第6回

保育士と親はもっともっとつながれる!
子どもたちの「根っこ」を育てる場の作り方と伝え方 (前編)


小方久美さん(小金井市立小金井保育園 園長)×
長澤麻紀さん(小金井市在住 2児の母親・会社員)×
アサダワタル(小金井市に引っ越ししたての2児の父親・フリーランス創作業 兼 大学教員)

ph1.jpg右から長澤麻紀さん、小方久美さん、アサダ。小金井保育園の壁面に描かれたアート作品の前にて
 春になりました。読者の皆さん、いかがお過ごしでしょうか? 「#保育園落ちた」で検索すると胸が痛くなるようなニュースが飛び込んでくるなか、うちの0歳児次女N美はまずは「不戦敗」。でもこれから妻の仕事も忙しくなりそうで、いよいよ「0歳時で途中入園なんてできるのかしら?」と考えあぐねておりますわ......。でも正直、いわゆる目先の「保活」だけに振り回されたくない! という気持ちにもこの連載を書きながらだんだん目覚めてきて。

 そんなことを考えながら、前回は、保育・子育てを通じて親の感性や思考が豊かに開かれていくエピソードをお届けしました。登場人物は、東京都小金井市在住の2児の母で某アパレルメーカー社員の長澤麻紀(ながさわ・まき)さん。
 僕がディレクターを務めた小金井市の文化事業を契機に繰り広げられた、麻紀さんの「謎すぎる子育てアクション」については前回を読んでいただくとして、今回からは彼女の子育てに対する考え方に多大なる影響を与えた、小金井市立小金井保育園の園長・小方久美(おがた・くみ)さんにも登場していただくことにしよう。

 麻紀さんの長男R太くん(現在小学校2年生)が4歳のときに、小金井保育園で担任を務めたのが、保育歴32年のベテラン保育士・小方さん。麻紀さんにとって、クラス懇談会での小方さんの言葉は、これまでの「保育士像」を根底からひっくり返すような衝撃体験だったらしい。それ以来、「親/保育士」といった立場の違いを超えて、不思議なパートナーシップを組んできたお二人ならではのトークを、前後編に分けてお届けする。
 前編は主に、小方さんというベテラン保育士がどんな保育実践を積み上げてきたかという「保育の中身」の話。後編は、麻紀さんのような親が、「子育てにおいて大切なことは何か」という問いを保育士と連携しながら発信していく、そんな「保育士×親で実現する場づくり」の未来について。このふたつのポイントを軸にして見えてくる、待機児童問題、公立保育園の民営化の課題、アート活動も絡めた子育ての場づくりの可能性とはいかに......。

■子どもたちの「根っこ」をつくる! 「見通しを持った保育」とは?
アサダ :今日はよろしくお願いします! 我が家は長女M子が1~3歳のときは滋賀県大津市の民間保育園に通い、そして次女N美の出産の際に、妻の実家のある新潟県妙高市に里帰り。そこで地元の公立保育園の一時保育で3ヶ月過ごし、東京に越してからの現在は小金井市の新設の民間保育園に通い、この4月から4歳児クラスになりました。なので、もうすでに3園に通ってきていることになり、保育園の空気や、保育のあり方はそれぞれ絶妙に違うのだなと実感しています。
 どの園にも共通しているのは、保育士の先生方はほんとに子どもたちのことをよく見ているし、様々な工夫をもって子どもたちの成長を見守ってくれていること。恥ずかしながら娘が生まれるまでは「保育士の仕事って、ただ子どもと遊んでいるだけでしょ」という、世間で言われているような固定観念を僕も持っていたんですが、それは全然違うし、様々なコミュニケーションスキルがないとできない仕事だな、と考えるようになったのです。
 そんなとき、麻紀さんから、「小金井保育園の園長先生がとにかくすごいから、家に招くので今度遊びに来て」と誘われ、そりゃ行かなきゃいけないと。そして初めて小方さんとお会いしたわけですが、あのときはただユルユルと食事をしながら雑談しただけでお開きになってしまったので(笑)、今日は改めて、いち母親である麻紀さんと、いち公立保育園園長の小方さんのお二人に強力なタッグを組んでいただき、この連載を使って「目指すべき保育の中身」について、そして「その保育を外に伝えるための場づくり」についてたっぷり発信していただこうと思った次第です。まず、麻紀さんが小方さんの保育に惹かれたきっかけを教えてもらえますか?

