東京日記

川上弘美 絵 門馬則雄
第238回

ひ。

十二月某日 曇

 まだ十二月も始まったばかりだというのに、クリスマスの飾りつけをおこなう。

 例年は、二十四日直前に思いだして、となかいの絵を飾ったり、昔拾った松ぼっくりをそのまわりに散らしたりするくらいで、忘れて飾らないこともよくあるのに、今年はいやにていねいに「クリスマス」に備えている。

 ずっと家にいるから、というのもあるが、誰も見ないから、というのも大きいような気がする。

「こんな張りきって飾ってやがる」

 あるいは、

「せっかくのクリスマスなのに及び腰のデコレーションしかしてやがらない」

 だのという反応を恐れ、のびのびと飾りつけができなかったのではないか。あいかわらずの自意識過剰だが、今年は誰の目も気にすることなく飾りつけができるのだ。

 その結果、例年のとなかいの絵・松ぼっくりに加え、クリスマスオーナメント・サンタ模様のくつした・『サンタのなつやすみ』『さむがりやのサンタ』の二冊・雪だるま模様の和式手ぬぐい・かぼちゃの形のろうそく・ゆず・銀色のスカルのブローチ・ベトナムみやげのランタン・カウベル・カラフルな傘などを、玄関の横の廊下に並べる。

 次第にクリスマスから離れていっているのは自覚しているが、コロナで「グローバル」な行動が規制されている昨今、せめて世界の「祭」的なものを一堂に集めて寿ぎたいという気持ちのあらわれである。

 散歩から帰ってきた家人に、

「なんでしょう、これは」

 と、怖がられるが、満足である。

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十二月某日 晴

 アメリカにいる知人からメール。

「マダガスカルには、落ちている石すべてがアンモナイトである山があるそうです」

 と、書いてある。

 すべて、もれなく、大も小も、白いも黒いも、アンモナイトなのか......。

 

十二月某日 晴

 友だちと電話。

 家でサイン本をつくり、落款をたくさん押したところだと話すと、どんな落款を使っているのかと問われる。

「書家のひとが彫ってくれた『弘美』という文字の落款だよ」

 と答えると、友だち、笑いながら、

「そういうかっこいいの、カワカミさんには似合わない」

 どきり、とする。毎回押しながら、自分にはどうも立派すぎる落款だという不安がきざしてはいたのだ。でも、もう六十歳も過ぎているのだから、立派な落款を押しても罰は当たるまい、と、自分をなだめてもきたのだ。

「どういうのが、似合うかなあ」

「消しゴムで『ひ』って彫るといいと思う。あんまりうまくない字だと、ベター」

 なるほど、たしかにわたしに似合いそうだ。

「『ひ』の横に、棒人間も彫るのは、どうかな」

「そんな難しい彫りもの、できないでしょ」

 たしなめられ、納得。

 もつべきものは、客観性のある友だちである。

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十二月某日 晴

 今年最後の日。

 打ちおさめのメールに、

「なんとなく」

 と書こうとして、

「なんとなす」

 と書いたまま送信してしまったことに気づかないふりをしつつ、就寝。
  • 第238回  ひ。
  • 第237回  まだ知らない......。
  • 第236回  月に頼る。
  • 第235回  青魚の懸案。
  • 第234回  新手の地獄。
  • 第233回  じゃがりこ期。
著者略歴

川上弘美(かわかみ・ひろみ)

作家。1958年、東京生まれ。著書に、『センセイの鞄』『ニシノユキヒコの恋と冒険』『七夜物語』『猫を拾いに』ほか多数。「東京日記」シリーズは、『卵一個ぶんのお祝い。』『ほかに踊りを知らない。』『ナマズの幸運。』『不良になりました。』ほか、最新刊『赤いゾンビ、青いゾンビ』も好評発売中。

平凡社

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