市という地域の話をしていますが、これからここで暮らしていく、この地域で生活していくという考えを持っている人は、もうちょっと保育園のことを「自分の地域生活の延長」で捉えているのかなって気がする。麻紀さんと話していても、すごく地域の話が出てくるし。
 保育園を保育園としてだけ見ると、そこが終わってしまったら、先生と親の関係性が途切れしまうかもしれないけど、この地域で連続して生きていくことを考えると、小方さんと麻紀さんのように、子どもが卒園してもずっとつながりが続いていくかもしれない。しかも、それって公立保育園であればよりやりやすいのではないかと思うんですが。

麻紀 :確かに公立保育園って先生の入れ替わりが少ないし、若い先生ばっかりでなくベテランの先生もいるので、子どもが卒園したあとの交流という意味ではやりやすいかも。
 私がオガちゃんを自宅に招いて始めた「スナック・オガタ」は、保育士と親たちの園外の交流会なんだけど、他の園の友人に声をかけたり、アサダ家に声をかけたりして、ひとつの保育園にとどまらず、地域ぐるみで保育について語ろうよっていう意味もあったんです。
 長男のR太は小金井保育園を卒園したけど、長女のS子は小金井保育園に入れなくて、別の民間園に通っているので、私としては別に「公立園に通っている子の親」として今は活動していないというか。その方がいろんな立場の人を招きやすいんですよね。

アサダ :逆に言えば、だからこそ麻紀さんの本気度が見えるよね。がっつり公立園在園児の親としてのみ活動するとやっぱり「ああ、あの人は特別だから」ってなってしまう。

小方 :いやぁ、ほんとにここ最近なんとなく半歩足が出始めたかなって感覚があるのは、麻紀ちゃんたちパワフルな親御さんとの出会いのおかげだし、今回のこの鼎談の機会もそうだし。とにかく様々な方策を練りたいともがいているところだわ。

アサダ :今さらながら小方さんにうかがいますが、麻紀さんら、「保育士/保護者」という壁を取っ払って思いを共有できる親御さんとの出会いってやはり大きかった?

小方 :大きいも何も、今の私があるのは、親御さんたちとの出会いのおかげ! 「保育園のために......」とか「親と保育士が一緒にやれることっていくらでもあるよね」っていう親御さんたちの想いにすごく支えられてここまで来ています。「こがねい交流会」にしても、参加者が増えず停滞していた時期もあり、存続やいかに......とまで考えたりしたけど、麻紀ちゃんはじめ常連さんや、「時間が合えば出たいんだけど......」とか「来年は出られるかも」って言ってくれる人たちに支えられて、細々ながら4年間積み重ねてきたんですよ。

■保育士と親が楽しくコラボする「場づくり」のバリエーション
アサダ :小方さんが麻紀さんのような親御さんに影響を与え、「保育士/親・保護者」とか「保育園/家庭」といった立場を超えて交流していく場のひとつとして、先日、麻紀さんがご自宅で開催した「スナック・オガタ」はとても面白かったです。
 地元の保育園の先生と日曜の昼間に、ホームパーティーで美味しいご飯を食べながら気軽に保育の話をする場って、僕は少なくとも参加したことがなくて(笑)。小規模だったかもしれないけど、あれも保育を「外」に開いていくひとつの場づくりだと思います。

麻紀 :待機児童がどうのこうのっていう人や、民間の保育園に通わせている人、幼稚園に通わせていたり、保育園に入れようか幼稚園に入れようか迷っている人にも、みんなに来てほしいと思っていて。なぜなら狭い意味での「保育園」の話にしたくないって問題意識がまずあるから。
 保育士の保育の質にまつわる考えを通じて、私たち親は「保育」よりももっと大きくというか、これからも続いていく「子育て」に関する考え方を底上げしたいなと思っている。待機児童の愚痴とか子育ての不満を言い合って「辛いよね」って慰め合うママ会もいいんだけど、私はみんなでもっと上がっていける、子どもも親ももっと楽しく育っていける、そんな街中の親たちが集まる発信源として、オガちゃんはじめ、面白い保育士の先生方がもっと前に出られないかと思ったんですね。
 だから、私は私なりのやり方で、まず日曜の昼のホームパーティーって方法をとりましたが、どこかお店を借りてお酒飲みながら夜の部をやってもいいし、市民会館の大ホールや公園でフェスみたいにやったっていい。そのためには、親たちが自分の表現、特技を持ち込めることも大事だと思っていて。たとえばうちの旦那だったらバンドをやっていて楽器ができるとか。旦那のバンド仲間には実は別の市の保育課に勤めている人がいて、「保育の話や民営化の話もできるけど、まずは曲を演奏します!」みたいな(笑)。そういうことができたらいいなと画策してますね。