麻紀 :長男のR太は0歳児クラスから小金井保育園に通ってきたんですが、その4歳児クラスの担任をされたのがオガちゃん(小方さんのニックネーム)なんですね。これまでのクラス懇談会では「最近、こんなことができるようになりました」とか、その都度、子どもの成長を知れてそれはそれで嬉しかったし、「月齢によってこんなにできることが違うんだな」という気づきもあったんです。
 でも、オガちゃんのクラス懇談会は、これまでのそういう説明とはまったく違うもので。まず4月の初っ端から「この子たちは1年後にはこうなります」っていう、スパンを持った話から始まった。  今はイノシシみたいに走り回っている状態だけど、「この1年を過ごせば、こう成長していく。そのために私たちはこういう遊びを教えて、教室の配置はこう変えて、数ヶ月後に今度はこう変えて」みたいに、すごく具体的な話から始まって。
そして半年後の9月のクラス懇談会では、オガちゃんがまた「前回の続き」から話を始めるんですよ。「半年間こういう遊びを通して、あのときできなかったことが、こんなふうに変わってきていますよ」って。
 3~4歳では、自分のやりたいことをちゃんと人に伝えて、お友達との間でも話し合って折り合うことを学ぶ。それにはお友達の話を聞くことも必要だし、我慢しなきゃいけないことも出てくる。でももちろんまだ納得いかないこともある。そういう時期だからこそ、こういう遊びを通して保育してきたんだといった話を聞いたときに、ほんとに感動して!
 それまでの0~3歳児の4年間は、保育園って単純に仕事で面倒見られない分を、保育士さんがカバーしてくれているくらいにしか思ってなかった。でも、これまで保育園でやってくれていた一つひとつのプロセスに、すべて意味があったんだと気づかされたんです。
 「これができるようになった」というのは、突然できるようになるのではなく、すべてそこを目指して様々な遊びを積み重ねてきたから今につながるってこと。それをちゃんと言葉にしてくれたのがオガちゃんで。周りの親もみんな衝撃を受けたんです。「なんじゃこれは!」って(笑)。

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アサダ :なるほど。小方さんのお話を聞いていると、保育のもっとも大切なことは、「見通しをもった学びの場」を子どもたちに提供すること。そして、子どもたちの今後の成長の「根っこ」をしっかりつくるんだということが伝わってくるわけですが、改めて小方さんの保育観を今日はひとつご教示願います!

小方 :私が話していることや、何かの時に作る資料、保護者のみなさんへのおたよりやご案内文には、よく「根っこ」というキーワードが出てきます。「人生の根っこ」とか、「根っこをつくるための環境」とか。保育の基本は、環境を通じて行うことなの。保育士やその他の職員、子ども同士も含めた人的な環境や、建物や設備や遊具などの物的環境、自然や社会などのより外的な環境も含めて、それらが相互に関連し合うような保育環境。まず、特定の大人との密接な関わりにおいて育まれる子どもと大人との信頼関係が一番のベース。かけがえのない一人の人間として子どもたちが尊重され、愛され、人への信頼感と自己肯定感を育むことがすべてのスタートです。これが彼ら彼女らのこれからも続いていく人生の「根っこ」なの。
 学校にあがるまでの親と一緒に過ごすこの時期は、その子の人生の「根っこ」、すぐには表に現れてこない地面のまだ下にある部分をいかに太く強くしなやかにつくっておけるかというのが勝負だなと思いながら、私たちは保育をしてるんです。親からするとまだ地面の下だから答えが出ないし、すぐに結果が見えないし、悶々としちゃう時代なんだけど、ここでぐちゃぐちゃ悩む体験をたくさんした方がいいし、子どもがこの時期にいかに自己肯定感を育んでおけるかということに尽きるかなと思っています。

アサダ :子どもたちの成長のプロセスに即して、その「根っこ」をどのように育んでおられるのか、もう少し具体的に聞かせていただけますか?

