佐藤優 : キリスト教神学概論

第31回 「愛である神の属性(四) 知恵」

●神の知恵

 愛という神の本質から導き出される最後の神の属性が知恵だ。しかし、これは哲学者の知恵とは異なる。われわれは神の知恵を自然界を通して認識することができる。
 佐藤敏夫はこう指摘する。

〈第四に神の知恵があげられる。それはまず自然的世界において認識される。現代の自然科学の進歩は、宇宙の極大と極微のいずれにむかってもいよいよ神秘の内奥に分け入りつつあるが、しかしそうであればあるほど、われわれが認めざるをえないのは、この自然的世界のはかりえない深さであり、この宇宙を創造した神の知恵の偉大さである。〉(佐藤敏夫『キリスト教神学概論』新教出版社、1994年、103頁)

 このような自然観から、近代自然法思想を導き出すこともできる。事実、エコロジーの神学は、神の創造の秩序に超越性を認める。
 筆者は、自然は神によって創造されたものであることは当然、認める。しかし、自然の中に神の啓示を認めることには反対だ。それが、神によって作られた自然に人間が手を加えたモノに神的意思を認めることが偶像崇拝につながると思うからだ。
 自然と同様に、佐藤敏夫は、歴史も神的意思をもつと考える。

〈しかし、それ以上にわれわれに深い印象を与えるのは、複雑な歴史的世界のはかりがたさである。そこには自然的世界とはまったく異なったはかりがたさがある。しかもその歴史的世界の流れの中で一つの出来事を中心とした赤い糸が見られる。一つの出来事とはイエス・キリストの出来事、特に十字架の出来事であり、赤い糸とはその出来事を中心とした救済史である。それはいかに慧眼な歴史家にとっても、信仰がないかぎり、「十字架の愚か」(Iコリント一・一八以下)としかみえない出来事であり、それなのにここでこそ神の愚かさではなく、神の知恵が啓示されているのである。この意味において、この知恵はこの世の知恵を容赦なくおとしめる知恵なのである。そして、信仰をもったもののみが「ああ深いかな神の知恵と知識の富は、その審きは窮めがたく、その道は測りがたい『だれか、主の計画を知っていたか。だれか主の計画にあずかったか』」と言いうるのである。〉(佐藤敏夫『キリスト教神学概論』新教出版社、1994年103~104頁)

 ヘーゲル以降、ドイツ哲学では歴史に神的意思を読み込むことが流行になった。カール・バルトは、このような歴史主義に対して徹底的に闘う姿勢をとった。筆者もその流れを継承しようと思う。
 自国の歴史を相対化するためにも、我々の認識の限界の上からくる神の啓示のリアリティーを感じることが重要になる。十字架の出来事は、啓示のリアリティーを知るために必要不可欠だ。
 そのためには、新約聖書「コリントの信徒への手紙 一」第1章18~28節の記述を読み解くことが必要だ。

〈十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。それは、こう書いてあるからです。
「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、
 賢い者の賢さを意味のないものにする。」 
 知恵のある人はどこにいる。学者はどこにいる。この世の論客はどこにいる。神は世の知恵を愚かなものにされたではないか。世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。 
 兄弟たち、あなたがたが召されたときのことを、思い起こしてみなさい。人間的に見て知恵のある者が多かったわけではなく、能力のある者や、家柄のよい者が多かったわけでもありません。ところが、神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれました。また、神は地位のある者を無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれたのです。〉

 パウロはここで、「言葉の知恵」を拒否する。何度も繰り返し述べたが、キリスト教の目的は、人間の救済だ。人間の知恵は、人間の救済のための意味を全くもたない。究極的に救済の意味をもつのは、十字架につけられて死んだ、イエス・キリストの愚かさなのである。この十字架の出来事は、人間の救済の根拠となる「神の知恵」だ。この逆説を信じることで人間は神の知恵につらなることができるのである。

 

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(2009年6月 5日更新)
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佐藤優
写真提供=共同通信社
【著者略歴】
1960年生。起訴休職外務事務官・作家。同志社大学神学部卒業。同大学院神学研究科終了。緒方純雄教授に師事し、組織神学を学ぶ。1985年に外務省入省。在英日本国大使館、ロシア連邦日本大使館などを経て、外務省本省国際情報局分析第一課に勤務。外交官として勤務するかたわら、モスクワ国立大学哲学部客員講師(神学・宗教哲学)、東京大学教養学部非常勤講師(ユーラシア地域変動論)を務める。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕。2005年2月、執行猶予つき有罪判決を受け、現在上告中。『自壊する帝国』(新潮社)で第38回大宅壮一ノンフィクション賞、並びに第5回新潮ドキュメント賞、『国家の罠』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞を受賞。『私のマルクス』(文藝春秋)、『獄中記』(岩波書店)など著書多数。

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