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アサダ :問題を語るときの入り口をとにかく柔らかくラフに、そして何よりも楽しく演出・表現するって話ですね。子育ての話ってそれこそ日常だから、「話すことがまったくない」ということはないはず。どうやって対話のスイッチを押すか、そこに創意工夫の見せどころがあると。
 その延長線上には、前々回にこの連載で紹介した、先輩ママの子育て自転車ルートをもとにしたビデオ作品や、最近その延長で取り組んだ「こどもみちを行く」という作品もありますね。

麻紀 :子どもたちの胸元にスマホを装着し、R太とその友達とそのママたちと一緒に、家から保育園までの通園ルートと保育園から野川(小金井市内南部を流れる川)までのお散歩ルートを子ども目線で撮影し、そのあとで子どもたちにさっき歩いた道の地図を大きな紙に自由に描いてもらうということをしたんです。東京学芸大学が運営する、こども未来研究所「Codolabo studio」にて映像と地図を展示させてもらったんですが。

アサダ :その作品を小方さんも観てくださったと。率直な感想はいかがですか?

小方 :いままでにない発見がありました。保育園でやっている散歩っていうのは、散歩に限らないけどとにかく計画と狙いがあるんですね。庭がないから外に行くとか、天気がいいから行くとかじゃなくて、散歩の中には言語認識の領域が入っていたりとか、先を見通す力を養う目的があったりとか。
 一見ただの散歩なんだけど、実はその行程にプチイベントとかドラマとかを保育士がアイデアを練りながら挿入しているの。たとえば、1歳とか2歳とか小さい子どもたちの散歩であっても、暗い道を通ったときに「今日はオバケがいるかどうか確認してみよう!」とか言って、そこで風が吹いたら「今日はいるかもしれない! ちょっと小走りで!」とか。「ここの犬を起こしちゃいけないから、音を立てないように歩いてみようか?」とか。その子たちと保育士しか共有できないドラマをいっぱい体験して、保育士と子どもたちが「共犯者」になっていく。
 その一方で、麻紀ちゃんのあの作品を観たときに、「あ、"一人ひとり"なんだな、やっぱり」と思ったのね。本来はいろんな個性や興味のある子たちと、計画に則ってグループとして共犯者になっていくんだけど、そもそもは一人ひとり。いろんな風景を実はそれぞれが見ているんだっていうのは、改めて新鮮な発見だったんです。
 でもそのなかにも、私たち保育士と共有したドラマをちゃんと受け継いでくれている。R太くんが野川に向かったときの映像を観ると、5歳のお泊まり保育で共有した「恐竜の世界と通じる穴」のドラマが、ちゃんと彼のなかに響いていることがわかる。その安心感というか、やっていることがちゃんと子どものなかに積み重なっていることはやはり嬉しくて。新鮮さと安心感、両方の発見がこの作品から感じられました。

7-4.jpg麻紀さんやR太くんたち親子が取り組んだ「こどもみちを行く」の展示。
モニターには子どもたちの胸元につけたスマホで捉えた通園・散歩の映像、
壁面には撮影後に子どもたちが描いたルート地図を展示した。
(東京学芸大学こども未来研究所「Codolabo studio」にて)