小方 :まず大人のとの安定した関係が土台です。どんな自分も受けとめてくれる。どんな感情を抱いても表出しても認めてもらえる。オレはオレのまんまで大丈夫なんだっていう体験を、繰り返し繰り返しさせてくれる大人の存在。そこから少しずつ子ども同士の関わり合いがでてきます。たとえば赤ちゃんでもハイハイで接近したり、まねっこしたりして関心を示すようになったり。1歳半から2歳頃になると、おもちゃを取り合ったり、自分のしたいことを主張したり、でも同じ遊びを楽しんで、互いに遊びを発展させていくような姿にも出会える。
 「主張や欲求を貫くぞ!」ってなれば、いよいよけんかも始まる。そのプロセスで、信頼関係のある大人に気持ちを共感してもらったり代弁してもらったりしながら、自分とは違う相手の気持ちを知り、主張の仕方や感情をコントールしていくことを学んでいくんですよ。こうして社会性の芽が出てくる。
 乳児期のこの主張、遊びの空間、けんか、大人との関わりはとっても大切で、だから私たち保育士は、乳児の部屋のコーナー作りにはかなりの保育魂を込めます! コーナーの位置と意味、大人の動線と安全確保、おもちゃの種類や量、遊ばせ方の意図から、遊びのモデルとなれる保育士自身の腕磨きまで、担任同士であーでもないこーでもないと語り合い、「生きたコーナー」を作っていく。社会性の芽と遊ぶ力をしっかり身につけて、幼児クラスに上がってほしいから。
 それで幼児期になると、今度はひとり遊びから、より集団的な遊びへと発展していきます。協同的な遊びのなかで、お友達と一緒に活動する楽しさを知ったり、仲間意識が芽生えたり。たとえば、ブロックや積み木遊びひとつとっても、乳児期とは遊び方が違う。大きな街をみんなで作ったり、遊びもより「ルール」のあるものへと変わっていきます。そういうなかで、楽しいことばかりじゃない、悔しさとか葛藤とかも経験していく。自己主張することと同時に我慢しなくてはならないことも学ぶ、大切な時期なんですね。この時期になるといよいよ大人との関係だけでなく、子どもたち同士の中でこそ育っていく力が出てきます。

アサダ :遊びひとつひとつにも意味があるといのは、自分の子どもと遊ぶ上でも、とても興味深いです(笑)。

小方 :そう! たとえば鬼ごっこひとつにもそのルールで楽しく遊ぶには、それなりのプロセスがあるんですよ! 年長クラスだとかなりのレベルで遊べちゃう警ドロとか缶蹴りは、体力と瞬発力、身のこなしはもちろんのこと、ルールを理解する力、勝負の楽しさや悔しさを知る力、仲間を助ける技と勇気、作戦を練る想像力など、様々な力や技術が必要です。鬼ごっこは年長クラスだからできるのではなく、年長で「完成」させために、実は0歳児クラスから計画を立てて保育の活動をしているんです。

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 1歳を過ぎて歩行がしっかりしてくると、待て待てごっこが始まります。「待て~!」と保育士に追いかけられて逃げるスリル......。すごく怖くてハァハァドキドキして、でも捕まえられても大丈夫。だんだんと逃げることが楽しくなって、仲間と一緒に「逃げろ~!」ってね。
 それが2~3歳になってくると、オオカミごっこやオバケごっこなど、「ストーリー性」が加わってきて逃げる人数も増えてくる。
 3~4歳になるとオオカミごっこはさらに進化して、捕まった仲間を助けるというルールと面白さが加わって、「集団遊び」へとつながっていきます。ここで獲得した助け鬼の基本が、4~5歳になって今度は氷鬼や「アヒルとオオカミ」などの大人数での鬼ごっこを楽しくしてくれ、5~6歳になると仲間を助けるだけでなく、警ドロのように相手のお宝をゲットするとか、缶蹴りのように全体の空気や全員の動向を見て自分の動きを瞬時に考えるとかができるようになってくる。
 これがさっき麻紀ちゃんが感動してくれたという(笑)、「見通しを持った保育」ね。逆に言えば、乳児クラスの頃から遊びのバラエティを広げていかないと、幼児になっても「見立て」ごっこができなかったり、友達とイメージを共有できなかったり、戦いごっこオンリーになってしまったり、遊びの展開や仲間との協同遊びが苦手になってしまうこともあるんです。

