東京日記

川上弘美 絵 門馬則雄
第112回

聞き耳をたてる。

六月某日 小雨
 
 近所を散歩。
 児童公園のあずまやで、雨宿りをする。
 小学校の四年生くらいの男の子が二人、地べたに座りこんで、おしゃべりをしている。
 こっそり聞き耳をたてていた、その時の会話。
 「たいへんだ」
 「どうしたの」
 「近所のおじさんが、総理大臣になっちゃったんだって」
 「マジ」
 たしかに、菅直人はこの近所に住んでいるのであった。

 

六月某日 曇

 

 いつも疑問に思うこと。
 政治家や要人の家の前で警備をしているSPのひとたちは、お手洗いに
行きたくなった時、どうするのだろう。
 たとえば、菅直人が副総理の時には、SPがいつも一人、家の前に立っていた。
 さあ、今まさにSPのひとは、お手洗いに行きたくなった。
 その時、SPは菅直人の家のお手洗いを借りるのか。
 それとも、向かいの家と契約しておいて、そこで借りるのか。
 それとも、携帯トイレを常に持って歩いているのか。その場合、
身を隠して携帯トイレを使う場所はあるのか。
 そもそも、SPのひとは、八時間はお手洗いに行かなくてすむような
訓練を受けているのではないか。
 疑問は、ふくらむばかりである。

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六月某日 晴
 
 
お酒を飲みにゆく。
 近所の、居酒屋さんである。
 隣の男女が、しきりにおしゃべりをしている。
 こっそり聞き耳をたてていた、その時の会話。
 「あのさ、殺したい奴って、いね?」
 「いるいる」
tokyo-2010-08b.gif 「おれさ、どうしてもそういう奴に、やさしくできないんだ」
 「そうなんだ」
 「おめ、やさしくできるの、殺したい奴に」
 「できるよ」
 「マジ」
 「うん。そいつにやさしくしながら、どうやって殺すかを、
いろいろ考えて楽しむんだよ」
 「たとえば」
 「たとえば、鉢いっぱいのカメムシを飲ませて殺すとか」
 「そんなんで、死ぬの」
 「死ぬよ」
 「マジ」
 児童公園の小学生の会話の方が、なんだか好きだったなと思いながら、
でも、その後男女がいろいろ述べあう「殺しかた」に、興味しんしんで聞き耳をたてる。
 ちなみに、カメムシの次に感心したのは、「死ぬほど、さぬきうどんを食わせて、殺す」でした。
死なないと思うけど。

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著者略歴

川上弘美(かわかみ・ひろみ)
作家。1958年、東京生まれ。著書に、『蛇を踏む』(芥川賞受賞) 『センセイの鞄』(谷崎賞受賞) 『神様』 『ハヅキさんのこと』 『真鶴』(芸術選奨文部科学大臣賞受賞)『風花』 『東京日記 卵一個ぶんのお祝い。』『東京日記2ほかに踊りを知らない。』ほか多数。
新刊「パスタマシーンの幽霊」(マガジンハウス)発売中。

平凡社

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