アサダ :麻紀さんが参加されていた小金井のアートプロジェクトでは、2017年に「想起の遠足」(※2)というテーマでまち歩き企画を開催したんです。小金井の街の記憶をもとに、様々な遠足ルートを市民一人ひとりが仕込んでいく。麻紀さんはそこで、この「こどもみちを行く」という企画をされたわけだけど、僕が演出してきたことって、いま小方さんがおっしゃっていた、目に見えないドラマを共有しながら街を違うまなざしから捉え直すってことの、大人バージョンだという気がするんです。
 ある一つの妄想、認識のモードのもとで街を歩く感覚の原体験は、明らかに子どもの頃にあり、誰もが子ども時代は自然にそれをやっていて、「まなざしのルール」が街中にたくさんある。それこそ思考のスイッチひとつでリアルな「ポケモンGO」みたいなことができてしまうんですよね。
 どこどこのマンホールや白線は踏まないように歩くとか、かならずこの石垣では綱渡りのように歩くとか、ここでは犬が吠えるから必ずその声と呼応した謎のルールで走り抜けるとか。子どもと過ごす中で、大人はそういう感覚を再び手繰り寄せる経験をしているのではないか。しかもそれは僕のようなアートを仕事にしている人間にとってはとりわけ「子どものすることだから」の一言では済まされないような重要な気づき、想像力(イマジネーション)と創造力(クリエーション)の両方のヒントに溢れていると思っています。

麻紀 :自分の子ども時代を思い出すっていうのもあるし、自分の子はいまこんなのを見てるんだけど、「大人になった自分はいま見てないな」っていうことも気づかされましたね。同じ街の風景なのに、見ているところがまるで違う。「過去の私」にも出会い直せるし、「子どもの今」にも出会い直せるというか。

アサダ :そういった気づきが、保育や子育てについて共有する場をどう楽しく表現・演出するかというテーマにつながると思っています。少なくとも僕がやっているような謎のアート活動にも、保育を語り直すヒントはたくさんあると。子どもと一緒にビデオカメラ片手に散歩するでもいいし、一緒に音楽をするでもいいし、絵本を作ってみるでもいいし、どんなことでもいいと思うんだけど、そのときに親の「親という立場ではない"個人"としての背景」が滲み出るというか。
 だから、問題そのものを語り合うというよりは、自分の得意なフィルターを通して語り合うっていうことがもっとあってもいいのかなって改めて思います。親は「親」としているだけじゃなく、当然何か好きなことがあって、「子どもに対する接し方のオリジナリティ」を持ちえるはず。そういった「子育てに対する態度」と、今日語ってきた「保育の質」っていう話がつながったらいいのになって。今日の鼎談の機会もそのひとつにしたいなって思いがありました。

麻紀 :まさに、オガちゃんの話は、自分の得意なことを子育てにつなげるハブになり得ると思っています。それは保育園だけでなく、家庭の日常生活でも使える知恵。だから、子どもがまだ生まれてなくても、これから生まれたらこんなことがしたい、とかでもいいし、幼稚園に行っていたとしても使えるし、「保育園」というジャンルを超えた普遍的な話だと思っています。


 前後編にわたってお届けした鼎談「保育士と親はもっとつながれる!」、いかがだったでしょうか?
 今回の対話で一番感じたことは、「"保育"を自分の関心へと手繰り寄せるためのモード(気分)は、もっと多様で自由でいい」ということでした。はっきり言って、保育士の誰もが小方さんのようになれるかと言えばそうではないと思う。ましてや、親の誰もが麻紀さんのようなアクションを起こせるわけでもないだろう。

 お二人はあくまで「"保育"を楽しく表現する、愉快なタッグ」の一例だ。だから彼女たちを目指そうというよりは、「 "保育"という広範なアクションのお皿に、私だったらどんな"一品"を盛り付けられるだろうか?」という問いを、楽しみながら持つことが必要なのではないだろうか。
 これは僕が言えたものではないというか......、そもそもこの連載は何よりも「自分のため」「我が家族のため」に書いているところがあるので(笑)、読者の皆さんもどうぞ、右も左もわからぬ僕と同じ地平から、この先に幾重にも広がる「こんな子育てがあるのか!?」「こんな家族生活、成立するの!?」といった豊かで謎の(?)価値観を、共に覗き見しようではありませんか。

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※1 小金井市公立保育園運営協議会の略。公立保育園における保育内容の確認や評価、保護者が求める保育事業などについて、今後の行政運営の参考とするための意見交換の場。
※2 「想起の遠足──このまちの「記憶」からあのまちの「記憶」を手繰りよせる日常ツアー──」のこと。主催:東京都、小金井市、アーツカウンシル東京、NPO法人アートフル・アクション/助成:一般財団法人地域創造/企画制作:NPO 法人アートフル・アクション/ゲストディレクター:アサダワタル  詳しくはhttp://recallkoganei-hiking.blogspot.jp/