麻紀 :こういった話を聞いたときに「いま4歳のR太の、0歳の姿と6歳の姿がスーッと"線"でつながった」んですよね。様々な段階で学んでいったのちの鬼ごっこの「完成」なんだと考えると、0~3歳で、そのプロセスから学ぶワクワク感を知らなかったら、突然鬼ごっこをするってなっても、「追いかけられて捕まるのがイヤだから鬼ごっこしたくない」となってしまうんだと。この「負けるのイヤだからやらない」って考えは、極端な話、この先の学校にあがって「テストで悪い点をとりたくないから、勉強にもチャレンジしない」みたいな発想になるおそれがあるんだって思ったときに、「今の保育が、未来にも通じていて、過去からずっと連続しているんだ」って心底感じたんです。

■保育士一人ひとりの感性や個性を「前」に出す
アサダ :6年間の園生活のなかで、子どもたちの「根っこ」を「見通し」を持って連続しながら育てていくという考え方は、小方さんが実践しながら培ってきたことだと思うんですけど、それは小金井市にある公立保育園全体(※1)で担っているビジョンでもあるんでしょうか?。

小方 :そう。そもそもは小金井市のベーシックな理念なんですよ。そして、小金井の保育は他市とちょっと違うな~ってとこもあるんです。私は専門学校を卒業して、そのまま20歳で小金井市に就職し、現在で保育士歴32年。その間、ずっと小金井市にいるんだけど、その前に学生時代の実習とかアルバイトで近隣の保育園でも働いたことがあって。それで、小金井市に正規で就職した際に、結構驚いたことがいろいろあったんです。「今までと全然違う!」って。
 もちろんどこの保育園にも保育の計画があって、それに則って保育士たちはやってるんだけど、小金井の保育はもっと「人」が前面に出てやっているっていうのかな......。とにかくキャラクターが濃い人たちばかりだった(笑)。たとえば子どもを集めるときにピアノを弾いて「おかたづけ~おかたづけ~」なんてやるとか、みんなで朝に体操をするなんていうのが、専門学校的には普通だと思っていたんだけど、ピアノは弾かないし、全然一斉にもやらないし......(笑)。

アサダ :一堂に子どもを集めて一斉に何かをやるというのは、小金井市にはなかったってことなんですか!?

小方 :ほぼ「ない!」って思った! 各保育士が、それぞれの個性を使って「自分の好きなようにやっているだけでしょ!?」と思えちゃうくらい。みんなも自由で楽しそうだし、いろんな特技と個性を持った保育士と子どもたちがいてね。まぁ、ピアノを弾けない保育士もいたっていうのもあるけど(笑)。でも、弾ける弾けないじゃなくて、弾くか弾かないかなの。ピアノでやらなくても、「かたづけようね」って言葉で言えばいいわけだし、一斉にやらなくても、その子がやりたがっているタイミングに沿ってアプローチしていけばいいわけなので。今思うといろんな縛りが少なかったし、東京都からの指導もゆるい時代だったから、いろいろできたのもあるんだけど。
 でもね、私思うんですが、保育って確かに計画に則ってやるんですが、やるのは結局、保育士という「人」なの。さっきも言いましたが、そういった、人も含めた「環境」を通して出てくるものが保育なので、同じ計画と目標を持ってやったとしてもその表出の仕方は、保育士によってそれぞれ違ってくるものなんです。だからこそ保育士は、保育の知識だけじゃなく、人間性や感性を磨き続けなければならないし、「保育士一人ひとりの感性や個性をまんま出してる感じ」が小金井市の保育の特性にもなっているような気がします。

アサダ :ちなみに先ほどから麻紀さんが、小方さんのことを「先生」じゃなくて「オガちゃん」って呼んでいるのも気になっているんですが......?

小方 :小金井市の公立保育園って、みんな「先生」って呼ばないで「さん」付けなの。それは昔からで、今もそう。私の場合、「オガタサン」って発音しにくくて、あるベテランの人に「オガちゃん」って呼ばれてから、ずーっと「オガちゃん」できてますね。私たちは「センセイ」じゃなくって、働く親たちの仲間、子どもたちの仲間だから、「センセイ」は使わないんだと最初に教わって、「へえ、そうなんだ!」と。だから、保育士同士もそう。

麻紀 :「センセイ」で呼ばないのには気づいてたけど、ずっと「なんでかな?」って思ってた(笑)。入園のときから当時の園長先生含めてもみんなそうだったから。それにそもそも入園式もなく、突然初日にホールに集まるだけで、そこで「さん付けで呼んで」って言うし(笑)。

小方 :「さん付け」の説明はちゃんとしたよ(笑)。
 そうだ、いま思い出したんだけど、その昔、実習先に行ったときに、先生が子どもに言うことを聞かせようと一生懸命頑張っていて、2、3年目の若い保育士が大きな声を出して怒ってたのね。だけど、何十年も前に私が小金井市に入ったときは、ケンカが起きたら慌ててそこに割って入るというよりは、双方に言い分があるだろう......、みたいに保育士は関わるし、「先生vs子ども」というよりは、「目の前にいる子の仲間・支援者」という感じで保育士は関わっているという意識があったの。
 危ないときはそりゃ駆けつけるんだけど、この子が何を言いたいのか、いま何を考えている状態かをぐっと見きわめる経験を重ねるなかで、いますぐ駆けつけなきゃいけないのか、少し待って後から行った方がいいのか、保育士抜きで子どもたち同士で話をさせた方がいいのか、という頃合いをちゃんと読んでいた人が多かったと思うんです。

■保育士の実践を「言葉」にすること
アサダ :小金井市に就職され、先輩保育士から受け継いできた環境が、小方さんご自身の保育観につながっていることが見えてきました。その小方さんにとっての「根っこ」は、日々の実践のなかで鍛えられてきたんだろうけど、そういった経験を今回の連載のように言葉にしたり、あるいは研修みたいな場で語ったりすることはこれまであったのですか? それよりもやっぱり、かつての職人的な「背中を見て覚えろ」みたいな?

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小方 :どちらかというと後者の方。私が若手の頃は今みたいに人手不足でもないし、ちゃんとクラスに正規の職員が複数いた時代だから、新人はベテランの保育のありようを見ながら成長できたんですよ。そういった「出たとこ勝負!」「背中に学べ!」的な感覚が昔はあったけど、いまの若い保育士は打ち合わせを綿密にして、「今年大事にしてきたことは、この機会に親にちゃんと話そう」とか話し合ってもいるから、ひょっとすると「言葉にする」というスキルは、私たちの世代の保育士よりも上がってきているのではないかな。

アサダ :というのは、小方さんにしても他の保育士さんにしても、同じように質の高い保育をされているだろうと想像しつつも、その実践を保育士同士で共有したり、親に伝えたりするための言葉が保育士によって違いますよね。親からすると「現場を直接見ていない分、言葉の比重が大きい」というか......。 だからこそ、伝える言葉によって親は麻紀さんのように感動したり、心底励まされたりもするし、逆に「本当にちゃんと保育してるのかな」と物足りなく思ったりもする。その差ってとても大きいのかもしれないなと思いました。

小方 :そうですね。だから最近は「現場をできるだけ生で見せる方法」として映像を使っています。散歩に行くところの動画を撮ったりとか、ごっこ遊びの様子をスライドショーにして観てもらうとか。そういった子どもたちの日常を直感的に見せる手法に変わってきていますね。
 親の方から、いろんな状況に想いを巡らせながら説明を聞くのはわかりにくいし、ちょっと面倒っていう声が最近は多いんですが、映像を観て「ああ、そういうことね」って納得されることはありますね。

麻紀 :オガちゃんの保育観については、これまで何回も聞いてるけど、結局それが保育士個々人のやり方になってしまうのは、小金井市の保育には「マニュアルがない」って話だよね。オガちゃんのように「人」がずっと伝えてはいるんだけど、「言葉」として、形としては残ってないんだなあって。

小方 :その点は小金井市は遅れてるの! 本当は小金井の保育のスタンダードが、ちゃんと文書化されていないとね。それに近年は、計画や日々の実践、修正点なども文書に残さなきゃいけないって保育士業界も変わってきてる。「保育所保育指針」(※2)が平成30年度に新しくなるんだけど、そのひとつ前(平成20年度)の改訂の時からも、記録として残すことが重要だってずっと言われてて、外部の評価を受けるときも「じゃあ記録を見せてください」って必ず言われる。正直、私たち現場の保育士からすると一番苦手なところではあるんだけど、制度的にもちゃんとやらなきゃならない。でもそれ以上に親はもちろんのこと、地域といった「外」にまで私たちの活動をちゃんと伝えていかなきゃいけないと思い始めたのは、3年前に園長になったときなんです。
 園長の仕事のひとつに「園だよりを書く」ってことがあるんですが、これまでの園だよりってなんか堅いし、もっと温かみのある生身の感じのものを書きたいなって思ったんですね。内容も、保育のねらいとか、保育士の熱い想いとか、それに、子どもの面白い姿とかをもっと伝えなくちゃなぁと思って。でもそういう機会がたくさんあるわけじゃないから、「園だよりは使えるな」と思い直したんですね。それで園だよりを私たちならではの保育について伝える媒体としました。

ph5.jpg小方さんが園長になってからリニューアルした小金井保育園の「えんだより」。
小方さんの熱い保育メッセージが、手書きの文章が紙面から溢れんばかりにびっしり!

麻紀 :園だよりが変わったときの率直な印象は「文字多いなー!」(笑)。でも月を追うごとにどんどんテンションが増すというか、内容もより充実してきて。裏面にある「補足コーナー」がすごいことになってきて「ああ、これでも伝えきれないほど熱い思いが溢れてるんだな」というのが伝わってきた。今までの園だよりと違って、ちゃんと読み物になってるよね。

小方 :「こんなことまでする必要あるの?」って公立保育園の園長が集まる園長会でも突っ込まれて。逆に「やっちゃいけないの?」って聞いたら、「ダメではないけど......」ってことだったから「じゃあ私はやるわ!」って言って続けてるの。あと、こういう資料づくりは、麻紀ちゃんをはじめとして、一緒に共闘してくれる親との出会いもとても大きくて。より良い保育のことを親も含めて一緒に考えていかなくちゃいけないよねっていう思いを後押ししてくれたよね。



 さて、いかがだっただろうか? 前編では、小方さんによる、子どもたちの「根っこ」をつくる「見通しを持った保育」、そういう保育実践に至った経緯や、実践を「言葉」にして保育士同士で共有すること、親に伝えていくことの難しさについても率直に語っていただいた。
 後編では、そんな「オガちゃん」の熱をまともに浴びて突き動かされていく麻紀さんのアクションについて。また「公立園/民間園どっちがいい?」とか、そもそも「保育園に入れた/入れなかった?」などの立場の違いを超えて、広く「子育てにおいて大切なことはなに?」という課題に、親と保育士がタッグを組んで発信していく場づくりの可能性について語ります。お楽しみに!


※1 小金井市には、小金井保育園、さくら保育園 、けやき保育園、くりのみ 保育園、わかたけ保育園の五つの公立保育園がある。
※2 保育所における保育内容に関する事項と、運営に関する事項を定めたもの。厚生労働省が告示する。